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ネアンデルタール人

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1: 2015/12/19(土) 09:08:58.68 ID:CAP_USER.net
原始人類、最終氷期末まで存在か 大腿骨化石を分析 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
http://www.afpbb.com/articles/-/3070761


【12月18日 AFP】20年以上前に中国の洞窟で見つかった大腿(だいたい)骨の化石の謎を解く数年に及ぶ調査から、これまで考えられていたより、はるかに遅い時代まで原始人類が存在していたことを示唆する研究結果が17日、発表された。

 約1万4000年前のものとされる大腿骨の一部の化石は1989年に中国・雲南(Yunnan)省の馬鹿洞(Maludong、Red Deer Cave)で発見されたもので、「赤鹿人」などと呼ばれている。
同地では当初、この骨とともに一群の化石が見つかったが、2012年まで分析はされてこなかった。

 大腿骨は比較的小さく骨幹部が細い。150万~280万年前に存在したホ◯・ハビリスのものと非常によく似ている。骨の主は体重が約50キロほどと思われ、有史以前と氷河時代の人類の基準からすると極めて小柄だ。

 米オンライン科学誌「プロスワン(PLOS ONE)」に掲載された研究論文によると、この大腿骨は年代的には比較的新しいが、150万年以上前に存在したホ◯・ハビリス(Homo habilis)やホ◯・エレクトス(Homo erectus)などのはるかに古いヒト属の骨と特徴が似ているという。

 論文の共同執筆者、雲南省文物考古研究院(Yunnan Institute of Cultural Relics and Archaeology)の吉学平(Ji Xueping)教授は「この骨は年代が新しいことから、人類進化の最後のほうの時代まで原始的な外見のヒト属が存在していた可能性を示唆している。だが骨は1つしかなく、慎重な判断が必要だ」と指摘した。

■原始人類と現生人類が共存か

 これまで科学者らの間では、現在の欧州とアジアにあたる地域に有史以前に存在した原始人類はネアンデルタール人とデニソワ人だけで、どちらも約4万年前に絶滅したと考えられていた。

続きはソースで

ダウンロード

(c)AFP/Kerry SHERIDAN

引用元: 【古人類学】原始人類、最終氷期末まで存在か 大腿骨化石を分析

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1: 2015/06/24(水) 07:06:33.11 ID:???*.net
初期現生人類、欧州でもネアンデルタール人と交配か 研究
2015年06月23日 10:07 発信地:パリ/フランス

images (1)


【6月23日 AFP】約4万5000年前、欧州に生息していた人類はネアンデルタール(Neanderthal)人だけだったが、その約1万年後──不完全な化石記録が正しければ──ネアンデルタール人は現生人類の祖先に取って代わられ、人類学最大の謎の一つが誕生することになる。

 アフリカで発生し、「地球の征服者」にまでなった賢いヒト科動物の現生人類ホ◯・サピエンス(Homo sapiens)によって、ネアンデルタール人は絶滅に追いやられてしまったのだろうか。あるいは、独立した系列として次第に消滅、現生人類に伝えた遺伝子の名残として、DNA中にその姿をとどめているのだろうか。

 22日の英科学誌ネイチャー(Nature)に掲載された最新の研究は、ホ◯・サピエンスとネアンデルタール人との間に性◯渉があったとする説を詳細に調査した。この説をめぐっては、専門家の間でも意見が分かれている。

 今回の研究では、性◯渉はホ◯・サピエンスが欧州に現れた直後から行われていたことが示唆されており、その根源は深いとされた。

 研究チームは、ルーマニア南西部のワセ(Pestera cu Oase)洞穴系で2002年に発見された4万年前の下顎骨からDNAを抽出した。
この骨は、これまでに欧州で見つかった中で最古の現生人類のものと言われている。

 今回の研究を共同で主導した米ハーバード大学医学部(Harvard Medical School)ハワード・ヒューズ医療研究所(Howard Hughes Medical Institute)のデビッド・ライク(David Reich)氏は、「われわれの試算では、このサンプルのゲノム(全遺伝情報)の6~9%がネアンデルタール人由来のもの。このような大きな割合はこれまで確認されていない。

続きはソースで

http://www.afpbb.com/articles/-/3052463

画像
ホ◯サピエンスの頭蓋骨(手前)とネアンデルタール人の頭蓋骨(奥、2010年3月17日撮影、資料写真)。(c)AFP/Mandel NGAN
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/7/c/500x400/img_7c9bb0e71e208872d138a800a15aa7c7237293.jpg

引用元: 【科学】初期現生人類、欧州でもネアンデルタール人と交配か 研究

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1: 2015/04/29(水) 21:17:04.75 ID:???.net
現生人類とネアンデルタール人の石器技術に大差はなかった―通説覆す研究結果 | サイエンス - 財経新聞
http://www.zaikei.co.jp/article/20150429/247363.html

画像
http://www.zaikei.co.jp/files/general/2015042914312550big.jpg
北レヴァント内陸部(ワディ・ハラール16R遺跡)で発見された石器資料。一番右が投擲具の先端部と考えられている石器(エル・ワド型尖頭器)。この石器資料が約3万8~7000年前のものであるという放射性炭素年代を得ることに成功した。この年代は、ヨーロッパのプロト・オーリナシアン文化の年代(約4万2000年前~3万9000年前)よりも新しく、その起源とはいえない。(名古屋大学の発表資料より)


 名古屋大学の門脇誠二助教などによる研究グループは、西アジアからヨーロッパへ革新的な石器技術が拡散したという通説の根拠となる石器標本と年代データを見直し、従来説とは逆に、革新的な石器技術は西アジアよりもヨーロッパの方で古く発生した可能性が十分あることを示した。

 ネアンデルタール人が居住するヨーロッパへホ◯・サピエンスが拡散できた理由として、従来はサピエンスの起源地に近いアフリカやレヴァント地方において発生した技術革新が主な要因と考えられていた。

 今回の研究では、シリア北方のラッカ市から東方へ約50kmの地域において考古学調査を行い、ユーフラテス河支流のワディ・ハラールという小渓谷の左岸に位置する遺跡を発見した。そして、地表調査と発掘調査によって石器標本1000点以上を採集した。

続きはソースで

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 なお、この内容は「Journal of Human Evolution」に掲載された。論文名は、「Variability in Early Ahhmarian lithic technology and its implications for the model of a Levantine orgin of
the Protoaurignacian」。

引用元: 【古人類学】現生人類とネアンデルタール人の石器技術に大差はなかった―通説覆す研究結果

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1: 2015/04/06(月) 14:38:05.31 ID:???.net
掲載日:2015年4月3日
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/040200030/

画像
スロベニアのディウイェ・バーベ洞窟で見つかったホラアナグマの骨。ネアンデルタール人が製作した有史以前の楽器と考えられていたが、新たな研究により、骨に開いた穴は動物の歯によるものと示された。
(Photograph by Reuters)
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/040200030/ph_thumb.jpg?__scale=w:768,h:459&_sh=0e40280510

 「ネアンデルタール人の笛」と呼ばれ、人類最古の楽器と考えられてきた太古の骨が、最新の研究によって、人工物ではなく動物がかじってできたものらしいことがわかった。3月31日付の英国王立協会の科学誌
「Royal Society Open Science」に論文が掲載された。

|骨に開いた穴は人為的?

 「ネアンデルタール人の笛」は、ヨーロッパ南東部の複数の洞窟で発見されている。幼いホラアナグマの大腿骨に丸い穴が規則的に開けられており、管楽器の指穴のように見える。なかでも、スロベニアのディウイェ・バーベ洞窟で1995年に出土した4万3千年前のものが最も有名だ。

 これらの「笛」はネアンデルタール人が製作したのか、獣が死骸をあさり骨をかじった跡なのか、専門家の間で論争が続いていた。論文を執筆した古生物学者カユス・ディードリッヒ氏は今回、骨の損傷パターンと先史時代の動物の骨を15カ所の洞窟で調査。この骨笛の穴には石器で人為的に開けられた形跡がなく、氷河期に生きていたハイエナの歯の跡であると結論づけた。幼いホラアナグマの骨は軟らかいため、出土品のような穴を開けることが可能という。

「古人類学者の多くは、ディウイェ・バーベの『笛』が肉食動物にかじられた骨だという見方に同意しています。
一方、笛だとされる例が何度かあったのも事実です」と話すのは、カナダ、ビクトリア大学の考古学者エイプリル・ノウェル氏だ。

 ディウイェ・バーベの遺物はネアンデルタール人の時代にまでさかのぼり、スロベニア国立博物館ではこれを「ネアンデルタール人の笛」と紹介している。類似の骨はほかにも出土しているが、その多くはネアンデルタール人の頃よりも新しいことが今回の研究でわかった。

続きはソースで

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<参照>
‘Neanderthal bone flutes’: simply products of Ice Age spotted hyena scavenging activities on cave bear cubs in
European cave bear dens | Open Science
http://rsos.royalsocietypublishing.org/content/2/4/140022

引用元: 【考古学】「ネアンデルタール人の笛」、動物の仕業だった 骨笛の穴は、ハイエナの歯の跡と判明

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1: 2015/03/02(月) 21:03:42.04 ID:???.net
掲載日:2015年3月2日
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20150227/437373/

画像
5万5000年前の現生人類の頭蓋骨の一部。2015年1月、ガリラヤ西部のマノット洞窟で発見された。人類がネアンデルタール人と同時期にレバント地方にいたことを示唆している。(Photograph by Menahem Kahana, AFP, Getty Images)
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20150227/437373/ph_thumb.jpg

 人類はどこから来て、どうやって拡散したのだろう?

 はじめの疑問に対しては、遺伝学の研究が説得力のある答えを見出している。現生人類の祖先はアフリカで進化したというものだ。

 人類はその後、6~5万年前に一気にユーラシア大陸に広がった。そしてこのたび米国の2人の考古学者が、初期人類がアフリカを出てから広く拡散するまでの道のりを明らかにしたと発表した。パンくずのように残された石器の跡をたどると、私たちの祖先はいったんアフリカから緑のオアシスだったアラビア半島へと遠回りし、5万年間ほど定住。続いて中東に移動して、そこではじめてネアンデルタール人と遭遇したという。

 石器のスタイルや作り方の類似点からすれば、エジプトのナイル川流域で最初に作られたものが、次にアラビア半島、最終的にはイスラエルの石器に繋がっていると研究者らは説明する。携帯電話の進化同様、石器は時代を経るごとに着実に小型化、複雑化していた。

初期の現生人類の化石は、エチオピアのオモ川流域とアワッシュ川中流域のヘルト・ボウリから出土した。そして15万年前に、エジプトのナイル川流域で人類は石器を作り始める。以前の研究では、人類がアフリカを出てシナイ半島を経由し、レバント地方に至る拡散ルートを追いかけていた(時計回りの矢印)。一方、最新の研究で、アラビア半島に渡った人類は5万年ほど半島に定住し、その後レバント地方に北上するルートが明らかになった(反時計回りの矢印)。
そのレバントで人類がネアンデルタール人から道具作りの技術を拝借した可能性がある。

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http://nationalgeographic.jp/nng/article/20150227/437373/01.jpg

 「考古学者たちは、“アフリカから中東”のルートばかりに焦点を合わせていたので、アラビア半島における1章をまるごと見過ごしてきたのです」と述べるのは、「Quartar」誌2月号に掲載された論文の共著者で、ロニン・インスティテュート(Ronin Institute)の人類学者であるジェフリー・ローズ氏だ。

 エチオピアのオモ川流域やヘルト・ボウリなどから出土した化石によると、人類誕生の地はおよそ20万年前のアフリカである。

 道具作りの観点では、古代から現代へ人類の行動が移り変わる過程は、約5万年前の「エミラン」と呼ばれる石器の様式にはっきりと現われている。だが、1951年にイスラエルのガリラヤ湖付近の洞窟で、尖頭器や石刃、削器をはじめとするエミランが初めて発見されて以来、高度な道具作りがどこで始まったのか、考古学者らはずっと頭を悩ませてきた。

 「エミランは橋渡し的な技術です。一体どこからやって来たのでしょうか」と、ナショナル ジオグラフィック協会のエマージング・エクスプローラー(新進支援研究者)でもあるローズ氏は疑問を投げかける。

続く 

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引用元: 【古人類】ネアンデルタール人と人類の出会いに新説 高度な石器文化をネアンデルタール人から受け継いだ可能性も

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1: 2014/10/26(日) 09:05:12.14 ID:???.net
我々はネアンデルタール人との混血だった 覆る進化の定説
2014/10/25 7:00

 人類進化の定説が大きく揺らいでいる。最近の研究では、ネアンデルタール人などの旧人類と現生人類との間に、これまでいわれていたような深い断絶はなく、実はかなりの交わりがあったことが明らかになってきた。
むしろ、別の血を入れることが人類をより強く進化させてきたようだ。

■意外に進む混血

遠い祖先から現生人類に至る人類進化の歴史は今、全面的に書き換えられようとしている。

 従来の説ではホ◯・サピエンス、つまり現生人類がアフリカを出て世界中に広がり始めると、それまでユーラシア大陸に住んでいた同じホ◯属のネアンデルタール人などの旧人類は絶滅へと追いやられたとされている。

 進出にあたって、ホ◯・サピエンスは旧人類とは交わらず、ネアンデルタール人の遺伝子を次世代に伝える混血の子どもは生まれなかったと考えられてきた。

 旧人類は競争に負け、新参のホ◯・サピエンスに取って代わられた。
ホ◯・サピエンスがアフリカから世界各地に広がる際、出会った旧人類をことごとく全滅させた可能性も指摘されていた。

 ところが、ここ約10年の化石人類の発見ラッシュと遺伝学的研究の発展によって、この定説は大きく書き換えられることになった。

 現生人類とネアンデルタール人の間の解剖学的な共通点に加え、遺伝学的研究からも両者の間に混血があったことがわかってきた。

 その結びつきはかなり強く、今日の非アフリカ系の人々のゲノム(全遺伝情報)の最大3%がネアンデルタール人由来だ。
人によってそれぞれネアンデルタール人由来の異なるDNA断片を持っている。
そのため、現生人類が受け継いだネアンデルタール人の遺伝情報の総和は3%よりはるかに高く、最近の計算によれば少なくとも20%にはなると考えられている。

 ホ◯・サピエンスとの混血があった旧人類はネアンデルタール人だけではなかった。
近年発見されたデニソワ人(シベリアの洞窟で見つかった4万年ほど前の謎めいた指の骨から回収されたDNAによって特定された人類集団)も、私たちの先祖との間に混血があった。

■異なる遺伝子で強く

 そうした混血はホ◯・サピエンスに有益だったようで、そのおかげでホ◯・サピエンスは生存に有利に働く遺伝子を獲得できた。

 例えばネアンデルタール人から受け継いだDNAは免疫力を高めたらしい。
またデニソワ人由来のある遺伝子変異は、チベット人が酸素が希薄な高地で生活するのを助けている。

 ホ◯属の起源に関する定説も揺らいでいる。従来、ホ◯属は東アフリカが起源とされていたが、近年、南アフリカ共和国のマラパで発見された200万年近く前の人類化石は、ホ◯属がアフリカ南部に現れた可能性を示唆している。

http://mw.nikkei.com/tb/#!/article/DGXMZO78680150R21C14A0000000/

引用元: 【人類史】我々はネアンデルタール人との混血だった 覆る進化の定説

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