1: 2018/11/15(木) 09:23:23.82 ID:CAP_USER
弥生時代、女王・卑弥呼が治めた「邪馬台国」があったという説もある九州北部。ことし8月、長崎県佐世保市の離島、高島で古代史の研究者を驚かせるものが発掘されました。それは、下半身に比べ上半身が異常に太く、驚くほど“マッチョ”な体型をしていた弥生時代の人骨です。“マッチョ”な理由を探ってみると、古代人たちの知られざる営みが見えてきました。(福岡放送局ディレクター 佐々木健)
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■上半身だけ特別に発達した弥生人!

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今回人の骨が見つかったのは、長崎県佐世保市の離島、高島にある弥生時代の宮ノ本遺跡です。発掘に立ち会った人類学者の海部陽介さんは、初めて見たとき、驚きを隠せなかったといいます。

一般的な弥生人の骨と比べ、異常に太く、しかも、上腕骨や鎖骨など上半身の骨が特別に発達した不思議な体型です。
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■九州西北部の島からも
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一般的な弥生人の男性の平均身長が推定162.6センチで、ヒョロッとしていたのに対し、高島の弥生人は、それより4センチほど低いものの、筋骨隆々で、胸や腕、首などが異常に発達していたことがわかりました。

しかもその体重は、推定でなんと77.2キロ!身長170センチ体重59キロの私よりも、実に18キロ重いのです。
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/still/web_tokushu_2018_1114_img_05.jpg

詳しく調べると、こうしたマッチョ体型の弥生人の人骨は、高島以外にも、長崎県の平戸や五島、そして熊本県の天草など、九州西北部の複数の島から見つかっていたことがわかりました。

■CTスキャンで分析すると

どうしてそんなマッチョ体型になったのか。海部さんは、筑波大学でスポーツ科学を研究する足立和隆准教授に骨の詳細な分析を依頼しました。
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左側が、現代人の男性、右側が高島のマッチョな弥生人の上腕骨の断面図です。現代人の上腕骨の断面が丸っぽいのに対し、高島の弥生人の骨には、三角にとがったところがあるのが分かります。足立准教授は、この突起が、腕や肩を動かす三角筋によって、上腕骨が強く引っ張られていた証拠だといいます。強い負荷がかかると三角筋が太くなり、それに耐えられるように骨と接続している部分も太く変形します。

こうした突起が周囲3方向にできていたことから、腕をあらゆる方向に回したり引っ張ったりする動作を激しく繰り返していたのではないか。

足立准教授は、彼らが“舟のこぎ手”だったと推測しています。

■マッチョな弥生人が運んでいたのは?

「この集団は、“貝の交易”をやっていた、つまり貝の運び屋だったんじゃないか」(海部さん)

“貝の交易”とは何かを知るために、福岡県飯塚市にある飯塚市歴史資料館を訪ねました。ここには、弥生時代の遺跡から発掘されたものが展示されています。

銅鏡や祭器などの宝物が数多く並ぶ中、ひときわ目立っていたのが白い腕輪です。「貝輪」と呼ばれる装飾品で、当時の権力者が身につけていたとされています。この貝輪、弥生文化が花開いた佐賀や福岡など九州北部の各地で出土しています。

使われているのは「ゴホウラ」という巻き貝。九州近海ではなく、沖縄や奄美大島など南の海だけに生息しています。

https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/still/web_tokushu_2018_1114_img_11.jpg

1000km以上の距離を、誰がどうやって運んできたのか、これまで大きな謎でした。

続きはソースで

NHK NEWS WEB
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_1114.html
ダウンロード (4)


引用元: 【古代】“マッチョ”な弥生人 その正体は!?上半身だけ特別に発達した弥生人!の人骨が発掘された[11/14]

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2: 2018/11/15(木) 09:24:51.86 ID:VtXfDlPR
弥生人「筋肉は裏切らない!」

43: 2018/11/15(木) 13:41:46.03 ID:XAMRM4rf
>>2
しかし年齢には勝てない

7: 2018/11/15(木) 09:34:06.52 ID:PbdAsmIz
骨からマッチョだったかどうかまで分かっちゃうの? 考古学すげえ。

8: 2018/11/15(木) 09:35:27.03 ID:sFFax94R
ゴホウラ貝に結びつけるのは安易すぎる
海部さんは悪いひとじゃないんだけど研究者としてはちょっとアレ

9: 2018/11/15(木) 09:35:45.00 ID:un7NbPAy
邪馬台国は九州北部から30日歩くとたどり着く

1日当り4.3~4.5キロ、平均4.4キロである。
朝8時に出発し、9時に目的地に到着し、その後、「朝の9時から22時間眠る」のである。
それを30日繰り返して北部九州の邪馬台国に120kmの道のりでたどり着くのである。

ちなみに散歩のおじいちゃんは1時間で4km歩くのである。

27: 2018/11/15(木) 10:19:43.47 ID:jwSTucMT
>>9
まぁ,そうなんだよな。
1日8時間歩いたとして,時速4kmで30日間で約960km。
これだと,大阪は越えて,富士山の麓ぐらいまで行ってしまう。
糸魚川から富士宮にかけての地溝帯あたりが邪馬台国になってしまう。
諏訪とか?

30: 2018/11/15(木) 10:36:57.90 ID:yN+kAxqN
>>27
山賊も出ない幹線道路があれば計算通りになるだろうね

65: 2018/11/16(金) 11:36:18.59 ID:gnycj604
>>9
机上の空論て知ってるか?
あの時代のどこに平坦に舗装された道路があるんだよ?
川にも全部橋が架かってると思ってんだろうなぁ

10: 2018/11/15(木) 09:35:51.91 ID:XoJVp+wd
弥生人って要するに半島からやってきた人種の子孫だろ
ということは白人の血が少し混じってる奴が一定の割合でいたはず
そいつらはマッチョになっても不思議ではない
俺がガキの頃にも周りに在日の奴らがいたが(その頃はそいつらと仲良くしてた。今は在日なんて嫌いだけど)
釣り目でひょろひょろに痩せた”いかにも弥生人”な奴らがいる一方がっしりした体格の奴もいた
今にして思えばそいつらの目だけは他の奴と違って妙にパッチリしてた

17: 2018/11/15(木) 10:00:17.24 ID:kTAlDpTE
>>10
それだと背が低いことの説明がしにくくなるだろ

11: 2018/11/15(木) 09:38:25.68 ID:zho8anfw
弥生時代にもライザップが

12: 2018/11/15(木) 09:43:59.29 ID:b4xig75F
筋肉モリモリマッチョマンの変態だ

13: 2018/11/15(木) 09:47:09.88 ID:P4LkedRT
ちょっと鍛えたくらいで、そんなに変わらんだろ?

15: 2018/11/15(木) 09:48:57.27 ID:luTlRumO
だから、ものすごく鍛えたんだろ、船乗りだから。

16: 2018/11/15(木) 09:49:18.44 ID:zY9C4Ip0
勝手に毛髪や服装まで変えるなよw

19: 2018/11/15(木) 10:06:04.39 ID:e1RbYMco
また刃牙のネタが増えたな

20: 2018/11/15(木) 10:07:07.56 ID:Hb69agYh
骨と筋肉の関係ってどうなってるの?

28: 2018/11/15(木) 10:23:12.46 ID:hNWZmlfe
森の暮らしから田畑の暮らしに切り替えていく中で
稚拙な道具、鍛冶もままならぬ時代の伐採や開墾に必要以上のちからが必要に成り上半身が発達したんだろ

31: 2018/11/15(木) 10:44:59.67 ID:un7NbPAy
幅1mしかない山岳地帯を通る中山道で1日30km
2000m級登山で1日20km

男足で15~20日

「お供」を多数つれた行列
>皇女和宮の江戸降嫁の場合 中山道532km 27日間

しかし 北九州の弥生人は貧弱なので1日4kmしか歩けないそうだ
70歳のおじいちゃんですら20km歩けるのに
北九州邪馬台国の人間は1日1時間の散歩すら激痛だったそうなので
畑仕事も一切無理で 1日の大半を寝ていたことになる。
1日4kmしか歩けない貧弱な北九州の人間は 畿内の邪馬台国に即座に征服されたに違いないことが分かる

47: 2018/11/15(木) 14:15:04.98 ID:xdRGDViP
>>31
道のあるなしで相当違うんじゃねえの
中山道なんて女でも通れる道
弥生時代なら海岸沿い川沿い歩くしかないだろうよ
橋もかかってないだろうし
それで一日20㎞なんて無理

49: 2018/11/15(木) 15:05:01.70 ID:AyebzTdR
>>47
行軍は1時間4km、1日40kmが目安だよ
原野でその半分なら無理とは言えないレベル

51: 2018/11/15(木) 15:34:31.54 ID:xdRGDViP
>>49
ウィキだと騎兵部隊でも1日40―60kmって書いてあるぞ
確かに徒歩なら1時間4km計算らしいがこれは平坦な道のあるところじゃね
登山道なんかだと1日4㎞移動するのがやっとだし
原野つっても細かい起伏があるだけで相当に時間食うよ

54: 2018/11/15(木) 18:31:25.60 ID:e0ytVx/f
>>49
裸足で装備も水もなくやれるなら凄いわ
当時の再現してみてほしい

68: 2018/11/17(土) 01:48:48.15 ID:ws6hW0Wa
>>47
古代の道は基本的に尾根道なんだってさ
川沿い海沿いはアップダウンがきついうえに増水等で崩壊しやすい
土木工事技術が未発達だから、復旧にも時間がかかる

現代でも山屋なら得心できるんじゃないかな

73: 2018/11/17(土) 05:52:03.12 ID:UalCjumD
>>68
それは逆
街道が尾根筋を通るようになったのは、全国の洪積台地が禿げ山になった近世以降
古代は見通しの悪い雑木林を切り開かないといけなかったから、狼煙を目印に通した直線ルートが多い

35: 2018/11/15(木) 11:32:22.89 ID:SwV6qpVt
手漕ぎ舟に乗ってたら誰でもそうなるんじゃね?
現代でもカヌー選手はそんな感じだし
「貝の交易」は限定し過ぎだろう

36: 2018/11/15(木) 11:49:55.95 ID:XBfkg/x0
体操の選手みたいな体型だったのかな
あれ腕の筋肉が異常に太くて何か変な体型してるよな

38: 2018/11/15(木) 12:18:50.45 ID:MTx4okqK
>>1
想像図みたら大胸筋は発達してるけど
三角筋は目立ってないやん
あほか

ちなみに三角筋は肩パットの場所の筋肉な

23: 2018/11/15(木) 10:11:47.33 ID:7BH4/iDy
チビのゴリマッチョってまんまドワーフだな