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エジプト

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1: 2016/02/02(火) 18:00:42.21 ID:CAP_USER.net
古代エジプトの木造船、ピラミッド付近で発見 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News
http://www.afpbb.com/articles/-/3075395


【2月2日 AFP】エジプトの考古省は1日、首都カイロ(Cairo)の南に位置するアブシール(Abusir)のピラミッド群付近で、チェコの考古学チームが約4500年前の葬儀用の船を発見したと発表した。

 マスタバ(古代の墓)の発掘作業を行っていた同チームのメンバーらが、砂に埋もれ、石の土台の上に置かれていた全長18メートルの船の一部を発見した。

 同チームを率いるミロスラフ・バルタ(Miroslav Barta)氏は声明で、「これは非常に希少な発見だ。

続きはソースで

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(c)AFP

引用元: 【考古学】古代エジプトの木造船、ピラミッド付近で発見

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1: 2016/01/18(月) 12:44:31.33 ID:CAP_USER.net
新たな「温度の違い」発見、ピラミッドの謎 解明進む エジプト (AFP=時事) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160118-00000010-jij_afp-sctch


【AFP=時事】エジプトのピラミッドに隠し部屋があるかどうかを調査している専門家チームは17日、2つのピラミッドで新たに温度の違う場所を発見したと明らかにした。

 エジプトやフランス、カナダ、日本の研究者らが調査プロジェクト「スキャンピラミッド(Scan Pyramids)」に参加し、昨年10月25日から約3か月にわたり、まだ発見されていない構造や空洞があるかどうかを熱探知カメラを使ってスキャンしている。

 調査対象はカイロ近郊ギザ(Giza)にあるクフ(Khufu)王のピラミッドやカフラー(Khafre)王のピラミッド、ダハシュール(Dahshur)にある屈折(Bent)ピラミッドと赤い(Red)ピラミッドの4基で、全てカイロ(Cairo)の南にある。

 専門家らは17日、赤いピラミッドの西面とクフ王のピラミッドの北面の石灰石ブロックで新たな発見があったと明らかにした。

 カナダのラバル大学(Laval University)のマチュー・クライン(Matthieu Klein)氏は「赤いピラミッドの西面には、明らかに温度の違う部分がある。
底部の温度は頂上部分よりも低い」と記者会見で述べた。

 クライン氏によると、クフ王のピラミッド北面でも2つの「温度の異常」が検出されたという。クフ王のピラミッドでは以前、東面に同様の「興味深い場所」が発見されている。

 エジプトのマムドゥフ・ダマティ(Mamduh al-Damati)考古相は、「早期の結果は、いくつかのニュースを、いくつかの良いニュースを私たちにもたらした」と語った。【翻訳編集】 AFPBB News

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引用元: 【考古学】新たな「温度の違い」発見、ピラミッドの謎 解明進む エジプト

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1: 2015/12/22(火) 03:49:57.80 ID:n9PsOxwh*.net
2015年12月21日 10:32 発信地:カイロ/エジプト

【12月21日 AFP】古代エジプトの王ツタンカーメン(Tutankhamun)の乳母と思われていたマヤ(Maia)が実は王の姉メリトアテン(Meritaten)である可能性が出てきた──。
エジプト当局者と仏考古学者が20日、記者会見で明らかにした。マヤの墓の一般公開が来月に迫るなかでの発表となった。

 仏調査チームを率いる仏考古学者アラン・ジビエ(Alain Zivie)氏はAFPに対し「マヤは、アクエンアテン(Akhenaten)とネフェルティテイ(Nefertiti)の娘でツタンカーメンの異母姉にあたる王女メリトアテンに間違いない」と語った。

 決め手となったのは、ツタンカーメンとマヤの墓の壁に施されたレリーフ(浮き彫り)だという。
レリーフには、王座に腰掛けたマヤとその膝に抱かれたツタンカーメンが描かれており、「驚くべきことにツタンカーメンとマヤの顔はそっくりだった。あごや目に親族の特徴が表れていた」とされる。

(続きや関連情報はリンク先でご覧ください)

ダウンロード (1)


引用元:国際ニュース:AFPBB News
http://www.afpbb.com/articles/-/3070954

引用元: 【国際】 ツタンカーメンの乳母、姉だった可能性が浮上 考古学者「驚くべきことレリーフに描かれた顔がそっくり」 (AFPBB News)

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1: 2015/11/14(土) 22:08:47.66 ID:???*.net
ピラミッド内部の新発見に「倉庫だ」 釘を刺すカーソン氏に考古学者ら猛反発 (産経新聞) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151114-00000549-san-sctch

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 世界七不思議の一つで、約4500年前に造られたエジプトのクフ王のピラミッドなど複数のピラミッドに、未知の部屋や通路が存在する可能性が10日までに、明らかになった。日本を含む国際研究チームが現地でピラミッドの表面温度を測定したところ、周囲と温度の異なる箇所を発見。こうした温度の違いは内部に空間があったり、内部の空気の流れが原因で起こるため、“秘密の部屋”の存在が一躍クローズアップされている。米国では大統領選に絡み、ピラミッドの「穀物貯蔵庫」説が脚光を浴びており、今回の発見は、ピラミッドの謎への関心の高まりに拍車をかけそうだ。

■底辺部の3つに異常

 9日付のAP通信やフランス通信(AFP)などによると、今回の研究結果は、謎に満ちたピラミッドの内部構造を解明するため、日本、エジプト、フランス、カナダの4カ国で構成する国際研究チームが先月25日から進めているプロジェクト「スキャンピラミッド」がまとめた。

 調査の対象はカイロ南部にある計4基のピラミッド。ギザにある世界最大(高さ約146メートル)のクフ王の大ピラミッドをはじめ、上半分と下半分で傾斜角が異なるカイロ近郊のダハシュールにある2つの“屈折ピラミッド”などだ。

 研究チームは、ピラミッドが外部から温まる日の出と、その熱が冷却されていく日没に、赤外線で熱を調べるサーモグラフィーによる調査を実施。その結果、対象になるすべてのピラミッドでさまざまな温度の違いが見つかった。

 今回の研究結果を発表したアル・ダマティ考古相は会見で「とりわけ、クフ王のピラミッドの東側で顕著な温度の違いを確認した」と語り、ピラミッドを構成する石灰岩のブロックのうち、底辺部にある3個のブロックの温度だけが、なぜか他よりも高かったなどと指摘。

 そして「こうした異常(の原因)は、ピラミッド内部に空間が存在することや、内部の空気の流れなど、多くの仮説や可能性が考えられる」と述べ、内部にこれまで知られていなかった秘密の部屋や通路が存在する可能性を示唆(しさ)した。

■カーソン氏「倉庫だ」

 人々を魅了し続けるクフ王のピラミッドは紀元前2560年頃、エジプト第4王朝のファラオ(古代エジプトの君主)だったクフ王の墓として、約20年の歳月を費やし建築されたとされる。

 しかし、その目的についてはいまだにはっきりせず、王墓であるという説のほか、日時計説や穀物の倉庫説、宗教儀式の神殿説、天体観測施設説など、さまざまな説が唱えられている。

 そんな折、研究結果が発表される5日前の今月4日、来年の米大統領選の共和党候補の指名争いで最有力とされる元神経外科医、ベン・カーソン氏(64)が、米CBSニュースに、クフ王のピラミッドを「ファラオの墓ではなく穀物の貯蔵庫だった」と発言したことで、米国でピラミッドの謎が突如、脚光を浴びた。

 カーソン氏は学生時代から、旧約聖書に登場する全ユダヤ人の祖先ヤコブの子、ヨセフがエジプトで長く続いた干魃(かんばつ)を乗り切るため、穀物の貯蔵倉庫としてピラミッドを建設したと主張し続けている。CBSに「今もその考えに変わりはない」と答えたのだ。

■考古学者は「反発」

 エジプトの考古学者らはカーソン氏の発言に「非科学的だ」と猛反発したが、そうした話題のさなかに発表された今回の研究結果は、大きな空間の存在を示唆しているだけに、にわかに穀物倉庫説が現実味を帯びてきたとの見方も出ている。

 果たして、未知の空間は存在するのか-。研究チームは来年末で終えるはずだった調査をさらに延長すると発表している。

【関連記事】
 クフ王のピラミッド表面に異なる温度 未知の部屋か

引用元: 【国際】ピラミッド内部の新発見に「倉庫だ」 釘をさすカーソン氏に考古学者ら猛反発

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1: 2015/11/11(水) 00:12:48.59 ID:???*.net
ピラミッド表面に異なる温度 未知の部屋か
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151110/k10010300161000.html

 およそ4500年前に造られたエジプトのピラミッドの内部構造を調べている国際研究チームは、ピラミッドの表面の一部に周囲と温度の異なる場所を発見し、未知の部屋となる空間が存在する可能性もあると指摘しました。

 この調査は、謎に包まれているピラミッドの内部の構造をさまざまな技術を使って調べようと、エジプトと日本、それにフランスとカナダの4か国の研究チームが先月末から合同で進めているものです。

 このうち、赤外線で熱を調べるサーモグラフィーを使った調査について、研究チームが9日、首都カイロの隣のギザにある世界最大のクフ王のピラミッドの前で会見を開きました。

続きはソースで

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引用元: 【科学】クフ王のピラミッド表面に異なる温度 未知の部屋か

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1: 2015/08/27(木) 08:06:33.89 ID:???.net

画像 
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/a/082500029/ph_thumb.jpg
スイカは昔から数多くの芸術作品に描かれてきた。画像はジュゼッペ・レッコ(1634〜1695年)の『果物のある静物』。ヨーロッパで最初に色付きで描かれた赤いスイカの図は、中世の書物『健康全書』に見られる。(Photograph by DEA, A. Dagli Orti/DeAgostini/ Getty) 画像
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/a/082500029/02.jpg
1705年、アメリカの農園主ロバート・ビバリーはスイカについてこう書いている。「たいそう美味で舌にうれしく、目にも美しい。外皮は生き生きとした緑色をして……真紅の果肉に、種は黒くつややかだ……」
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選抜育種により、スイカの果肉は徐々にその色を変えていった。スイカの赤い色の遺伝子は、糖度を決定する遺伝子とペアになっている。(Photograph by Niday Picture Library, Alamy)


 スイカを「天使の食べもの」だと言ったのは作家のマーク・トウェインだが、スイカの祖先にあたる果物を口にしたなら、天使もすぐに吐き出したに違いない。スイカはもともと固くて苦い、薄緑色の果物だったという。イスラエルにある農業研究機構の園芸学者ハリー・パリス氏は長年の研究の末、5000年におよぶスイカの歴史を解き明かした。(参考記事:「ルイ14世を魅了したエンドウマメの歴史」)


祖先はどこに

 スイカの祖先にあたる植物がアフリカで生まれ、やがて地中海から欧州各地に広まったことは、専門家らの一致した意見だ。しかしこの植物の起源がアフリカのどこにあるかということになると、見解はさまざまに分かれる。

 その原因は18世紀以降の学者たちがいい加減な分類を繰り返したことにあるとパリス氏は言う。現在のスイカの学名「Citrullus lanatus」も正確さに欠けている。「lanatus」はラテン語で「毛の多い」を意味し、本来は短い毛に覆われたシトロンメロン(学名 Citrullus amarus)を指すものだったそうだ。

 アフリカ南部で育つこのシトロンメロンこそがスイカの祖先ではないかという意見もあるが、パリス氏はエジプト人がアフリカ南部よりも早く、約4000年前にスイカの栽培を始めた証拠をつかんでいる。

 次の有力候補は、アフリカ西部原産のエグシメロンだ。しかしエグシは果肉ではなく、種を食べる目的で栽培されていたため、こちらも疑わしい。パリス氏は「今でもエジプトやスーダンの砂漠には野生のスイカが生えているというのに、そこからわざわざナイジェリアのようなアフリカ西部までスイカを求めに行くことはないでしょう」と述べている。彼の考えるスイカの真の祖先とは、アフリカ北東部原産の種で、学名Citrullus lanatus var. colocynthoidesという植物だ。


ツタンカーメンも食べた?

 リビアでは5000年前の集落から、さまざまな果物の遺物と共にスイカの種が見つかっている。スイカの種はツタンカーメン王の墓など、3000〜4000年以上前に作られたエジプトの墓でも発見されており、壁にもスイカが描かれている。ある墓に描かれたスイカは野生種のような球形ではなく、今日一般的な楕円形をしていることから、栽培種であると推測される(米国では楕円形のスイカが一般的)。

 そもそもエジプト人は、なぜ野生のスイカを栽培しようと考えたのだろうか。当時のスイカは固くて味も悪く、とうてい食欲をそそるようなものではなかったはずだ。

 その答えは「watermelon(水のメロンの意。スイカの英名)」という名称にある。スイカは日陰の涼しい場所に置いておけば数週間から数カ月間保存が効くため、エジプト人は水分を貯蔵するためにスイカを栽培するようになったのだろうと考えられる。墓からスイカの遺物が見つかる理由もまた同じだ。「エジプトの王たちが没した後、死後の長旅の道中で水分が必要だろうと供えられたのがスイカだったのです」とパリス氏は言う。(参考記事:「古代エジプト 王家のペットたち」)

 スイカの収穫を始めたエジプト人はおそらく、まずは味をよくしたいと考えただろう。苦い味の原因となっていた遺伝子は1つしかなかったため、スイカから苦味を取り除くのはさほど難しくなかったと思われる。

 その後も徐々に品種改良は続けられた。エジプトの墓に描かれた絵の中には、楕円形のスイカが大皿に載せられているものがある。生のまま供されていたということは、切っただけで食べられるほどスイカが柔らかかったということだ。
旅の必需品からデザートへ 

 紀元前400年?紀元500年頃の文献からは、スイカがアフリカ北東部から地中海へ広まっていった様子が読み取れる。こうしたスイカの普及には、交易品として利用されたことのほか、長旅の水分補給源として重宝されたこともひと役買っていた。 

 古代ギリシャのヒポクラテスやディオスコリデスといった医師たちは、スイカの医学的効能を高く評価しており、利尿剤として用いたり、あるいは熱射病になった子供の額に冷やした皮を当てたりしていた。 

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文=Mark Strauss/訳=北村京子

引用元: 【植物考古学】スイカ、知られざる5000年の歴史 水分貯蔵に、健康維持に、古代から重宝されていた

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