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出土

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1: 2018/03/19(月) 11:42:58.41 ID:CAP_USER
近年、ティラノサウルスに羽毛を生やした復元図が登場しているのも、中国で出土した近縁種の化石が根拠のひとつになっている(ただしティラノサウルス自体の羽毛の痕跡は現在まで発見されていない。
また、幼体はさておき巨大な成体の体がびっしり羽毛で覆われていると熱がこもりすぎるため、どの程度まで羽毛が存在したかには疑問も多い)。

 広大な中国大陸では熱河層以外の場所でもさまざまな恐竜の化石が発掘されている。
なかでもトゥオジャンゴサウルス(沱江龍)やマメンチサウルス(馬門溪龍)の出土で知られる四川省自貢市付近、ルーフェンゴサウルス(禄豊龍)など原竜脚類化石の出土が多い雲南省の禄豊市、ゴビ砂漠から伸びる恐竜化石出土地帯がある内モンゴルなどは特に「アツい」。

 ほかに新疆・甘粛・河南・江西・広東などでも化石が見つかっている。
2009年、中国で発見された恐竜の属・種の数は、従来の恐竜大国であるアメリカを追い抜き世界1位となったという。

■1982年生まれのすごい学者・シン博士

 ところで2016年末、ミャンマーの中国国境地帯にあるカチン州で、生前の状態を残したまま琥珀の内部に保存された恐竜のしっぽが発見・報告されたニュースはご存知だろうか。

 従来、骨や生活の痕跡(足跡など)しか判明していなかった恐竜の「生身の姿」の一部が見つかったのは世界初のこと。
わかりやすく日本史で例えるならば、本能寺の変の真相を記した当事者の一次史料が明らかになるくらいの大発見だ。

 この大発見を発表した国際研究チームのトップが、中国地質大学副教授の中国人研究者、シン・リダ(邢立達)博士である。

 シン博士は2017年6月にも、9900万年年前の原始的な鳥類(ひな)の全身が閉じ込められたミャンマー産の琥珀についての論文を発表。
世界を仰天させ続けている。

シン博士は1982年8月、中国広東省潮州市生まれ。
なんと『カレント・バイオロジー』誌上で世紀の大発見を報告したのは34歳のときであった。
中国人の世代で言えば、改革開放政策後に生まれた「八〇後(バーリンホウ)」と呼ばれる新世代に属する人物である。

『中国青年報』などによると、子どもの頃の博士は日本の特撮番組『恐竜戦隊コセイドン』や児童向けの科学読み物、映画の『インディ・ジョーンズ』『ジュラシック・パーク』などを愛する、どこにでもいる恐竜マニアの冒険好き男子だったらしい。

 だが、博士は思春期を迎えても恐竜好きであり続け、高校生になった1998年に中国で最初の恐竜専門ホームページ『恐竜網』を立ち上げる。
中国科学院古脊椎動物・古人類研究所に手紙を送り、大学進学後は彼らにくっついて発掘現場にも赴いていた。

 大学卒業後、いったんは就職するも恐竜への夢を諦めきれず半年で退職。
世界的な恐竜産地であるカナダのアルバータ大学に留学して修士号を取り、やがて帰国して中国地質大学で博士号を取得。前出のユティラヌスの報告者である中国恐竜学の大家・徐星博士や、『ジュラシック・パーク』の主人公のモデルにもなったカナダの古生物学者フィリップ・J・カリーの指導も受けた。

続きはソースで

画像:2016年12月8日、シン博士らが科学誌『カレント・バイオロジー』に寄稿した琥珀内の恐竜の尾に関する論文
"A Feathered Dinosaur Tail with Primitive Plumage Trapped in Mid-Cretaceous Amber" で紹介された撮影写真。
羽毛の様子がくっきりとわかる
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/0/b/600/img_0bea4071f9f7195b298d43a3610d85b2101155.jpg
画像:恐竜好きの男の子がそのまま30年経った感じのシン博士。ご本人のフェイスブックページより
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/7/d/600/img_7dfbaed3ddfc5392d0f63cd532326bca85800.jpg

JBpress
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52583
ダウンロード


引用元: 【古生物】世紀の大発見を成し遂げた中国の恐竜ヲタ博士 中国で続々と出土する「恐竜の常識を覆す化石」[03/19]

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1: 2018/03/15(木) 12:47:33.37 ID:CAP_USER
「考古学者が遺跡からの出土品を偽造した」と聞くと、日本で起きた旧石器捏造事件を連想する人は多いはずですが、「トルコにある9000年前の遺跡から発見された出土品の一部が、有名考古学者によって偽造されたものである可能性が高い」と判明し、話題になっています。

Famed Archaeologist 'Discovered' His Own Fakes at 9,000-Year-Old Settlement
https://www.livescience.com/61989-famed-archaeologist-created-fakes.html
https://i.gzn.jp/img/2018/03/14/famed-archaeologist-fakes-discovered/00_m.jpg
https://i.gzn.jp/img/2018/03/14/famed-archaeologist-fakes-discovered/01_m.jpg

イギリスの著名な考古学者であるジェームス・メラート氏は、トルコのアナトリア半島南部にある「チャタル・ヒュユク」という遺跡の発掘調査に携わった人物です。
チャタル・ヒュユクは新石器時代から銅器時代にかけての遺跡であり、古い時代から新しい時代の遺跡が層状に積み重なっています。
最下層が形成された時期は紀元前7500年前にさかのぼり、遺跡の規模や複雑な構造から「世界最古の都市遺跡」と呼ばれることもあるとのこと。

1925年にロンドンで生まれたメラート氏は、イスタンブール大学で講義を行い、イギリスのアンカラ研究所(BIAA)で助教授を務めました。
1954年にはアナトリア半島西部のベイジェスルタン遺跡の発掘調査を指揮し、後期青銅時代に作られた陶器製の「シャンパングラス」を発見する功績を挙げたとのこと。
チャタル・ヒュユクが発見された1958年から3年後の1961年、メラート氏はチャタル・ヒュユクの発掘調査を指揮し、150以上の部屋と建物、壁画や彫像など多くの出土品を発見しました。

メラート氏は1964年、出土した品を販売する密輸業者を手助けしているとして、トルコで遺跡を発掘することを禁止されてしまいます。
トルコで遺跡が発掘できなくなった後も遺跡から持ち帰った出土品の研究を続け、新たな壁画を研究結果と共に公表するなどしており、初期アナトリア研究をリードする著名な考古学者として知られていました。
しかし、2012年にメラート氏が死去してから、メラート氏の遺品整理を続けてきたルウィ研究所のエバーハルト・ツァンガー氏は、「メラート氏の遺品からチャタル・ヒュユクの壁画を偽造した証拠が見つかった」と述べています。

「メラート氏は50年以上にわたってチャタル・ヒュユク遺跡に関する調査を続けてきた。
アナトリアに関する非常に幅広い知識を身につけ、知識を総動員して過去のパノラマを想像していた」とツァンガー氏は語っていますが、このプロセス自体はおかしなものではありません。

ある考古学者が過去の時代についての仮説を表明し、他の考古学者がそれを支持するか、あるいは遺跡の発掘調査から支持する証拠が見つかるというのが一般的。

続きはソースで

https://i.gzn.jp/img/2018/03/14/famed-archaeologist-fakes-discovered/02_m.jpg

GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20180314-famed-archaeologist-fakes-discovered/
images


引用元: 【考古学】有名考古学者が遺跡からの出土品を偽造した証拠が死後に発見される 英国考古学者ジェームス・メラート氏[03/14]

有名考古学者が遺跡からの出土品を偽造した証拠が死後に発見される 英国考古学者ジェームス・メラート氏の続きを読む

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1: 2018/01/28(日) 15:01:47.36 ID:CAP_USER
【1月27日 CNS】
中国・西北大学(Northwest University)の王建新(Wang Jianxin)、梁雲(Liang Yun)両教授率いる中央アジア考古学調査隊が、ウズベキスタン・バイスン市(Boysun)にあるラバト(Rabat)墓地で紀元前2世紀~紀元後1世紀の遊牧文化のものと見られる墓穴を52か所発掘した。

 バイスン市は、ウズベキスタン南部のスルハンダリヤ州(Surxondaryo Region)にある。
バイスン市から南に約2キロの距離にラバト村は位置しており、村北部にラバト墓地がある。

 古代遊牧民族の月氏族は紀元前2世紀、匈奴(きょうど)と烏孫(うそん)に破れた後、中央アジアのアム川北部(当時の北バクトリア地域の一部)に追いやられ、大月氏と呼ばれるようになった。

続きはソースで

(c)CNS/JCM/AFPBB News

画像:出土した埋蔵物
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/0/d/700x460/img_0da27ee280f9f0ccc11d2450961c556b151057.jpg
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/8/4/700x460/img_84aeaee7aefc98b3c2abe73459cc24c0161543.jpg
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/0/9/700x460/img_098d6a667a4adbe2869c83697d160595171933.jpg

AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3159910
ダウンロード


引用元: 【考古学】中国考古学者バクトリア地域(中央アジア)に古代遊牧民族「月氏族」の遺跡を発見[18/01/27]

中国考古学者バクトリア地域(中央アジア)に古代遊牧民族「月氏族」の遺跡を発見の続きを読む

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1: 2018/01/10(水) 17:34:24.14 ID:CAP_USER
 長崎県壱岐市教育委員会は9日、同市のカラカミ遺跡で、「周」という漢字の左半分が刻まれた土器片(弥生時代後期、2世紀頃)が出土したと発表した。

 同遺跡は、中国の歴史書「魏志倭人伝」に記された「一支いき国」の交易拠点跡とされ、当時の九州北部で広範囲に文字が伝わっていた可能性も出てきた。

 漢字が記された資料は福岡市・志賀島で見つかった「漢委奴国王」の刻印を持つ金印や銘文のある鏡などがいち早く国内に入っているが、土器としては国内最古級となる。

 土器片は縦7・5センチ、横8・8センチ。鉢(口径23センチ、高さ7・7センチ)の一部とみられ、文字は縁部分に刻まれていた。

続きはソースで

画像:「周」の左半分が刻まれた土器
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20180110/20180110-OYT1I50005-N.jpg

図:刻まれた文字のイメージ
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20180110/20180110-OYT1I50004-N.jpg

http://www.yomiuri.co.jp/photo/20180110/20180110-OYT1I50008-N.jpg

読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20180110-OYT1T50027.html

ダウンロード (2)


引用元: 【考古学】(2世紀頃)弥生期土器に漢字、権力者以外にも文字伝わる?

(2世紀頃)弥生期土器に漢字、権力者以外にも文字伝わる?の続きを読む

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1: 2017/12/26(火) 03:29:20.52 ID:CAP_USER
明治時代に発見されたあと宅地開発などの影響で所在がわからなくなり、研究者の間で幻の貝塚と呼ばれていた縄文時代の遺跡が、東京・豊島区の住宅街でおよそ120年ぶりに見つかりました。
周辺には大規模な集落が広がっていたと見られ、貴重な発見だと注目を集めています。

およそ3000年から4000年前の縄文時代後期の遺跡、池袋東貝塚は、明治時代に発見されたという記録がありましたが、豊島区教育委員会によりますと、周辺の宅地化が急速に進んだことなどから、その後、所在がわからなくなっていました。

ことし10月、豊島区の東武東上線の下板橋駅付近の住宅街で建物の建て替え工事が行われた際に大量の土器や貝が見つかり、当時の記録と出土した遺物や場所がおおむね一致したことなどから、池袋東貝塚だと確認されました。

この遺跡は蒔田鎗次郎という考古学者が発見したことが、明治29年に発行された東京人類学会誌に掲載された論文に記されていましたが・・・

続きはソースで

関連ソース画像
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20171225/K10011270771_1712251426_1712251427_01_03.jpg

NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20171225/k10011270771000.html
ダウンロード


引用元: 【考古学】“幻の貝塚” 縄文時代の遺跡 約120年ぶり見つかる

“幻の貝塚” 縄文時代の遺跡 約120年ぶり見つかるの続きを読む

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1: 2017/12/23(土) 10:37:56.79 ID:CAP_USER
〈世界最古の町とも言われる古代エリコ、エジプト文明と強いつながり〉

ヨルダン川西岸、現代のエルサレムから北東へ約20キロ離れた場所にあるテル・エッ・スルタン遺跡は、古代エリコの町があった場所だ。旧約聖書に登場するエリコは、外敵の攻撃を受けて城壁が崩れ去るはるか以前から、豊かで交易の盛んな町だった。

 この遺跡で1997年から発掘調査を行っているイタリアとパレスチナの共同チームが、5000年前の住居跡から驚くべき発見をした。
ナイル川でなければとれない真珠貝の殻が、5枚重なった状態で出土したのだ。

 そのうち2枚の貝殻に残されていた黒い粉末は、分析の結果、酸化マンガンであることがわかった。
これはコールと呼ばれる化粧品の主成分で、古代の人々はアイライナーとして使っていた。
 研究者は、この粉末がシナイ半島から運ばれたのではないかと考えている。
そこでは、かつて古代エジプト人が採掘していたマンガン鉱山が見つかっている。

「紀元前3000年には、既に古代パレスチナの都市とエジプトの間に盛んな交易があったことを示す発見です」。
ローマにあるサピエンザ大学の考古学者で発掘責任者のロレンゾ・ニグロ氏はそう語る。
「また、この頃エリコに上流階級が台頭し始めていたことも示しています」

早くから栄えたオアシスの町
 エリコの町は、現在のヨルダン川西岸地区に位置し、豊かな湧き水の周りに発展した。
紀元前1万500年には人々がこのオアシスに集まるようになり、やがて定住し、農作物を育て、家畜を飼うようになった。

 紀元前3000年の初めには町の周囲に城壁が築かれ、支配者の城が建てられた。
町の最も大切な資源である水は絶えず湧き出し、そのおかげで町は繁栄し、諸外国と贅沢な品を取引するようになった。

 最近の発掘調査では他にも、エジプトの中王国時代にあたる紀元前1800年頃の墓が発見された。
例の化粧品の年代よりも1000年以上後のものだが、エリコとエジプトの関係がこの頃も続いていたことを示す副葬品が見つかっている。

その前の発掘調査では、宮殿の壁に囲まれた区域で、王族のものと思われる墓が複数見つかっていたが、今回の墓はそれらとは明らかに異なる。
発見場所は宮殿の真下で、特別な地位にいた人物の墓と考えられている。

 墓からは、2人分の遺骨が見つかった。1人は9歳か10歳の少女で、宝飾品で飾られていた。もう1人は成人女性で、少女の侍女だったと思われる。他に、生贄にされた若いガゼルとヤギの骨、土器6個も出土した。

続きはソースで

画像:3800年前の墓から、身分の高い少女の遺骨が見つかった。
少女は青銅の宝飾品で飾られており、古代エジプトとの関係をうかがわせる副葬品もある。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/122100067/00.jpg?__scale=w:500,h:556&_sh=0b804607f0

画像:少女の胸に置かれていたエジプトのスカラベ(甲虫の形をした装飾品)。
身をかがめたライオンと丘から昇る太陽が彫られている。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/122100067/ph_thumb.jpg?__scale=w:500,h:373&_sh=08e0bc0390

画像:少女の墓から発見された青銅の宝飾品やビーズの首飾り。
写真左にある磨かれた壺には、香水が入っていたと思われる。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/122100067/ph_03.jpg?__scale=w:500,h:307&_sh=0290b00570

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/122100067/
images


引用元: 【考古学】〈画像あり〉5千年前の高貴な少女の化粧品が出土、パレスチナ

〈画像あり〉5千年前の高貴な少女の化粧品が出土、パレスチナの続きを読む
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