joumon_yayoi_inasaku


1: 2020/11/14(土) 00:10:31.75

https://www.agrinews.co.jp/p52379.html
 弥生時代の木製農具は水田を耕すことができたのか──。
山形大などの研究グループが、弥生時代と古墳時代の復元農具を用いた実証実験を始めた。
それぞれの時代で異なる木刃と鉄刃の農具を用いて耕作し、生産性などを比較する。
稲作が伝来した当初から耕起が行われていたとする通説が覆る可能性もあり、注目が集まっている。

実証実験は山形大の他、東京都立大、静岡大、岡山理科大など各地の教育機関などが協力する全国規模の研究の一環。

山形大の白石哲也准教授(考古学)によると、一般的には稲作文化は弥生時代(紀元前8~3世紀ごろ)に中国・朝鮮半島から伝来し、
耕起などを含む完成された形でかんがい農法が導入されたと考えられてきた。
しかし近年の研究によると、その後の古墳時代(3~7世紀ごろ)と比べ弥生時代は農具を使用した跡が不明瞭な場合が多く、
不耕起栽培で稲作をしていた可能性があるという。

そこで、弥生時代に使われていたとされる木刃の農具と、古墳時代のものを復元した鉄刃の農具を比較。
それぞれを用いて実際に耕作することで使用方法を明らかにし、掘削跡や作業性などを比較する。
白石准教授は「社会や国家の成立にもつながっていく、稲作技術の形成過程を明らかにしていきたい」と話す。

山形県天童市で行われた実験では、復元した弥生時代の木製農具と、刃先を鉄製にした古墳時代の農具を使い、
学生ら約10人が使い比べながら収穫後の水田で手作業の耕起を体験した。

押し込むと自重で深く土中に入る鉄刃に比べ、木刃は体重をかけても深く掘れない。
学生らは稲株を掘り起こすのにも苦労していた。
実験に参加した人文社会学部の下山田衣里さん(21)は「鉄の農具は深く掘れたが、木製の農具は難しかった」と感想を話す。

来春から複数年をかけて水稲栽培を繰り返すことで、地層にできるそれぞれの農具の使用跡を比較していく。


72: 2020/11/14(土) 01:39:34.72

>>1では弥生時代は木製農具が標準みたいに書かれているけどそれは後進地域だった畿内限定の話な
先進地域だった九州では弥生時代には既に鉄の刃を着けた農具が普及している
大陸と交流のあった邪馬台国が鉄を手に入れられなかったわけがないので邪馬台国が九州にあったことは言うまでもない


農業生産を画期的に高めた鉄製農具
http://www.yoshinogari.jp/ym/episode04/occupation03.html
> 弥生時代の農業生産を画期的に高めたのは、鉄製農具の普及です。
> 鋤や鍬に鉄が使われるようになったことにより、土を耕すことが容易になり(ある研究成果では木製農具に比べ作業効率が約4倍に伸びたと算定しています)、
> 新しい土地を田や畑として切り開く開墾も盛んになったと考えられます。
> 鉄製農具が普及するようになった中期後半以降の集落の急激な増加がそれを裏付けていると言えるでしょう。
> 鉄製農具は農業の生産性を左右する重要なものでしたが、鉄素材は朝鮮半島から得なければならず非常に貴重なものでした。
> 吉野ヶ里遺跡は全国の弥生時代遺跡のなかでも鉄製品が多く出土し、鋤・鍬の鉄製刃先や鉄鎌など鉄製農具も豊富であったことがわかっています。
> このような「鉄」の豊かさは弥生時代の吉野ヶ里が大きな力を持つ集落であったことを示していると考えられます。


78: 2020/11/14(土) 01:43:22.05

>>72
やっぱり卑弥呼の頃の畿内は遅れた田舎村だったんだな


94: 2020/11/14(土) 02:02:35.82

>>72
やはり邪馬台国は九州だったか!
最初からそうなんじゃないかと思っていたぜ


102: 2020/11/14(土) 02:12:29.53

>>72
九州の先進性に比べて奈良はショボいね
鉄器も無いくせに邪馬台国とか夢見てんなって感じ


306: 2020/11/16(月) 16:18:35.76

>>72
やっぱり邪馬台国のころは九州のほうが圧倒的に進んでたんだな
そりゃ邪馬台国は九州にあったと言われるわけだよ


130: 2020/11/14(土) 03:30:10.87

>>1
実験考古学か
日本では遅れている分野だから精々頑張ってね


216: 2020/11/14(土) 11:54:39.17

>>1
この実験、ツッコミどころも結構ある気がするけどな。
昭和中期の農村でも、みんな胴長短足体型、米俵かついで一人前の体力民族
一日10km程度歩くのが普通の日常に暮らしてた人間の作業に、昨今の女子大生投入ではそりゃ無理な結果がでるだろうよ。


236: 2020/11/14(土) 15:22:02.90

>>1
誰も見たことないから分からんわな


237: 2020/11/14(土) 15:22:09.58

>>1
人力で造るのはメチャクチャ大変だからという事で、
オーパーツとされていた球体の石が、
普通にメチャクチャ大変な苦労をして造ったものだったそうな。

「メチャクチャ大変な事はやらないだろう」
というアホな先入観で物事を決めつけるべきではない。


238: 2020/11/14(土) 15:26:19.76

>>237
当時の権力者にとって人はタダみたいなもんだからな


278: 2020/11/16(月) 10:42:06.57

>>1
そのころ山形で稲作してたの?
どうせやるなら、その辺あわせよ?


4: 2020/11/14(土) 00:14:48.32

猫がきたのもこの時期?

ネコ好き


17: 2020/11/14(土) 00:33:25.95

>>4
猫を一般人が買うようになったのは江戸時代だよ


36: 2020/11/14(土) 01:01:48.39

>>17
猫がらみの怪談って多いけど、全部江戸時代のものだったんだ


40: 2020/11/14(土) 01:07:05.32

>>36
日本人が猫を怪談とかにしたがるのって
なんでかなって思ってる人多そうだけど
むかしの人には黒い猫は不気味に映ったらしい
だから猫がってよりも黒猫が悪く思われてた


50: 2020/11/14(土) 01:18:16.20

>>40
昔から猫には霊感があるって言われてて、
猫をそばにおいておくと人間の霊感まで冴える
だから、霊能者や占い師は猫飼ってる人が多い

少なくとも人間よりも霊感が発達しているって指摘は多いが
オカルト情報では猫は時空を超えるとか言われてる
だがこれは人間には確かめようがない


5: 2020/11/14(土) 00:15:31.64

>その後の古墳時代(3~7世紀ごろ)

この頃は本当よくわからんね(´・ω・`)
戦争ばっかりしていたんじゃないかって考察する人もいるけど、そうだったら
もうちょっと伝承が残っていそう。 戦いは生死かけるから歴史が必然的に生まれるものだし


60: 2020/11/14(土) 01:32:23.00

>>5
中央アジアの騎馬民族はもっと激しく戦争してたけど何も残って無いぞw


83: 2020/11/14(土) 01:50:09.15

>>5
古墳自体が権力の象徴だから
戦争があったことには間違いない


176: 2020/11/14(土) 10:05:30.02

>>83
邪馬台国は戦争あったそうだが
その時期に武器防具は進化してない


93: 2020/11/14(土) 02:01:21.72

>>5
この時代に日本は異民族に制服されたって説があんのよ
司馬遼太郎も尊敬してた東大の学者の説が


98: 2020/11/14(土) 02:08:50.49

>>93
異民族説はないよ
遺伝子や言語関係にそんなのはないから


104: 2020/11/14(土) 02:14:21.90

>>93
江上波夫の事?
学界で定説にはなってなくない?
批判されてばっかり


154: 2020/11/14(土) 07:35:05.77

>>93
司馬遼太郎に東大とか

このじてんでアウチ


23: 2020/11/14(土) 00:43:16.48

こんなことすら考古学者は今まで試さなかったの?


25: 2020/11/14(土) 00:44:20.64

耕さないでどうやったんだろ
川の近くの柔らかそうなところの草をむしって畦っつーか土手で囲んで水引いてバラバラ~っと?


27: 2020/11/14(土) 00:47:32.44

アゼがあれば不耕起でもある程度はいけるやろ


31: 2020/11/14(土) 00:55:07.09

>>27
木のヘラで畦だけ作ったのかな?
そもそも初期は陸稲だったかもよ。


30: 2020/11/14(土) 00:54:50.01

アイヌの人が一切稲作ってないってのが
稲作は大陸から伝わって来たって証拠でしょ
アイヌや熊襲って服の模様とか見ると元々同じ人でしょ
彼らが古くからの日本人なんだよ
ここを認めたがらない人多いよね


32: 2020/11/14(土) 00:57:39.96

>>30
アイヌより先にオホーツク人とか擦文人とかが住んでたよ
アイヌは侵略者


34: 2020/11/14(土) 01:01:08.20

>>32
擦文人とオホーツク人の混血がアイヌなんですが


54: 2020/11/14(土) 01:23:30.11

>>34
> 擦文人とオホーツク人の混血がアイヌなんですが

それは違うだろうね
アイヌは別民族だが、アイヌが蝦夷で武力でのし上がってから
他の民族まで◎◎系アイヌと言われるようになった模様だし
一部の民族は完全に蝦夷から駆逐された

アイヌが武力でのしあがってくる時期と、日本において義経残党や
欧州藤原氏残党が北方へと逃げた時期がほぼ一致しているのは興味深い


75: 2020/11/14(土) 01:39:53.89

卑弥呼の時代の日本人は河内王朝が作るタタール鉄器を見て彼らを宇宙人だと思っただろうな


80: 2020/11/14(土) 01:46:42.36

栗林作ってたって説はどうなんすか。


84: 2020/11/14(土) 01:51:28.53

不耕起の焼畑をやってた人間達が初期の水田稲作の実行者だったんだろ。
北九州の水田遺跡も足跡が残る程度の低い含水率だったとされてる。
つまり、北九州の水田遺跡は性質的にかなり畑に近かった。


86: 2020/11/14(土) 01:52:56.11

木製の鍬は除草具だと思ってた
そうじゃないと考えてる人がいまだに多いのか


87: 2020/11/14(土) 01:53:58.58

文字がない文明が発達するわけがないんだよね
継承ができないんだから


89: 2020/11/14(土) 01:55:30.84

>>87
日本に文字は当然あったが、ない事にされているだけ


96: 2020/11/14(土) 02:04:56.76

>>89
古墳にでも文字が書いてあればな


103: 2020/11/14(土) 02:13:37.17

>>96
あったかもしれん
調査自体が認められてないからわからない
何か知ってる者はいたのかも


125: 2020/11/14(土) 03:23:14.53

>>96
古墳時代は普通に漢字が使われていたはず
専門の書記くらいしか読み書きできなかっただろうがな
古墳に埋まってる王や実力者が自分で読み書きできたわけじゃないから文書とか一緒に埋葬してもしょうがない
卑弥呼や倭の五王は中国王朝に朝貢したりしていたが当然それは国書のやり取りを伴う


169: 2020/11/14(土) 09:50:59.06

>>125
卑弥呼の時代日本に文字はなかろ
もし邪馬台国と魏が文書でやり取りしてたならなんらかの記録が残るはず


199: 2020/11/14(土) 11:11:57.84

>>169
魏に書簡送ってるのだが、文字がないのにどうやって?


105: 2020/11/14(土) 02:15:04.65

>>87
口伝、口承で伝えてる文化はいくらでもない?


182: 2020/11/14(土) 10:15:24.25

>>105
口電では文化の継承がうまくいかないんだよ

特に統治するには文字がないとうまくいかない
伝言ゲームでは意味合いが変わってくるからね


184: 2020/11/14(土) 10:17:29.81

>>182
まぁ古事記とかは昔のことをよく覚えてる人を頼りに作ったからな
神話レベルだろうけど


124: 2020/11/14(土) 03:17:48.34

>>87
中国で甲骨文が使われだしたのは紀元前1300年頃と割と新しいがその頃には広域の王国や初歩的な治水など文明としてはかなり複雑化していた
インカは巨大都市を作り広大な帝国を経営するほどの高度な文明を持ちながら文字はもっていなかった
口承で意外と何とかなるもんなのだろう


97: 2020/11/14(土) 02:08:22.25

豊芦原瑞穂の国なんだから湿地だらけで農具要らなかったのと違う?
初期の稲は陸稲なんか?


100: 2020/11/14(土) 02:10:07.47

>>97
縄文時代は陸稲だね
弥生は水稲のはず


215: 2020/11/14(土) 11:52:10.74

>>97
除草具が要る


106: 2020/11/14(土) 02:17:16.95

稲作は江南から来たわけで
九州の方が朝鮮より近い
ま、九州と朝鮮(南部)にはほぼ同時に入ったんだろうけど
あと、一般的に弥生時代は金属の使用が開始された時期だし
木製農具を弥生時代に当てはめるのはどうかと思う
弥生時代には鉄器(日本での製鉄は疑問(可能性はあるけど)だけど、輸入品を使っていた)を利用していただろうってのが
常識なんじゃないんかな


109: 2020/11/14(土) 02:20:25.06

イネのDNA解析で稲作は日本から朝鮮半島への流れは決定してなかった?
半島の方が寒冷地だから日本で品種改良した稲が半島へ渡っていったんだろ?


113: 2020/11/14(土) 02:33:33.08

>>109
ぶっちゃけそれが自然だよね
だが半島経由論者はなかなか難しい
だから同着くらいで手を打ってる


115: 2020/11/14(土) 02:36:58.72

>>109
見つかってる品種も日本の方が多かったはず。
朝鮮→日本だと、気候的にも品種的にも不自然。

倭人は長江流域から日本や朝鮮南部に移住したとされており、
そのときに持ってきたと考える方が自然。


188: 2020/11/14(土) 10:24:36.34

>>115
いや、イネの多様性は朝鮮の方がはるかに大きい
なぜかRM1-bだけが朝鮮で見つからばい


201: 2020/11/14(土) 11:14:47.06

>>188
詳しく
稲作には不向きな土地だと思うけど、なんでそんなに多様な種が出てくるんだ?


119: 2020/11/14(土) 02:51:47.50

縄文時代から団栗も栗も栽培してたんだよなぁ


121: 2020/11/14(土) 02:52:08.32

面白い研究だね

でもじゃあ木製農具の使い道は何?
って話にならんの?


127: 2020/11/14(土) 03:27:44.47

稲作=鉄器が必須みたいなのがおかしい
稲作は江南起源(青銅器も、銅鐸やら銅矛やら銅剣やら)、鉄器は朝鮮起源(朝鮮で発明されたわけじゃなく、いろいろあって朝鮮に逃げてきた産鉄民がいた)
それは間違いないと思う
稲作と青銅器文化は同時に入っただろうし(弥生時代)
鉄器文化はそれに遅れて入ったと思う(古墳時代)


134: 2020/11/14(土) 03:43:17.50

>>127
青銅は、原材料の銅・亜鉛・スズの採取地が少なく、採取量も少ない貴重な金属。
だから現在ですら、硬貨(日本の硬貨は一円玉以外すべて青銅類)に使われてるぐらい。
だから武器や祭事品にしか使われなかった。
鉄は世界中どこでも砂鉄という形で採取できるからな。


148: 2020/11/14(土) 05:25:36.96

>>127
越人名乗ってる倭人がわざわざ他から製鉄技術学ばんのではない?
そもそも朝鮮の製鉄技術って直接製鉄法なの?


131: 2020/11/14(土) 03:31:44.43

>>127
銅の農具ってこと?
大陸では石器・青銅器・鉄器の時代区分は鉄板のような気がするけど


136: 2020/11/14(土) 03:55:09.00

>>131
日本ではその区分は当てはまらないみたい
青銅器と鉄器はほぼ同時に入ったことになっていて
区分は微妙な感じ
少なくとも、大量生産できるようになった「たたら製鉄」時代(古墳時代以降)と
それ以前(朝鮮半島から輸入していた)はかなり曖昧(考古学的な遺物にしか頼れないけど、酸性土壌のせいか、あんまり無い)
野だたらとか褐鉄鉱を使った製鉄とか文献には残ってない方法での製鉄の伝承とかもあるし

そもそも、江南では稲作文化と青銅器文化が発展してたわけで
稲作=鉄器が必須、とは考えられないよね


142: 2020/11/14(土) 04:20:54.48

稲の栽培法に疑義が生じたわけだな。

モミを直接まく(=直播)と苗代を作ってそこで苗を育て田へ手植えする田植えの2種類が
考えられるが、不耕起なら前者しかない。これは面白いことになりそうだ。


143: 2020/11/14(土) 04:22:07.32

>>142
寒冷化、乾燥化するまで直播してたのでは?
東南アジアはいまだにそうしてる地域あるよね


144: 2020/11/14(土) 04:36:35.76

畑は耕さないと連作障害が出やすいけど
水田は耕さないで表面だけこちょこちょやって植えても大丈夫
水のせいで連作障害はおきない。
前作の根が空けた通路に沿って新しい根が地中深く入り込む
古代人は耕すなんてして無いと思うな


145: 2020/11/14(土) 04:42:19.39

そこら中が湿地で気でも楽々じゃなかったんじゃない 人間も沈み込むような


146: 2020/11/14(土) 05:00:28.26

北斗の拳で「それじゃ種モミ実らないよ」と言われた
ケンシロウのあれは正しかったのか


147: 2020/11/14(土) 05:07:13.06

>>146
水に浮く種籾によって稲が広範囲に伝播したんだから
雨降ったら種籾は流されるだろうな
高台にある爺さんの死体の養分は雑草の肥料にしかならなそう


149: 2020/11/14(土) 05:35:38.25

弥生人の役を女子学生にやらせたら、歴史の再現はできないな
体力のある男が木製農具で耕したかもしれないし


150: 2020/11/14(土) 05:47:25.31

ぬかるだ水面にもみを撒くだけだろうな


151: 2020/11/14(土) 06:36:57.16

そう言えば昔、田植えをしないでじかに撒く
実撒きが流行った事があったな
あまり収穫量が良くなかったんだろうか
その後すぐ、田植え機が普及したけど


引用元 : 【古代】弥生時代稲作は不耕起? 復元農具使い実証 通説覆る可能性も 山形大などの研究グループ [ごまカンパチ★]