理系にゅーす

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儀式

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1: 2019/04/29(月) 20:16:58.89 ID:CAP_USER
四大文明と言われるように、人類の文明はチグリス・ユーフラテス川、ナイル川、インダス川、黄河の4つの流域から発達したことが知られている。しかし、洋の東西を問わず、最も人気なのは古代エジプト文明だ。

エジプト文明は、ピラミッドやミイラをはじめ、ツタンカーメンの黄金のマスクのように、まだ見つかっていない遺物の発見など、さまざまなロマンにあふれているが、ひときわ優れているのが芸術性だ。ファラオや古代の民衆の生活をあらわした彫像や装飾品が、圧倒的なリアリティーをもって作られている。
https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/7/28782/Hatshepsut2012.jpg

■なぜ鼻が欠けるのか?

 ギリシャの哲学者プラトンが「エジプト美術は1万年を経ても変わっていない」という言葉を残したように、伝統や保守性を重視するエジプト文化は、宗教や死後の世界とのつながりが強く、「太陽のように永遠に変わらないもの」とか「永遠の生命・健康・富」を好んで、堅牢な石の彫像を数多く残した。ただひとつ残念なのは、多くの彫像の鼻がことごとく欠けている点だ。

有名なところで言えば、第19王朝で66年間にわたって絶対的権力を握ったラムセス2世や、第18王朝のハトシェプスト女王。統治期間が長いファラオは、それだけ多くの彫像が残されているが、鼻がつぶれているものが多い。
https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/7/28782/GD-EG-Louxor-116.jpg

続きはソースで

https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/7/28782/640px-AmenhotepI-StatueHead_MuseumOfFineArtsBoston.png

https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/7/28782/1024px-Opening_of_the_mouth_ceremony.jpg

ハザードラボ
https://www.hazardlab.jp/know/topics/detail/2/8/28782.html
ダウンロード (1)


引用元: 【考古学】古代エジプト「鼻が欠けた像」が多い謎「事故じゃなかった」[04/29]

古代エジプト「鼻が欠けた像」が多い謎「事故じゃなかった」の続きを読む

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1: 2019/04/29(月) 19:26:44.93 ID:CAP_USER
日本では4月30日、天皇が退位され、5月1日に皇太子徳仁親王が新たな天皇に即位される。

天皇の退位と即位は、どちらも神道の象徴的な儀式に彩られる。その中心となるのが「三種の神器」と呼ばれる、皇位を象徴する宝物だ。
https://ichef.bbci.co.uk/news/976/cpsprodpb/1502/production/_106587350_77deb9f9-e746-45be-a86c-6427fb540b14.jpg

三種の神器の起源や所在は謎に包まれているが、それらにまつわる神話は日本の歴史から現代のポップカルチャーまで広く浸透している。

■なぜ三種の神器は重要なのか

日本の宗教のひとつ、神道は、儀式を非常に重視している。過去や、人間の命に関わる魂とつながるための儀式だ。
https://ichef.bbci.co.uk/news/976/cpsprodpb/1228A/production/_106587347_gettyimages-687759152.jpg

三種の神器も、こうした神道の一部だ。神々から、直系の子孫とされる皇室に代々伝えられていると言われている。日本の天皇は王冠を被らない代わりに、三種の神器が皇位を表す。

しかし、神聖なこれらの宝物は、人々の目から隠されている。

名古屋大学の河西秀哉教授はBBCの取材に対し、「いつ作られたのか分からないし、見たことがありません」と説明した。

「天皇ですら見たことがないのです」

皇室の即位式である「即位の礼」においてさえ、形代(かたしろ、レプリカ)を使う。なお、このレプリカもまだ披露されていない。

オリジナルは、もし本当にそこにあるとすれば、日本各地の神社にとどまることになる。

■八咫鏡(やたのかがみ)

1000年以上も前に造られたとされる八咫鏡は、三重県の伊勢神宮に納められていると信じられている。

倫理学の研究機関「モラロジー研究所」の竹中信介博士によると、三種の神器の中でも八咫鏡が最も神聖とされている。

1989年に天皇が即位された際、八咫鏡だけは「剣璽等承継の儀(けんじとうしょうけいのぎ)」で継承されず、皇居の賢所(かしこどころ)で個別に祭儀が行われた。

https://ichef.bbci.co.uk/news/976/cpsprodpb/A472/production/_106589024_a7e9f372-1f3b-430b-9952-a40f571f936d.png
日本の民話では、鏡は神の力を持ち、真実を映すとされる。皇室の儀式では、八咫鏡は天皇の知恵を象徴する。

日本の古代神話を記した古事記によると、八咫鏡は伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)という神によって造られた。

太陽神である天照大神(あまてらすおおみかみ)が、きょうだいの建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)との不和を理由に天岩戸(あまのいわと)に隠れてしまい、世界は闇に包まれた。

困った神々は宴を開いて天照大神を誘い出そうとした。天照大神は、八咫鏡に映った自分の写し身に誘われて外に出て、世界に光が戻ったとされる。

八咫鏡を含む三種の神器はその後、天照大神の孫に当たる邇邇芸命(ににぎのみこと)に受け継がれた。

竹中博士によると、天照大神は邇邇芸命に「この鏡こそは、ひたすら私の魂として、私自身を祭るように心身を清浄にしてお仕えせよ」と命じたという。

邇邇芸命は、紀元前660年に日本で最初の天皇となった神武天皇の曽祖父とされている。

続きはソースで

https://ichef.bbci.co.uk/news/976/cpsprodpb/F292/production/_106589026_11afec8b-af16-4f45-88a6-91e9aca8d240.png

https://ichef.bbci.co.uk/news/976/cpsprodpb/CB82/production/_106589025_c67f5474-d299-4b76-8715-266439059949.png
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引用元: 【解説】 「三種の神器」、皇室が持つ謎の宝物[04/29]

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1: 2019/03/10(日) 12:23:53.57 ID:CAP_USER
中米グアテマラ北部の辺境で、古代マヤ時代の大規模な要塞跡が発見された。高さ6メートルの壁や監視塔、ほかにも長年にわたって大きな戦争が行われてきた証拠が見つかっている。マヤ文明に対する従来のイメージを覆す発見だ。(参考記事:「知ってるようで知らないマヤ文明」)
https://cdn-natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/030700146/ph_thumb.jpg

 この要塞跡は、「ラ・クエルナビラ」と呼ばれている。マヤの都市、エル・ソツとティカルの間にある険しい尾根の上に建てられ、厳重に防備を固めている。蓄えられた丸い石も見つかっており、兵士が投石器に入れて使う武器だったとみられる。

 この地域でこれほど大掛かりな要塞が見つかるのは初めてで、「もしかしたら南北米大陸の古代遺跡を見わたしても」初めての発見ではないかと、米ブラウン大学でマヤ文明を研究する考古学者スティーブン・ヒューストン氏は話す。
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/030700146/map2.jpg

 明らかに戦争のために造られたクエルナビラの砦(とりで)や、新たに確認された構造物からは、戦争が大規模で組織的だったこと、この古代文明が栄えた時代の大半において、戦いが生活の一部だったことがわかる。

「意外でした」とヒューストン氏は言う。「私たちはマヤの戦いをロマンチックに考える傾向があったからです。ほとんどが文明の末期に集中し、儀式化されていたと。しかし、いま目にしている要塞は、何世紀にもわたる激しい戦いを物語っています。支配者たちは防衛に関する心配が尽きなかったため、こうした山上の要塞に力を入れる必要を感じたのです。この風景から、彼らの恐怖感がはっきり感じ取れると言ってもいいほどです」

■空からのレーザー調査が手掛かりに

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/030700146/map1.jpg
 今回の発見の手掛かりになったのは、レーザー画像だった。グアテマラ北部のマヤ生物圏保護区で、2100平方キロもの広い範囲を調査する「PACUNAMライダー・イニシアチブ」の成果だ。ライダー(LiDAR)技術を使えば、上空からレーザーを当てることで密林に隠された地形を描き出し、長らく埋もれていた古代文明の遺跡を浮かび上がらせることができる。見つかった遺跡は、マヤの専門家たちが考えていたよりもずっと複雑で、互いのつながりも密接だった。(参考記事:「謎の古代文明の遺跡を中米で複数発見、マヤとは別」)

 新たな宝の地図を手に、専門家らのチームは昨年1年間かけてジャングルを歩き回り、最も有望な十数カ所で実地調査を試みた。「大きな遺跡の上を、気づかずに歩いていることだってあり得ます」。

続きはソースで

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/030700146/
ダウンロード


引用元: 【考古学】古代マヤ文明の要塞を発見、従来のイメージ覆す 意外な発見、「戦争は生活の一部だった」[03/09]

古代マヤ文明の要塞を発見、従来のイメージ覆す 意外な発見、「戦争は生活の一部だった」の続きを読む

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1: 2018/08/27(月) 11:09:57.17 ID:CAP_USER
奈良県桜井市の箸墓(はしはか)古墳(全長約280メートル)は、3世紀中ごろ、最初に築かれた大型の前方後円墳だとみられています。このころの倭(わ、日本列島)について記した中国の歴史書「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」に登場する女王・卑弥呼(ひみこ)の墓の有力な候補地としても知られています。

 この古墳でみつかった特殊な土器が、吉備(きび、現在の岡山県)の複数の地域の工人によってつくられたと考える新説を、最近、春成秀爾(はるなりひでじ)・国立歴史民俗博物館名誉教授(考古学)が発表しました。箸墓古墳に葬られた人物(被葬者〈ひそうしゃ〉)が、吉備と強い結びつきをもっていた可能性をうかがわせる研究成果です。

続きはソースで

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180824003934_comm.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180824003932_commL.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180824003936_commL.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180824003943_commL.jpg

朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASL8S574CL8SPTFC00R.html
ダウンロード (6)


引用元: 【考古学】奈良の箸墓古墳 被葬者は岡山出身?カギ握る埴輪の祖先[08/27]

奈良の箸墓古墳 被葬者は岡山出身?カギ握る埴輪の祖先の続きを読む

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1: 2018/12/05(水) 09:38:30.93 ID:CAP_USER
古代の洞窟壁画には多数の手形がつけれられていることがありますが、この手形は「指が欠けた状態」であることがしばしば報告されていました。この理由について、研究者は「宗教的ないけにえ行為のために指が切断された」という可能性を示しています。

A Cross-cultural Perspective on Upper Palaeolithic Hand Images with Missing Phalanges | SpringerLink
https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs41982-018-0016-8

Strange Cave Art Could Mean These Palaeolithic People Amputated Their Own Fingers
https://www.sciencealert.com/strange-cave-art-could-mean-palaeolithic-artists-were-ritually-amputating-their-own-fingers

旧石器時代の洞窟壁画には、人間の手や指をかたどった「手形」がよく見られますが、フランスやスペインの壁画では、これらの指が一部失われている状態であることがありました。これまで、考古学者の多くは指のない手形が存在する理由について「ただの偶然だろう」と考えてきました。一方で、「指を曲げるなどして一部の指を描かなかった」という説もあれば、「一部の地域の人々には指を切り落とす慣習があった」という説もあるとのこと。

そして、サイモンフレーザー大学の考古学者であるMark Collard氏は新たな研究で、この「指を切断する慣習」という説を支持しました。「比較的新しい歴史の中でも、指の切断は多くの地域で一般的に行われています」「一部の後期旧石器時代の人々が宗教的ないけにえ行為として指を切断していたという仮説は、これまでのデータにも適合するものです」とCollard氏は述べています。

研究チームが上記のような結論を出した理由の1つは一部の地域で数多くの「指の欠けた手の跡」が発見されていることにあります。フランスのグロット・プレイストリック・ド・ガルガでは40~50人がつけたとみられる231個の手形が発見されていますが、うち114個は指が1~2本欠けている状態です。
またフランスのコスケール洞窟では49個の手形のうち28個が、スペインのマルトラビエソ洞窟では71個の手形のうち61個が指の欠けた状態だったとのこと。

続きはソースで

https://i.gzn.jp/img/2018/12/05/palaeolithic-hand-images/002.jpg
https://i.gzn.jp/img/2018/12/05/palaeolithic-hand-images/00.jpg

GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20181205-palaeolithic-hand-images/
ダウンロード


引用元: 【考古学】古代壁画に「指の欠けた手形」が多数あるのはなぜなのか?[12/05]

古代壁画に「指の欠けた手形」が多数あるのはなぜなのか?の続きを読む

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1: 2018/04/11(水) 16:02:26.88 ID:CAP_USER
1000年以上前にペルー南部の高原の砂漠に描かれたナスカの地上絵は、私たちの想像力を刺激してやまない。
ナスカ周辺の砂漠には巨大な地上絵が1000点以上残されていて、雨乞いの儀式と関係があるのではないかと言われているが、確かなところはわかっていない。

 このほど、ドローンを手にしたペルーの考古学者たちが、ナスカのすぐ隣のパルパで、地上からは見えない、かすかな線で描かれた地上絵を新たに50点以上発見した。
さらに、地元の人々だけに知られていた地上絵をドローンで初めて調査し、これまでにない詳細な地図を作った。

■ナスカより古い時代の戦士像

 新たに発見された地上絵のなかには、この地域で西暦200年~700年まで栄えたナスカ文化のものもあったが、その多くはもっと古く、紀元前500年~西暦200年のパラカス文化やトパラ文化のものと考えられている。

 有名なナスカの地上絵は、大半が上空からしか見えないが、それより古いパラカスの地上絵は山腹に描かれていて、ふもとの村から見ることができる。二つの文化は、芸術的なテーマも違っている。
ナスカの地上絵の多くが直線や幾何学図形であるのに対し、新たに発見されたパラカスの地上絵の多くは人間を描いているのだ。

 新たな地上絵を発見したペルーの考古学者、ルイス・ハイメ・カスティリョ・ブテルス氏は、「ほとんどが戦士の絵です」と言う。「これらの地上絵は少し離れた場所からも確認できたので、昔の人々は見ていたと思います。ただ、時間とともに薄くなり、忘れられてしまったのです」

 今回発見された地上絵は、パラカス文化だけでなく、パラカス文化からナスカ文化への移行期にあたる謎に包まれたトパラ文化についても、重要なデータを提供する。
この地域の人々は、有名なナスカの地上絵を作る何世紀も前から、巨大な地上絵を作る実験をしていたのだ。

 ペルー文化省の考古学者で、ナスカの地上絵のチーフ修復官・保護官であるホニー・イスラ氏は、「地上絵の伝統は、有名なナスカ文化の地上絵より1000年も前から続いていたのです。
今回の発見にもとづき、地上絵の役割や意味について新たな仮説を立てられるでしょう」と言う。

■きっかけは遺跡の略奪調査

 皮肉なことに、新しい地上絵の発見をもたらすきっかけとなったのは、ナスカ地上絵の損傷事件だった。

 2014年12月、環境保護団体グリーンピースの活動家がナスカの有名なハチドリの地上絵のすぐ近くで抗議行動をした際に周囲の地面を損傷し、世界中から非難されるという事件が起きた。
これがきっかけとなってペルーは米国からの助成金を得て、イスラ氏らの調査チームを雇い入れたのだ。

 イスラ氏が請け負った仕事はただでさえ難しいが、不完全な地図のせいで、さらに難しくなっていた。
ペルーには10万におよぶ遺跡があるとされるが、そのうち航空測量に基づいて位置が特定されているものはわずかしかないのだ。
そこでイスラ氏の同僚のカスティリョ氏は、ナショナル ジオグラフィック協会のエクスプローラーで
「宇宙考古学者」として知られるサラ・パーカック氏の協力を得た。

 パーカック氏は、衛星画像を使って考古学遺跡やその略奪の兆候を発見する「グローバルエクスプローラー(GlobalXplorer)イニシアチブ」を設立している。

続きはソースで

画像:ドローンを使って新たに発見されたナスカの地上絵は、数本の直線からなり、パターンを識別することはできない。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/040900156/01.jpg
図:古代ペルー人は、地表の石を動かして線の縁を際立たせ、縁の間の土をかき取って下の白っぽい土を露出させるという方法で地上絵を作った。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/040900156/02.jpg

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/040900156/
ダウンロード (2)


引用元: 【古代遺跡】謎の地上絵50点以上発見、ナスカの隣接地域 ナスカ文明より古い時代「ほとんどが戦士の絵」、南米ペルー[04/09]

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