1: 2015/03/08(日) 19:45:47.48 ID:???.net
掲載日:2015年3月6日
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20150305/438083/

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古代エジプトの王(ファラオ)、セネブカイの遺骨の分析が行われ、死亡時の状況が明らかになった。
(Photograph by Josef Wegner, Penn Museum)
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20150305/438083/01.jpg

 謎のベールに包まれていたファラオの遺骨を分析した結果、暴力にまみれた壮絶なその最期が明らかになった。
遺骨は2014年に発掘されたばかりだった。

 古代エジプトの王、セネブカイが生きたのは紀元前1650年から1550 年ごろで、遺骨が見つかったのはカイロから約480キロメートル南方にある聖地アビドスの埋葬地。2014年1月、まず4人のファラオの墓が見つかり、このうちの1人がセネブカイと特定された。

 最新の遺骨の分析結果では、複数の敵からアヒルのくちばしのような形をした青銅製の斧で殴打されていたことが判明した。骨まで到達した傷が18もあり、頭蓋骨と背中への打撃が致命傷になったことがうかがえる。

 米国ペンシルバニア大学の考古学者で発掘班のリーダーを務めるジョー・ウェグナー氏は、セネブカイは複数の敵から切りつけられるなど激しい攻撃を受け、命を落としたとみる。

|骨が語るラストシーン

 ウェグナー氏のチームは、遺骨に残った傷の角度や位置を分析し、どのような状況で傷ができたのかを推測した。

 襲撃されたとき、王は馬に乗っていた可能性が高い。右の足首が切断されるほどの重傷を負い、大量出血したとみられ、両膝と両手の複数の傷からは激しい攻撃がうかがわれる。腰の傷は座った状態で受けたもののようだ。
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 頭部の3カ所に斧による致命的な傷を受けた時には、セネブカイはすでに地面に落下していたとみられる。この傷のうちの1つは非常に大きな力によるもので、頭蓋骨に刃の形と厚さが跡となって残っていた。

 ウェグナー氏は、セネブカイは明確な◯意をもって襲撃されたとみている。政治的なライバルによる暗◯の可能性はあるものの、戦闘中かあるいは待ち伏せによる攻撃に遭って死亡したと同氏は考える。「傷からみて、戦闘訓練を受けた兵士の攻撃だったと思われます」

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遺骨には頭蓋骨の前部と後部への打撃を含む18カ所の傷が確認された。(Photograph by Josef Wegner, Penn Museum)
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20150305/438083/ph_thumb.jpg

続きはソースで

ナショナルジオグラフィック協会も支援するアビドス遺跡の発掘は今年夏に再開される予定だ。 

<参照> 
Penn Museum - Giant Sarcophagus Leads Penn Museum Team in Egypt To the Tomb of a Previously Unknown Pharaoh 
http://www.penn.museum/press-releases/1032-pharaoh-senebkay-discovery-josef-wegner.html


引用元: 【考古学】古代エジプト王の壮絶な死が遺骨から明らかに 自ら戦うファラオが君臨した群雄割拠時代の象徴か

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