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ペルー

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1: 2019/04/24(水) 21:11:45.46 ID:CAP_USER
■なぜ彼らは滅亡寸前まで大宴会を開けたのか、古代アンデス文明

現在のペルーに位置するセロ・バウルは、古代アンデスで最初の帝国と言われる「ワリ」の最南端に作られた、辺境の入植地だった。急峻な山の上に位置し、天然の水源はなく、実用性に乏しい場所だったが、紀元1050年ごろまでのおよそ4世紀にわたり、ぜいたくな饗宴が催されていた。(参考記事:「古代ペルー 深紅の王墓」)

 宴会を開いたのはワリ帝国の有力者たちだ。招かれた客は、隣国ティワナクのライバルや、ワリとティワナクという2大帝国に脅かされていた小さな村々の長たちだった。彼らはモケグア渓谷の景色を楽しみながら、テンジクネズミ、ラマ、魚料理を味わい、古代アンデス発祥のビールであるチチャを酌み交わした。トウモロコシとコショウボクの実を発酵させて作る酒である。

 だが、ワリ帝国が崩壊しつつあった950年余り前に、酒盛りを楽しんだ者たちは、自らお祭り騒ぎに終止符を打つ。

 このとき、ワリ帝国の人々は辺境の入植地から避難するつもりだったらしく、すでに神殿と宮殿を取り壊していた。最後に壊されたのが醸造所だった。彼らは建物に火をつけ、焼け落ちるのを眺めた。ワリの貴族たちはチチャを飲み干し、大事にしてきた杯を火に投げ入れた。

 醸造所が灰になると、何人かが首飾りを外し、最後の供物として残り火の中に置いた。誰もこの建物を二度と使えないよう、廃墟を砂で覆った。こうして醸造所は、20年前からチチャ造りの中心地を発掘している考古学者たちにとって、貴重な「タイムカプセル」となった。(参考記事:「ワリ文化の霊廟と財宝を発見、ペルー」)

 研究者たちはこのほど、セロ・バウルでの最後の宴で使われた土器を分析。研究結果が4月18日付けで学術誌「サステイナビリティ」に掲載された。それによると、この国境付近の入植地で、帝国が滅ぶ寸前までそれほどの宴会を続けていられたのは、醸造も酒器作りも地元の材料を使っていたおかげだという。

■一度に1500~2000リットルを生産

 紀元600年ごろから1050年ごろにかけて、ペルー沿岸とアンデス山脈の広い範囲を支配したワリ帝国。インカ帝国が力を持つずっと前に、大規模な道路網とかんがい用水路網を作り上げたワリの人々にとって、セロ・バウルは政治的に重要な場所だった。外交の中心だったこの地は、帝国の都ワリから南東へ徒歩で2~3週間かかるところにあった。そして、セロ・バウルの神殿の中には、ライバルを取り込もうと、隣国ティワナクの神々を祭ったものもあった。(参考記事:「金銀の耳飾り、ワリ文化の王族墓」)

「ワリ帝国は、セロ・バウルに来るさまざまな集団をまとめようとしていたことが分かります。その方法の1つと思われるのが、地元産のビールを振る舞った大きな宴会です」。論文の筆頭著者で、米シカゴのフィールド自然史博物館で人類学部門を率いているライアン・ウィリアムズ氏はこう話す。

 ウィリアムズ氏らは、セロ・バウルの醸造所で一度に生産できたチチャを1500~2000リットル以上と推定している。工業化以前の社会の醸造所としては、かなりの量だ。チチャは傷むのが早く5日程度しかもたないことを考えると、山上の宴会には、数百人を超す指導者たちが招待されていた可能性がある。

 今回、研究者たちは、こうした宴会用の物資がどのように生産されたか解明しようとした。醸造や飲用に使われ、ワリ文化の神々の姿に似せた土器は、遠く離れた都のワリで見つかった物に似ていた。だが、粉々に砕けた土器の化学分析から、セロ・バウルの杯は現地で作られ、粘土も地元産であることが分かった。

続きはソースで

https://cdn-natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/042200245/ph_thumb.jpg
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/042200245/
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引用元: 【考古学】インカ以前、ワリ帝国「ビール外交」の謎を解明[04/24]

インカ以前、ワリ帝国「ビール外交」の謎を解明の続きを読む

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1: 2018/12/15(土) 14:02:39.77 ID:CAP_USER
■「完全に予想外の発見でした」と研究者、2000年前のパラカス文化

 紀元前900年~紀元前100年にかけて、ペルー南部の海岸付近の砂漠ではパラカス文化が栄えていた。当時の土器には、◯風景な砂漠に活気を添える、さまざまな抽象図形や人間、動物の姿などが色彩豊かに描かれていた。これらの彩色土器を研究者らが分析したところ、ユニークな顔料が使用されていたことに加え、パラカス文化と周囲の古代アンデス文化との結びつきについて、重要な情報が明らかになった。

 保存修復家のドーン・クリス氏らは、考古学の学術誌「Antiquity」オンライン版に12月11日付けで発表された論文で、アメリカ自然史博物館とメトロポリタン美術館に収蔵されているパラカス文化の彩色土器14点の分析結果を発表した。それらが制作された時代や場所、そして色はバラバラだったが、1つだけ変わらない共通点があった。植物由来の固着剤、すなわち、顔料を結合させるための物質だ。

「一貫して同じ固着剤が使われていたという事実は、この地域で長年にわたり技術が共有されていたことを意味します」とクリス氏は言う。

 固着剤の原料になった植物はまだ特定できていないが、顔料については、予想外の非常に珍しい成分が見つかった。爬虫類の尿だ。

 パラカス文化に続いて栄えたナスカのカワチ遺跡から出土した水色と白に塗られた2点の土器の破片を調べたところ、その顔料には、今回分析されたほかのどの遺物よりも高濃度の尿酸が含まれていた。

■カメレオンなどの尿は半固体

 そう。パラカス文化の顔料には尿が使われていたようなのだ。研究チームがカワチの土器の破片から見つかった物質と似たものを探したところ、アフリカの岩絵に使われるヘビの尿をベースにした顔料にたどりついた。研究チームはカメレオンの尿を乾燥させたサンプルを使って実験を行い、カワチの土器に爬虫類の排泄物がおそらく意図的に混ぜられていたことを証明した。「完全に予想外の発見でした」とクリス氏は言う。

 パラカスの人々が、カラフルな土器を制作するために爬虫類をどのように利用したのかはまだわからない。尿の量は爬虫類の種類によって異なる上、さまざまな要因に左右される。米サウスダコタ大学生物学部の助教で国際自然保護連合(IUCN)のカメレオン専門家グループのメンバーであるクリストファー・V・アンダーソン氏は、カメレオンなどの尿はごく少量で、ふつうは半固体だという。

 爬虫類の尿を用いることがパラカスの人々にとって重要な意味があったのかどうかも不明だ。クリス氏によると、パラカス文化の土器には、ヘビのほかに、サンショウウオやカメレオンを描いたと思われるものもあるという。「爬虫類の尿を使うことに重大な意味があった可能性は大いにあると思います」と彼女は言う。

続きはソースで

https://cdn-natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/b/121400252/ph_thumb.jpg
https://cdn-natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/b/121400252/02.jpg

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/b/121400252/
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引用元: 【考古学】古代アンデスの土器、顔料に爬虫類のおしっこ[12/14]

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1: 2018/09/16(日) 22:23:57.36 ID:CAP_USER
(CNN) 地球上で最も深い場所の1つとされる太平洋東部のペルー・チリ海溝を探索していた研究者らがこのほど、新種の海洋生物3種を発見した。

南米大陸の西岸に沿って位置するこの海溝は、長さ約6000キロ。深さは8000メートルに及ぶ。探索は複数のカメラやわなを搭載した装置2体を海底に沈めて行われた。装置が海底に到達するまでには4時間かかった。

カメラがとらえた映像には、クサウオの仲間とみられる新種の魚類3種が映っていた。

続きはソースで

https://www.cnn.co.jp/storage/2018/09/12/2a18d278ca7e82d95b41d91b9f43380b/new-snailfish-deep-ocean-3-super-169.jpg
https://www.cnn.co.jp/fringe/35125491.html
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引用元: 【海洋生物学】海洋生物の新種発見、太平洋の海溝で[09/12]

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1: 2018/05/30(水) 11:46:42.63 ID:CAP_USER
ペルー文化省は、同国南部の砂地に広がる地上絵が世界文化遺産にも登録されているナスカ北方にあるパルパで、動物などを描いた25以上の地上絵がドローンを使った調査により新たに確認されたと発表した。

 同省の発表によると、猿やシャチ、ペリカンや踊る女性などが丘の斜面に描かれているのが確認された。

続きはソースで

画像:ペルー南部パルパで空中から撮影された地上絵
https://d1z3vv7o7vo5tt.cloudfront.net/small/article/img1_file5b0cf54c3fdec.jpg

読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20180530-OYT1T50064.html
ダウンロード (2)


引用元: 【考古学】ナスカ近くで25以上の地上絵、新たに確認 2000年以上前のパラカス文化期のもの[05/30]

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1: 2018/04/27(金) 15:37:57.50 ID:CAP_USER
【4月27日 AFP】
ペルーで約550年前にいけにえとしてささげられたとみられる子ども140体あまりの遺骨が見つかった。
ナショナルジオグラフィック(National Geographic)が26日、発表した。
ラマ200頭と共に埋められていたとされ、子どものいけにえの痕跡としては過去最大となるという。

 多数の遺骨が見つかったのは、北部ラリベルタ(La Libertad)の太平洋沿いの都市トルヒーヨ(Trujillo)近く。
クリストファー・コロンブス(Christopher Columbus)の米大陸到着以前の古代チム文化が栄えた地域だ。

 この調査を実施した国際チームを率いたのは、ナショナルジオグラフィックのペルー人探検家でトルヒーヨ国立大学のガブリエル・プリエト(Gabriel Prieto)氏と、米ルイジアナ州ニューオーリンズのテュレーン大学(Tulane University)の自然人類学者ジョン・ベラーノ(John Verano)氏だ。

続きはソースで

(c)AFP

画像:ペルー北部ラリベルタの都市トルヒーヨ近郊の発掘現場。古代チム文化が栄えた地域
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/1/d/320x280/img_1d904b42f804380b5854919d4797cc83278527.jpg

AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3172779
images (1)


引用元: 【考古学】550年前の子どものいけにえか、遺骨140体発見 ペルー[04/27]

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1: 2018/04/11(水) 16:02:26.88 ID:CAP_USER
1000年以上前にペルー南部の高原の砂漠に描かれたナスカの地上絵は、私たちの想像力を刺激してやまない。
ナスカ周辺の砂漠には巨大な地上絵が1000点以上残されていて、雨乞いの儀式と関係があるのではないかと言われているが、確かなところはわかっていない。

 このほど、ドローンを手にしたペルーの考古学者たちが、ナスカのすぐ隣のパルパで、地上からは見えない、かすかな線で描かれた地上絵を新たに50点以上発見した。
さらに、地元の人々だけに知られていた地上絵をドローンで初めて調査し、これまでにない詳細な地図を作った。

■ナスカより古い時代の戦士像

 新たに発見された地上絵のなかには、この地域で西暦200年~700年まで栄えたナスカ文化のものもあったが、その多くはもっと古く、紀元前500年~西暦200年のパラカス文化やトパラ文化のものと考えられている。

 有名なナスカの地上絵は、大半が上空からしか見えないが、それより古いパラカスの地上絵は山腹に描かれていて、ふもとの村から見ることができる。二つの文化は、芸術的なテーマも違っている。
ナスカの地上絵の多くが直線や幾何学図形であるのに対し、新たに発見されたパラカスの地上絵の多くは人間を描いているのだ。

 新たな地上絵を発見したペルーの考古学者、ルイス・ハイメ・カスティリョ・ブテルス氏は、「ほとんどが戦士の絵です」と言う。「これらの地上絵は少し離れた場所からも確認できたので、昔の人々は見ていたと思います。ただ、時間とともに薄くなり、忘れられてしまったのです」

 今回発見された地上絵は、パラカス文化だけでなく、パラカス文化からナスカ文化への移行期にあたる謎に包まれたトパラ文化についても、重要なデータを提供する。
この地域の人々は、有名なナスカの地上絵を作る何世紀も前から、巨大な地上絵を作る実験をしていたのだ。

 ペルー文化省の考古学者で、ナスカの地上絵のチーフ修復官・保護官であるホニー・イスラ氏は、「地上絵の伝統は、有名なナスカ文化の地上絵より1000年も前から続いていたのです。
今回の発見にもとづき、地上絵の役割や意味について新たな仮説を立てられるでしょう」と言う。

■きっかけは遺跡の略奪調査

 皮肉なことに、新しい地上絵の発見をもたらすきっかけとなったのは、ナスカ地上絵の損傷事件だった。

 2014年12月、環境保護団体グリーンピースの活動家がナスカの有名なハチドリの地上絵のすぐ近くで抗議行動をした際に周囲の地面を損傷し、世界中から非難されるという事件が起きた。
これがきっかけとなってペルーは米国からの助成金を得て、イスラ氏らの調査チームを雇い入れたのだ。

 イスラ氏が請け負った仕事はただでさえ難しいが、不完全な地図のせいで、さらに難しくなっていた。
ペルーには10万におよぶ遺跡があるとされるが、そのうち航空測量に基づいて位置が特定されているものはわずかしかないのだ。
そこでイスラ氏の同僚のカスティリョ氏は、ナショナル ジオグラフィック協会のエクスプローラーで
「宇宙考古学者」として知られるサラ・パーカック氏の協力を得た。

 パーカック氏は、衛星画像を使って考古学遺跡やその略奪の兆候を発見する「グローバルエクスプローラー(GlobalXplorer)イニシアチブ」を設立している。

続きはソースで

画像:ドローンを使って新たに発見されたナスカの地上絵は、数本の直線からなり、パターンを識別することはできない。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/040900156/01.jpg
図:古代ペルー人は、地表の石を動かして線の縁を際立たせ、縁の間の土をかき取って下の白っぽい土を露出させるという方法で地上絵を作った。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/040900156/02.jpg

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/040900156/
ダウンロード (2)


引用元: 【古代遺跡】謎の地上絵50点以上発見、ナスカの隣接地域 ナスカ文明より古い時代「ほとんどが戦士の絵」、南米ペルー[04/09]

【古代遺跡】謎の地上絵50点以上発見、ナスカの隣接地域 ナスカ文明より古い時代「ほとんどが戦士の絵」、南米ペルーの続きを読む
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