1: ( ´`ω´) ◆ChahooS3X2 @ちゃふーφ ★ 2013/11/18(月) 04:01:21.91 ID:???0

 豊臣秀吉は実子の秀頼が生まれると、甥(おい)の関白秀次が邪魔になって切腹させた-。
こんな通説に国学院大の矢部健太郎准教授(日本近世史)が疑義を呈し、「秀吉は秀次を高野山へ追放しただけだったが、意図に反し秀次が自ら腹を切った」とする新説を打ち出した。秀次の死をめぐっては、その背景を明確に記した史料が同時代になく、研究者も興味深い説だと評価している。(渡部裕明)

 秀吉の姉の子である秀次は天正19(1591)年、実子のいない秀吉の養子となり、関白を引き継いだ。
しかし秀頼誕生から2年足らずの文禄4(1595)年7月に失脚。高野山へ追放され、同月15日、金剛峯寺の前身である青巌寺で切腹した。

 切腹に至る詳しい事情を物語る同時代の史料はないが、儒学者、小瀬甫庵(おぜほあん)が江戸時代初期に記した太閤記は「切腹命令」という文書を掲載。文書には石田三成ら五奉行が署名し、7月13日の日付がある。

 矢部准教授はこの日付について、「京都から高野山までは約130キロの距離がある。登り坂も厳しく、歩いて3日はかかる。13日に書かれた命令書を持って高野山まで多くの兵を連れて赴き、15日に切腹させるのは難しい」と疑念を示す。

 そこでさまざまな史料にあたり、秀吉が同月12日に高野山の僧、木食応其(もくじきおうご)へあてた書状に着目。そこには「秀次が高野山に住むにあたっては見張り番を付け、料理人や世話係などを用意してほしい」と記されていた。「数日後には切腹させる人に、料理人が必要だろうか。秀吉は秀次を長期間、高野山に住まわせようと考えていたと思う」

 また、秀次切腹の情報を最初に朝廷へ伝えた「御湯殿上日記(おゆどののうえのにっき)」文禄4年7月16日条には、「関白殿 昨十五日の四つ時に御腹切らせられ候よし申す 無実ゆえかくのこと候のよし申すなり」とある。矢部准教授はこの「切らせられ」という記述は、秀吉が「切らせた」のではなく、敬語の「お切りになった」と読むべきだ、と指摘。秀次は高野山での幽閉に耐えられず、身の潔白を証明するために自らの決断で切腹したとみている。(続きはソースで)

04

産経新聞 http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/131117/wlf13111720580036-n1.htm



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2: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:03:21.87 ID:26bAS7280


ジ  ハ ,,ハ
デ (;゚◇゚)z
!?


3: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:04:02.72 ID:03/RwEAM0

太閤記はうそばっかりやで、ほんま


5: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:08:28.17 ID:LNpTDvbb0

じゃあ子供の処刑も作り話か?


52: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 05:28:04.31 ID:dhXWXmq00

>>5
秀吉は部下が死ぬのが嫌で帖略せん


6: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:11:56.93 ID:tZml+ou+O

京都三条の瑞泉寺は異様な空気です。


48: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 05:24:56.65 ID:rSfk1pfAO

>>6
俺はいつもあそこに吸い寄せられるように入ってしまう。


7: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:13:51.32 ID:k0T/Zx6MO

真田父子も高野山送りで難儀したらしい
つまり、高野山送りは日本版シベリア送り


178: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 07:56:33.96 ID:hxrFTrKl0

>>7

真田親子は九度山だろボケ


269: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 09:01:48.52 ID:05q/I4Rg0

>>178
最初高野山だったけど信繁が奥さん連れてたから九度山に変更


276: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 09:06:56.51 ID:5mkF/yZZP

>>269
真田父子は、一旦は高野山蓮華定院に入っているね。


10: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:15:34.53 ID:12pZctZp0

切腹の命令は、光成が偽造したんじゃないの
秀吉には失意で切腹したと言えば良いし


11: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:18:07.57 ID:XzfgFYhu0

こんなのが学者か?
畜生塚の惨事がなければ、再考の余地もあるが。
「いい加減にしろ、給料泥棒」といいたい


12: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:20:13.46 ID:WoUfTVPWI

秀吉は秀次の取り巻きを連座で殺しまくっている以上
自害だろうが処刑だろうが秀吉は遅かれ早かれ秀次に死ぬ事を要求してたと思うが


14: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:25:51.56 ID:iJwS6cZS0

>儒学者、小瀬甫庵(おぜほあん)が
>江戸時代初期に記した太閤記は「切腹命令」という文書を掲載。文書には石田三成ら五奉行が署名し、7月13日の日付がある。

そうするとこれがフィクションだったわけか


219: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 08:16:18.75 ID:7eyO9VkB0

>>14
小瀬甫庵の太閤記が史料価値が低いのは結構有名


15: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:26:21.37 ID:Ow6zV4yy0

ということはプリンセストヨトミも・・・・


16: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:29:58.34 ID:7FILHGjR0

すると、最上の姫さんとかは抗議の自決につきあわされてってこと?
武家って大変だな


17: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:30:28.50 ID:ONyRVg7GO

>1を見ると、切腹処分は確定でいつ切るかは自分で決めろ。身内の情けでその間の待遇は考慮するって感じか、身の潔白の証明というより幽閉中に自分のした罪に苛まれて精神的に追い詰められて自殺だと感じたが
この学者さんは秀次の名誉回復が大前提で推論してるように思える


18: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:35:12.98 ID:Kih37gdfO

いや、秀次の家族や跡取りとか女子供まで処刑してるんだけど。
潔白を晴らす為の切腹でも、秀吉は許さなかったと言いたいのか?


89: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 06:49:58.86 ID:J7xtfSa6O

>>18
潔白とやらを証明するために、皆が自らすすんで追い腹を切ったのかも知れんな。

ま、為政者にとって、それはそれで危険ではあるがw


92: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 06:54:34.89 ID:VqCoIqJk0

>>89
ねーよ


98: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 06:57:32.64 ID:J7xtfSa6O

>>92
浪漫の無い奴だなw


412: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 11:32:20.47 ID:ameeuCDn0

>>89
最上の駒姫は輿入れ前で対面すらはたしてなかったと思うがw
いまの年齢で13くらいだろ?
凄いなw


23: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:42:42.28 ID:iSNC5JIA0

天下人の跡取りだったのに、寺に追放されちゃったんだから
その時点で、切腹しろと言ってるのと同じやん


25: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:44:30.36 ID:p6LmEa5P0

秀頼って本当に秀吉の子供なん?


371: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 10:30:08.64 ID:brhewQ+z0

>>25
秀吉の子とすると妊娠期間の長さが通常とは違う。
秀吉が長期不在中に懐胎したとすると計算が合う。
寧々や他の側室は薄々感づいていたろうけれど、淀殿は旧主織田家の血筋だし秀吉も特別扱い、寵愛も深くてうっかり告発なんてしたら自分の身が危ない。


378: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 10:34:29.10 ID:ykwh43z60

>>25
秀吉は種無し


26: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:45:28.32 ID:OWBehLpg0

数日後には切腹させる人

今でも死刑囚の極刑前には特別食が出されたり
するみたいだが・・・
数百年後には身の潔白訴えたと言い出す人も出て来るのだろうか


28: 消費税増税反対 2013/11/18(月) 04:50:45.89 ID:xxOblteJO

秀次の妻妾、子供も殺されているんだが。

身の潔白を証明しようと切腹したら、一族皆殺しになるか?


37: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 05:10:09.11 ID:pFk7Fh4/0

>>28
>秀次が腹を切った青巌寺は、
>秀吉が生母の菩提(ぼだい)寺として寄進した寺院だった。
>秀吉には神聖な場所を汚されたという思いがぬぐえず、
>秀次の切腹後、その妻子を苛烈に処刑したことも、
>この怒りに基づくものだと理解できるという。

だってさ。


54: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 05:30:11.18 ID:RiHffSZJ0

抗議の切腹
他にもたくさんあるんだろうな?
切腹が抗議になるというバックグラウンドがないと意味無いじゃん。

>>登り坂も厳しく、歩いて3日はかかる。

馬だろ。JK


>>37
秀次自身の婆ちゃんじゃん。


749: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 20:55:14.43 ID:Cd3UsD+/O

>>37
無理矢理過ぎるなー

なんとか新説捻り出そうとしてる感じ


794: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 21:44:46.93 ID:u1JEwEqr0

>>37
歴史小説ならこれでもいいけどね。学説ではダメ。
妻妾や子供、さらには家臣も処刑された理由にはならないだろ。


30: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 04:57:17.39 ID:Smrek5aD0

どこの馬の骨とも分からん男が
成功者の叔父のコネで関白になった挙句に
名家出身の側室を何人も囲う始末

そりゃ消されるだろ


33: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 05:03:15.92 ID:KscabKEj0

>>30
秀次は諸大名に多額の貸付してたから、恨みを買ってたのは事実だな
利子さえ払えなくなった毛利輝元が秀吉に泣きついた事実もあるし


38: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 05:11:50.48 ID:BK5n6AdTO

>>33
大和大納言秀長も金貸しやって、高利を取ったとか


32: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 05:00:04.98 ID:ju90jQ1K0

同じ跡継ぎ殺しでも秀吉と家康で随分評価違うよな

秀吉は畜生塚とかの物語で残虐のイメージを作られ
家康は信長からの命令で泣く泣く我が子を斬ったという物語が作られる

徳川史観って恐いわ~


284: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 09:12:22.08 ID:7nxNZ+xN0

>>32
長男と甥、小大名と天下人の違いかな


309: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 09:39:02.83 ID:QYuczPDPP

>>32
しかも信康のほうは基本武田晴信VS武田義信のような派閥争いの延長線上で
信長は「え…別に俺殺せなんて言ってないけど。つうかそんな身内の話俺に聞かせんなよマンドクセ」だったのになぜか
信長のせいにされててワロス。


420: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 11:37:05.70 ID:DvWwzplJ0

>>309
まだ歴史的事実は確定してないだろ
信長が全く無関係で徳川の内紛だという確実な資料でもあるのか?


426: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 11:43:44.36 ID:ruofzroS0

>>420
奥さんが今川義元の姪なんだっけ?
確かに信長に対して含むものありそうだ

そもそも三河って内紛ばかりしているしな
家康が晩年に岡崎じゃなくて駿府に住んだのも良い思いでが無いからじゃね?


35: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 05:07:08.09 ID:ELxIo5sI0

秀頼は淀と三成の子供なのにな


828: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 22:22:38.16 ID:XP8bk5Dn0

>>35
>秀頼は淀と三成の子供なのにな

三成じゃないらしいよ


34: 名無しさん@13周年 2013/11/18(月) 05:04:43.80 ID:jXo0A7440

諸説出るから歴史は面白い


引用元: 【文化】 “豊臣秀次切腹に新説” 秀吉は命じず、身の潔白訴え自ら切腹か…国学院大准教授が「太閤記」に疑義