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古代

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1: 2018/01/28(日) 15:01:47.36 ID:CAP_USER
【1月27日 CNS】
中国・西北大学(Northwest University)の王建新(Wang Jianxin)、梁雲(Liang Yun)両教授率いる中央アジア考古学調査隊が、ウズベキスタン・バイスン市(Boysun)にあるラバト(Rabat)墓地で紀元前2世紀~紀元後1世紀の遊牧文化のものと見られる墓穴を52か所発掘した。

 バイスン市は、ウズベキスタン南部のスルハンダリヤ州(Surxondaryo Region)にある。
バイスン市から南に約2キロの距離にラバト村は位置しており、村北部にラバト墓地がある。

 古代遊牧民族の月氏族は紀元前2世紀、匈奴(きょうど)と烏孫(うそん)に破れた後、中央アジアのアム川北部(当時の北バクトリア地域の一部)に追いやられ、大月氏と呼ばれるようになった。

続きはソースで

(c)CNS/JCM/AFPBB News

画像:出土した埋蔵物
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/0/d/700x460/img_0da27ee280f9f0ccc11d2450961c556b151057.jpg
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/8/4/700x460/img_84aeaee7aefc98b3c2abe73459cc24c0161543.jpg
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/0/9/700x460/img_098d6a667a4adbe2869c83697d160595171933.jpg

AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3159910
ダウンロード


引用元: 【考古学】中国考古学者バクトリア地域(中央アジア)に古代遊牧民族「月氏族」の遺跡を発見[18/01/27]

中国考古学者バクトリア地域(中央アジア)に古代遊牧民族「月氏族」の遺跡を発見の続きを読む

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1: 2018/01/26(金) 15:23:24.89 ID:CAP_USER
西暦1世紀が終わる頃、裕福なローマ人が開く宴には、どんな料理が並んでいたのだろうか。
一皿目はおそらくガルム味の豚で、次はガルム味の魚だろう。
そして料理と一緒に供されるワインにも、やはりガルムが入っていたはずだ。

 古代ローマの料理にこれほど多用されていた調味料ガルム(garum)とは、いったいどんなものだったのか。現代の調味料で最もガルムに近いと思われるのは、東南アジア料理の定番である、発酵させた魚と塩から作る液体状の魚醤(ぎょしょう)だ。
現代の魚醤と同じく、ローマのガルムも発酵させた魚(具体的には内臓)と塩から作られていた。
ローマ人はこれをそのまま味付けに使うほか、コショウ、酢、ワイン、オイル、飲料水といった材料と組み合わせて用いていた。


 ガルムが古代ローマ料理に欠かせない調味料となるにつれ、これを漁場から食卓に運ぶための広大な交易路が形成されていった。
現代の高級食材と同様、最高級のガルムは天文学的な値段で取り引きされた。

 料理に彩りを添えるだけでなく、ガルムは医療にも用いられた。
タンパク質を豊富に含むこの調味料は、回復期の患者の食欲を増進し、またさまざまな病に対する治癒効果があると考えられていた。
大プリニウスは自著『博物誌』に、ガルムは赤痢や、イヌに噛まれた傷の優れた治療薬であると記している。
プリニウスはまた、ガルムは耳の痛みにも効果があり、アフリカ産のカタツムリのガルム漬けを食すと胃の病気が治ると考えていた。

続きはソースで

画像:ポンペイで出土した1世紀のモザイク。地中海の豊かな海産物が描かれている。
ナポリの国立考古学博物館所蔵。ローマで人気の高かった調味料ガルムには、主要な材料としてさまざまな種類の魚が使われていた。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/012400030/01_m.jpg

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/012400030/
images


引用元: 【考古学】古代ローマで大人気、万能調味料「ガルム」とは 発酵させた魚と塩から作る魚醤、交易路の形成にも寄与[18/01/25]

古代ローマで大人気、万能調味料「ガルム」とは 発酵させた魚と塩から作る魚醤、交易路の形成にも寄与の続きを読む

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1: 2018/01/19(金) 17:52:03.87 ID:CAP_USER
(CNN) メキシコのユカタン半島にある迷路のように入り組んだ巨大な水中洞窟が、同種のものとしては世界最大級の長さを持つことがこのほど明らかになった。
長年にわたり探索してきた考古学者らのプロジェクトチームが確認した。

現地に存在した古代マヤ文明は洞窟を宗教的な儀式の場としていたことから、さらなる調査が古代文明の実像の解明につながる可能性もある。

プロジェクトチームが探索した結果、別個の2つの洞窟が内部でつながっていることが判明。
長い方の名を取って「サク・アクトゥン」と呼ばれる洞窟の全長は347キロと、世界最大級の水中洞窟とみられるという。

続きはソースで

画像一覧:
プロジェクトチームが探索した結果、別個の2つの洞窟が内部でつながっていることが判明
https://www.cnn.co.jp/storage/2018/01/19/526759f5d4a8880dd7c9c0e30c1a9cea/mexico-underwater-caves-1-story-top.jpg
https://www.cnn.co.jp/storage/2018/01/19/5e393783432baf2fcbcc402cfd12340b/mexico-diving-cave-thumbnail.jpg
https://www.cnn.co.jp/storage/2018/01/19/ff6b80b3a49b7ace94431cb123ea78b9/t/128/72/d/mexico-diving-cave-2.jpg

CNNニュース
https://www.cnn.co.jp/fringe/35113410.html
ダウンロード (7)


引用元: 【考古学】〈画像あり〉メキシコの水中洞窟、世界最大と判明 古代文明の痕跡も

〈画像あり〉メキシコの水中洞窟、世界最大と判明 古代文明の痕跡もの続きを読む

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1: 2018/02/03(土) 14:49:10.22 ID:CAP_USER
【2月2日 AFP】
中米グアテマラ北部の深い密林の下に、古代マヤ文明の何万もの建造物が眠っていることが、高性能のレーザースキャナーを使った上空からの調査で明らかになった。専門家らが1日、発表した。

 この研究で中心的役割を果たしている、米テュレーン大(Tulane University)の考古学者マーセロ・カヌト(Marcello Canuto)氏によると、メキシコおよびベリーズとの国境に接するペテン(Peten)県内で過去2年にわたって行われたスキャン調査により、約6万の建造物が見つかったという。

 カヌト氏によると、新たに発見された建造物には歩道を備えた都市の中心機構、家屋、儀式用の施設、かんがい用水路、要塞(ようさい)などが含まれ、同氏は一連の発見を「マヤ考古学研究における革命」と評価している。

 古代マヤ文明の都市遺跡であり、グアテマラの重要な考古学的遺産であるティカル(Tikal)では・・・

続きはソースで

(c)AFP

画像:グアテマラ北部ペテン県で、古代マヤ文明の都市遺跡ティカルにある寺院
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/2/1/320x280/img_21efd67149fdde71b904752a6a17b294213285.jpg

AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3161012
ダウンロード (4)


引用元: 【考古学】マヤ文明の建造物6万個、空からのレーザー調査で発見 グアテマラ[02/02]

マヤ文明の建造物6万個、空からのレーザー調査で発見 グアテマラの続きを読む

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1: 2017/12/31(日) 11:43:23.14 ID:CAP_USER
〈「ネコはありのままで完璧だった」と研究者、ぶち柄の出現は中世〉

イエネコ(家畜化したネコ)の拡散に関する研究の一環として行われたDNA分析から、ネコは人間が家畜化したのではなく、自ら人と暮らす道を選んでいたことが明らかになった。
その間、彼らの遺伝子は、野生のヤマネコの遺伝子からほとんど変わることがなく、ささやかな変化のひとつは、
かなり最近になってから「ぶち柄」の毛皮が登場したことくらいだった。

 研究者らは、古代ルーマニアのネコの死骸からエジプトのネコのミイラ、現代アフリカのヤマネコに至るまで、過去9000年間に存在した200匹以上のネコのDNA調査を行った。

6月19日付けの学術誌「Nature Ecology & Evolution」に発表された論文によると、現代のイエネコにつながる系統は、主にふたつ存在するという。

 ふたつの系統のうち、より古い方の祖先は、紀元前4400年頃に西南アジアからヨーロッパへと拡散した。
ネコは紀元前8000年頃からティグリス川とユーフラテス川が流れる中東の「肥沃な三日月地帯」の農村周辺をうろつくようになり、そこでネズミを退治したい人間たちと、互いに利益のある共生関係を築いていった。

ネズミは、人間の文明が生み出す穀物や農業の副産物に引き寄せられる。
ネコはネズミの後をついてきた結果、人間の居住地域に頻繁に近づくようになったのだろう。

「おそらくはこれが人間とネコとの最初の出会いでしょう」と語るのは、論文の共著者であるベルギー、ルーバン・カトリック大学のクラウディオ・オットーニ氏だ。
「人間がネコを捕まえてきて檻に入れたわけではありません」。
つまり人間は、いわばネコが自ら家畜化するのを、ただ好きなようにさせておいただけということになる。

イエネコにつながるふたつ目の系統は、エジプトで優勢だったアフリカのネコで、彼らは紀元前1500年頃から、地中海や旧世界のほぼ全域へと生息範囲を拡大していった。
このエジプトのネコは、人間にとって魅力的な、社交性や従順さといった習性を持っていたものと思われる。

 こうした結果からは、先史時代の人間が、ネズミの数を抑える目的で陸上・海上の交易路沿いにネコを輸送しはじめたと推測される。

続きはソースで

画像:エジプトのネコのミイラ。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/062100235/02.jpg?__scale=w:400,h:600&_sh=0a00d50220

【動画】エルサレムの野良猫を守る
video.nationalgeographic.com/video/news/170316-old-city-jerusalem-cats-vin

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/062100235/
images


引用元: 【動物/遺伝子】ネコは自ら家畜化した、遺伝子ほぼ不変、最新研究

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1: 2017/12/23(土) 10:37:56.79 ID:CAP_USER
〈世界最古の町とも言われる古代エリコ、エジプト文明と強いつながり〉

ヨルダン川西岸、現代のエルサレムから北東へ約20キロ離れた場所にあるテル・エッ・スルタン遺跡は、古代エリコの町があった場所だ。旧約聖書に登場するエリコは、外敵の攻撃を受けて城壁が崩れ去るはるか以前から、豊かで交易の盛んな町だった。

 この遺跡で1997年から発掘調査を行っているイタリアとパレスチナの共同チームが、5000年前の住居跡から驚くべき発見をした。
ナイル川でなければとれない真珠貝の殻が、5枚重なった状態で出土したのだ。

 そのうち2枚の貝殻に残されていた黒い粉末は、分析の結果、酸化マンガンであることがわかった。
これはコールと呼ばれる化粧品の主成分で、古代の人々はアイライナーとして使っていた。
 研究者は、この粉末がシナイ半島から運ばれたのではないかと考えている。
そこでは、かつて古代エジプト人が採掘していたマンガン鉱山が見つかっている。

「紀元前3000年には、既に古代パレスチナの都市とエジプトの間に盛んな交易があったことを示す発見です」。
ローマにあるサピエンザ大学の考古学者で発掘責任者のロレンゾ・ニグロ氏はそう語る。
「また、この頃エリコに上流階級が台頭し始めていたことも示しています」

早くから栄えたオアシスの町
 エリコの町は、現在のヨルダン川西岸地区に位置し、豊かな湧き水の周りに発展した。
紀元前1万500年には人々がこのオアシスに集まるようになり、やがて定住し、農作物を育て、家畜を飼うようになった。

 紀元前3000年の初めには町の周囲に城壁が築かれ、支配者の城が建てられた。
町の最も大切な資源である水は絶えず湧き出し、そのおかげで町は繁栄し、諸外国と贅沢な品を取引するようになった。

 最近の発掘調査では他にも、エジプトの中王国時代にあたる紀元前1800年頃の墓が発見された。
例の化粧品の年代よりも1000年以上後のものだが、エリコとエジプトの関係がこの頃も続いていたことを示す副葬品が見つかっている。

その前の発掘調査では、宮殿の壁に囲まれた区域で、王族のものと思われる墓が複数見つかっていたが、今回の墓はそれらとは明らかに異なる。
発見場所は宮殿の真下で、特別な地位にいた人物の墓と考えられている。

 墓からは、2人分の遺骨が見つかった。1人は9歳か10歳の少女で、宝飾品で飾られていた。もう1人は成人女性で、少女の侍女だったと思われる。他に、生贄にされた若いガゼルとヤギの骨、土器6個も出土した。

続きはソースで

画像:3800年前の墓から、身分の高い少女の遺骨が見つかった。
少女は青銅の宝飾品で飾られており、古代エジプトとの関係をうかがわせる副葬品もある。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/122100067/00.jpg?__scale=w:500,h:556&_sh=0b804607f0

画像:少女の胸に置かれていたエジプトのスカラベ(甲虫の形をした装飾品)。
身をかがめたライオンと丘から昇る太陽が彫られている。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/122100067/ph_thumb.jpg?__scale=w:500,h:373&_sh=08e0bc0390

画像:少女の墓から発見された青銅の宝飾品やビーズの首飾り。
写真左にある磨かれた壺には、香水が入っていたと思われる。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/122100067/ph_03.jpg?__scale=w:500,h:307&_sh=0290b00570

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/122100067/
images


引用元: 【考古学】〈画像あり〉5千年前の高貴な少女の化粧品が出土、パレスチナ

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