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古代

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1: 2019/05/09(木) 12:20:23.38 ID:CAP_USER
米ハーバード大学の科学者らに率いられた国際的な研究者チームがこのほど、グアテマラの古代遺跡モンテ・アルトで過去に発見された有名な「太鼓腹」の石像を調査し、石像に磁気異常があることを発見した。

完全版の調査報告は、ジャーナル・オブ・アーケオロジカル・サイエンス誌の6月号に掲載される予定。科学ニュースサイト「ライブ・サイエンス」が6日、報告について短く伝えた。

研究者らは、約2千年前に制作されたとみられる石像11体のうち10体で、磁気異常が観察されることを発見。

続きはソースで

https://cdn1.img.jp.sputniknews.com/images/623/22/6232237.jpg

https://sptnkne.ws/mwnP
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引用元: 【考古学】グアテマラ古代石像に磁気異常を発見 磁気を帯びた石を意図的に選んでいた[05/08]

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1: 2019/05/11(土) 08:41:23.31 ID:CAP_USER
【5月10日 AFP】
英イングランド南東部エセ◯クス(Essex)州の道路脇の茂みにあったわずかな隆起の下から古代の墓室が見つかったと、調査に当たっていた考古学者チームが9日、明らかにした。英国としては、エジプトのツタンカーメン王(King Tutankhamun)の墓に匹敵するくらいの発見だという。

【編集部おすすめ】色鮮やか、2300年前のミイラ8体を発見 エジプト・ダハシュール

 墓室は、ロンドン北東に位置するエセ◯クス州サウスエンド(Southend)近郊プリトルウェル(Prittlewell)のパブと安売りスーパーの近くを走る道路脇で見つかった。英国の研究チームは2003年、この場所を発見していたが、当初はさほど重要なものには見えなかったという。

「非常に不思議だったのは、何かが出てきそうには見えなかったことだ」。ロンドン考古学博物館(MOLA)のソフィー・ジャクソン(Sophie Jackson)主任研究員は、当時をそう振り返る。

 それでもMOLAの考古学者40人で構成されるチームは、調査を進めることを決断。長年かけて注意深く掘り進め、放射性炭素年代測定を行い、アングロサクソン人の王子の墓室だと結論付けるに至った。このような墓室が英国で見つかったのは初めてだという。

 この墓室は1400年前のものとみられ、キリスト教徒のアングロサクソン人の王族の埋葬地としては最古と考えられるという。

 墓室全体の広さは約4メートル四方で、深さは約1.5メートル。墓室には、複数の金貨や、現在のシリアからもたらされたとみられるガラスと木で作られた色鮮やかな杯などが丁寧に配置されている。装飾品の一部は、今も墓室の壁に掛けられている。

続きはソースで

(c)AFP/

https://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/8/4/-/img_84cce41169d009ee00665af4a44dbcff243171.jpg
https://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/6/e/-/img_6eef7e9f73c077bd99832ee38c3f45bb199661.jpg

https://www.afpbb.com/articles/-/3224351
images


引用元: 【考古学】英古代王子の墓室、道路脇で発見 「ツタンカーメン王の墓」になぞらえる専門家も[05/10]

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1: 2019/04/29(月) 20:16:58.89 ID:CAP_USER
四大文明と言われるように、人類の文明はチグリス・ユーフラテス川、ナイル川、インダス川、黄河の4つの流域から発達したことが知られている。しかし、洋の東西を問わず、最も人気なのは古代エジプト文明だ。

エジプト文明は、ピラミッドやミイラをはじめ、ツタンカーメンの黄金のマスクのように、まだ見つかっていない遺物の発見など、さまざまなロマンにあふれているが、ひときわ優れているのが芸術性だ。ファラオや古代の民衆の生活をあらわした彫像や装飾品が、圧倒的なリアリティーをもって作られている。
https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/7/28782/Hatshepsut2012.jpg

■なぜ鼻が欠けるのか?

 ギリシャの哲学者プラトンが「エジプト美術は1万年を経ても変わっていない」という言葉を残したように、伝統や保守性を重視するエジプト文化は、宗教や死後の世界とのつながりが強く、「太陽のように永遠に変わらないもの」とか「永遠の生命・健康・富」を好んで、堅牢な石の彫像を数多く残した。ただひとつ残念なのは、多くの彫像の鼻がことごとく欠けている点だ。

有名なところで言えば、第19王朝で66年間にわたって絶対的権力を握ったラムセス2世や、第18王朝のハトシェプスト女王。統治期間が長いファラオは、それだけ多くの彫像が残されているが、鼻がつぶれているものが多い。
https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/7/28782/GD-EG-Louxor-116.jpg

続きはソースで

https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/7/28782/640px-AmenhotepI-StatueHead_MuseumOfFineArtsBoston.png

https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/7/28782/1024px-Opening_of_the_mouth_ceremony.jpg

ハザードラボ
https://www.hazardlab.jp/know/topics/detail/2/8/28782.html
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引用元: 【考古学】古代エジプト「鼻が欠けた像」が多い謎「事故じゃなかった」[04/29]

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1: 2019/04/24(水) 21:11:45.46 ID:CAP_USER
■なぜ彼らは滅亡寸前まで大宴会を開けたのか、古代アンデス文明

現在のペルーに位置するセロ・バウルは、古代アンデスで最初の帝国と言われる「ワリ」の最南端に作られた、辺境の入植地だった。急峻な山の上に位置し、天然の水源はなく、実用性に乏しい場所だったが、紀元1050年ごろまでのおよそ4世紀にわたり、ぜいたくな饗宴が催されていた。(参考記事:「古代ペルー 深紅の王墓」)

 宴会を開いたのはワリ帝国の有力者たちだ。招かれた客は、隣国ティワナクのライバルや、ワリとティワナクという2大帝国に脅かされていた小さな村々の長たちだった。彼らはモケグア渓谷の景色を楽しみながら、テンジクネズミ、ラマ、魚料理を味わい、古代アンデス発祥のビールであるチチャを酌み交わした。トウモロコシとコショウボクの実を発酵させて作る酒である。

 だが、ワリ帝国が崩壊しつつあった950年余り前に、酒盛りを楽しんだ者たちは、自らお祭り騒ぎに終止符を打つ。

 このとき、ワリ帝国の人々は辺境の入植地から避難するつもりだったらしく、すでに神殿と宮殿を取り壊していた。最後に壊されたのが醸造所だった。彼らは建物に火をつけ、焼け落ちるのを眺めた。ワリの貴族たちはチチャを飲み干し、大事にしてきた杯を火に投げ入れた。

 醸造所が灰になると、何人かが首飾りを外し、最後の供物として残り火の中に置いた。誰もこの建物を二度と使えないよう、廃墟を砂で覆った。こうして醸造所は、20年前からチチャ造りの中心地を発掘している考古学者たちにとって、貴重な「タイムカプセル」となった。(参考記事:「ワリ文化の霊廟と財宝を発見、ペルー」)

 研究者たちはこのほど、セロ・バウルでの最後の宴で使われた土器を分析。研究結果が4月18日付けで学術誌「サステイナビリティ」に掲載された。それによると、この国境付近の入植地で、帝国が滅ぶ寸前までそれほどの宴会を続けていられたのは、醸造も酒器作りも地元の材料を使っていたおかげだという。

■一度に1500~2000リットルを生産

 紀元600年ごろから1050年ごろにかけて、ペルー沿岸とアンデス山脈の広い範囲を支配したワリ帝国。インカ帝国が力を持つずっと前に、大規模な道路網とかんがい用水路網を作り上げたワリの人々にとって、セロ・バウルは政治的に重要な場所だった。外交の中心だったこの地は、帝国の都ワリから南東へ徒歩で2~3週間かかるところにあった。そして、セロ・バウルの神殿の中には、ライバルを取り込もうと、隣国ティワナクの神々を祭ったものもあった。(参考記事:「金銀の耳飾り、ワリ文化の王族墓」)

「ワリ帝国は、セロ・バウルに来るさまざまな集団をまとめようとしていたことが分かります。その方法の1つと思われるのが、地元産のビールを振る舞った大きな宴会です」。論文の筆頭著者で、米シカゴのフィールド自然史博物館で人類学部門を率いているライアン・ウィリアムズ氏はこう話す。

 ウィリアムズ氏らは、セロ・バウルの醸造所で一度に生産できたチチャを1500~2000リットル以上と推定している。工業化以前の社会の醸造所としては、かなりの量だ。チチャは傷むのが早く5日程度しかもたないことを考えると、山上の宴会には、数百人を超す指導者たちが招待されていた可能性がある。

 今回、研究者たちは、こうした宴会用の物資がどのように生産されたか解明しようとした。醸造や飲用に使われ、ワリ文化の神々の姿に似せた土器は、遠く離れた都のワリで見つかった物に似ていた。だが、粉々に砕けた土器の化学分析から、セロ・バウルの杯は現地で作られ、粘土も地元産であることが分かった。

続きはソースで

https://cdn-natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/042200245/ph_thumb.jpg
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引用元: 【考古学】インカ以前、ワリ帝国「ビール外交」の謎を解明[04/24]

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1: 2019/03/25(月) 04:54:39.30 ID:CAP_USER
人類史上「最大の発明」の一つとされる製鉄の歴史が変わるかもしれない――。古代オリエント世界でエジプト新王国と勢力を二分したヒッタイト帝国。その中心部だったトルコ・アナトリア地方の古代遺跡で、日本の調査団が製鉄関連の最古級の遺物を見つけた。

 見つかったのは、酸化鉄を多く含む分銅形をした直径約3センチの塊。トルコのカマン・カレホユック遺跡で1986年から調査を続けている・・・

続きはソースで

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190325000005_comm.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190324001497_comm.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190324001528_comm.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190324001476_comm.jpg

朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASM3Q7THKM3QPLZU004.html
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引用元: 【考古学】鉄の歴史に一石、ヒッタイト起源に異説か 最古級の遺物[03/25]

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1: 2019/03/10(日) 12:23:53.57 ID:CAP_USER
中米グアテマラ北部の辺境で、古代マヤ時代の大規模な要塞跡が発見された。高さ6メートルの壁や監視塔、ほかにも長年にわたって大きな戦争が行われてきた証拠が見つかっている。マヤ文明に対する従来のイメージを覆す発見だ。(参考記事:「知ってるようで知らないマヤ文明」)
https://cdn-natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/030700146/ph_thumb.jpg

 この要塞跡は、「ラ・クエルナビラ」と呼ばれている。マヤの都市、エル・ソツとティカルの間にある険しい尾根の上に建てられ、厳重に防備を固めている。蓄えられた丸い石も見つかっており、兵士が投石器に入れて使う武器だったとみられる。

 この地域でこれほど大掛かりな要塞が見つかるのは初めてで、「もしかしたら南北米大陸の古代遺跡を見わたしても」初めての発見ではないかと、米ブラウン大学でマヤ文明を研究する考古学者スティーブン・ヒューストン氏は話す。
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/030700146/map2.jpg

 明らかに戦争のために造られたクエルナビラの砦(とりで)や、新たに確認された構造物からは、戦争が大規模で組織的だったこと、この古代文明が栄えた時代の大半において、戦いが生活の一部だったことがわかる。

「意外でした」とヒューストン氏は言う。「私たちはマヤの戦いをロマンチックに考える傾向があったからです。ほとんどが文明の末期に集中し、儀式化されていたと。しかし、いま目にしている要塞は、何世紀にもわたる激しい戦いを物語っています。支配者たちは防衛に関する心配が尽きなかったため、こうした山上の要塞に力を入れる必要を感じたのです。この風景から、彼らの恐怖感がはっきり感じ取れると言ってもいいほどです」

■空からのレーザー調査が手掛かりに

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 今回の発見の手掛かりになったのは、レーザー画像だった。グアテマラ北部のマヤ生物圏保護区で、2100平方キロもの広い範囲を調査する「PACUNAMライダー・イニシアチブ」の成果だ。ライダー(LiDAR)技術を使えば、上空からレーザーを当てることで密林に隠された地形を描き出し、長らく埋もれていた古代文明の遺跡を浮かび上がらせることができる。見つかった遺跡は、マヤの専門家たちが考えていたよりもずっと複雑で、互いのつながりも密接だった。(参考記事:「謎の古代文明の遺跡を中米で複数発見、マヤとは別」)

 新たな宝の地図を手に、専門家らのチームは昨年1年間かけてジャングルを歩き回り、最も有望な十数カ所で実地調査を試みた。「大きな遺跡の上を、気づかずに歩いていることだってあり得ます」。

続きはソースで

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/030700146/
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引用元: 【考古学】古代マヤ文明の要塞を発見、従来のイメージ覆す 意外な発見、「戦争は生活の一部だった」[03/09]

古代マヤ文明の要塞を発見、従来のイメージ覆す 意外な発見、「戦争は生活の一部だった」の続きを読む
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