1: 2018/04/18(水) 20:25:35.22 ID:CAP_USER
1324年、死期が迫ったポーロはベネチアの自宅に司祭兼公証人を呼び、大きさ67x27センチの羊皮紙に遺言をラテン語で口述筆記させた。

遺言を所蔵するベネチアの国立マルチャーナ図書館は複製した羊皮紙を含む大型本を共同出版。
版元のスクリニウム社の担当者は、「前回の写本は150年前のもの。
今回の版は、最新の科学技術と学術基準の文献学を駆使して作成され、誤りが修正されている」と述べた。

ポーロは、「神が私の魂を罪から解放してくださるため」に、ベネチアの教会組織に金銭を提供し、延滞債務を恩赦し、タタール人の使用人を自由にした。寄付金以外ほぼ全所有物を妻と3人の娘に譲渡しており、息子がない場合は財産を親族の男子に譲っていた当時の慣習と異なる措置だったという。

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Reuter
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引用元: 【歴史】マルコ・ポーロの遺言状を再分析、先進的な一面など判明、中国に行ったとの説の根拠も[04/17]

マルコ・ポーロの遺言状を再分析、先進的な一面など判明、中国に行ったとの説の根拠もの続きを読む