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古代

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1: 2014/10/04(土) 13:23:47.82 ID:???0.net
現在、夜の都市部は街頭で照らされています。
そしてある考古学者によれば、古代エジプトの時代も同様に電気による照明があったのではないかと主張しています。

例えばそのひとつの証拠として広く知られるものに、大きな電球型のオブジェクトが彫られた壁画彫刻があります。

エジプトのハトホル神殿にて
http://img.theepochtimes.com/n3/eet-content/uploads/2014/10/02/Dendera_light_002-480x360.jpg
描かれたデバイスはまさに電球のようなソケットとフィラメントを持っています。

では電球があったとして、電力はどうしていたのでしょうか?
中東のバグダッドで発見された2000年前の遺物の中に、その発電方法の一端が見つかっています。
アーティファクトとして知られるバクダッド・バッテリーです。
http://img.theepochtimes.com/n3/eet-content/uploads/2014/10/02/Baghdad-Battery-480x320.jpg

粘土で出来た瓶の中に銅と鉄の棒が入っており、瓶は酸性溶液で満たされていたと考えられています。
レプリカによる実験では、およそ1.1vの電圧を発生させることが可能であったとのことです。

これ以外にも別の仮説があります。
エジプトの大ピラミッドは巨大な発電施設であったというのです。
研究者のクリストファー・ダン氏によればピラミッドは花崗岩や石英で構成されています。
これらは圧力や振動により電気を生み出す能力を持っていることは科学の常識であり、事実、多くの電化製品に応用されています。

ダンさんは地球の発する低周波振動によりピラミッドは圧力を受けて発電するといいます。
「ピラミッドはこの周波数に共振するように正確に設計、調整されているのです。」

http://www.theepochtimes.com/n3/996220-ancient-egypt-illuminated-by-electricity/

引用元: 古代エジプトには電球が存在した? 考古学者「ピラミッドは圧電効果を使った巨大な発電機だった。」

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1: 2014/08/29(金) 20:27:27.67 ID:???.net
4000年間孤立していた民族「パレオ・エスキモー」/AFP 2014年08月29日 14:35 発信地:ワシントンD.C./米国
http://www.afpbb.com/articles/-/3024428

【8月29日 AFP】「パレオ・エスキモー(Paleo-Eskimo)」として知られる、約700年前に消滅した古代の民族集団は、北米の北極圏で4000年以上にわたり孤立した状態で生活していたとの研究論文が、28日の米科学誌サイエンス(Science)に掲載された。

 シベリア(Siberia)からベーリング海峡(Bering Strait)を横断して、新たな生活の地に移動してきたパレオ・エスキモーは、歴史上の異なる時期に同じ道のりをたどって来たアメリカ先住民やイヌイット(Inuit)などの他の文化の人々とは全く接触しなかった。

 デンマーク自然史博物館(Natural History Museum of Denmark)などの研究チームが発表した論文によると、今から約700年前、現代のイヌイットの祖先がアラスカ(Alaska)から東へ移動したのとほぼ同時期に、パレオ・エスキモーはついに姿を消してしまったのだという。

 米スミソニアン協会国立自然史博物館(Smithsonian Institution National Museum of Natural History)北極研究センター(Arctic Study Center)のウィリアム・フィッツヒュー(William Fitzhugh)所長は「彼らはある意味、無防備な標的だった。北極地域の周辺に追いやられ、そこで生き残ることができなくなったか、もしくは単に、何らかの未知の方法で滅ぼされたのかもしれない」と語る。

 研究チームは今回の研究で、北極圏のシベリア、アラスカ、カナダ、グリーンランド(Greenland)で収集された古い人の骨、歯、毛髪のサンプルからDNAを採取した。
 さらに研究チームは、現代のグリーンランドに住むイヌイット2人、シベリアのニヴフ(Nivkh)人2人、北太平洋のアリューシャン列島(AleutianIslands)の島民1人、アサバスカ(Athabasca)アメリカ先住民2人のゲノム(全遺伝情報)を解読した。

 これらの遺伝的特徴を分析した結果、パレオ・エスキモーは、アメリカ先住民やイヌイットとは遺伝的なつながりはないことが分かった。

続きはソースで

原論文:The genetic prehistory of the New World Arctic
http://www.sciencemag.org/content/345/6200/1255832

引用元: 【人類学】4000年間孤立していた民族「パレオ・エスキモー」 [8/29]

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1: 2014/08/15(金) 21:26:50.42 ID:???0.net
英紙「デイリー・ミラー」は12日付の報道によると、アルゼンチンの科学者が南極地域で発見した
数千万年前のペンギンの化石から見て、当時のペンギンは人類よりずっと背が高かったと伝えた。

アルゼンチンのラ・プラタ博物館の研究者によると、この種の古代の巨大ペンギンは、約3700万年前に身長は2mで、体重は121キロに上ったとみられる。
現在、地球で一番身長の高いペンギンはキングペンギンで、平均身長は1.35メートルに上る。

体型が大きいペンギンは40分間も潜水することができるという。

(翻訳 崔蓮花)

http://image.news.livedoor.com/newsimage/7/f/7f66e_1416_b6579203_d82901f9.jpg
http://news.livedoor.com/article/detail/9149342/

引用元: 【生物】南極に2メートルのペンギン化石

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~~引用ここから~~

1: Cancer ★@\(^o^)/ 2014/06/10(火) 19:04:22.82 ID:???.net

最初の農耕民は船乗りでもあった
Michael Balter, June 9, 2014 - 3:30pm

シリア、テル・ハルーラの初期農耕遺跡で見つかった古代の骨格(囲み)から採取されたDNAはヨーロッパへの農耕拡散が海洋ルートであったことを示した
http://news.sciencemag.org/sites/default/files/styles/thumb_article_l/public/sn-earlyfarmers.jpg

約10,500年前、中東の狩猟採集民は定住と作物耕作を始め、世界初の農耕民となった。
しかし2つの新しい論文は彼らが陸と海の両方を活動の場としていたことを示している。
新しい研究には、初めて報告された初期中東農耕民からの古代DNAが含まれる。古代人と現代人から採取されたDNAの研究は、農耕が沿岸ルートを通ってヨーロッパに広まったことを示した。農耕民は舟を使ってエーゲ海と地中海を島伝いに横切ったらしい。

考古学者たちは農耕が中東で起こり、その後ヨーロッパに広まったことを昔から知っていた。数百地点の初期遺跡の放射炭素年代が東から西に順に新しくなっているためだ。
だがそれは粗い見当にすぎない。近年、遺伝学者たちが現生と古代の人々のDNA配列を解読することによって詳細を埋めてきている。多くのヨーロッパの遺跡は比較的冷涼な条件で古代人骨格のDNAが残りやすい。だが中東はとても温暖で乾燥した環境のため、研究者たちは最初期の中東遺跡で見つかった多数の骨格のDNA配列解読に失敗していた。
そのため、少なくとも8000年前に始まっていた、中東からヨーロッパへの農耕拡散の最初期段階の理解には大きな空隙が残っている。

1990年代初頭からスペインのチームはシリアにある3つの古代農耕遺跡を発掘してきた。
そのうちいちばん古いものは10,500から10,000年前の年代にわたっている。まさに農耕革命の始まりのころだ。先週PLoS Genetics誌の中で、チームはこのテル・ラマド遺跡とテル・ハルーラ遺跡(上写真)から発掘された15骨格のミトコンドリア(生細胞のエネルギーユニット)DNA配列を部分的に解読したと報告した。これは初期中東農耕民から採取された古代DNAの初めての報告だ。

これらの古代集団から「[遺伝]データが利用可能になったのは明らかに凄いことだ」
とボルドー大学(フランス)の古遺伝学者、マリー=フランス・デギユー(Marie-FranceDeguilloux)は話した。彼女はそのようなDNA配列がヨーロッパへの農耕の拡散を追跡するのに「きわめて重用」だとつけ加えた。

論文の筆頭著者、リバプール・ジョン・ムーア大学(英国)の人類学者、エバ・フェルナンデス(Eva Fernandez)はチームの成功の秘訣を2つの要因に帰した。第一にシリアの農村の遺体は家屋の床下の穴に埋められ、厚い泥で封じられていた。それがシリアの夏の極高温から骨格を保護したと考えられる。第二に、骨格はこの穴から掘り出されてすぐに冷涼な保管庫に入れられた。それもDNAをさらなる分解から保護した。

>>2以降につづく

ソース:ScienceNOW(June 9, 2014)
First Farmers Were Also Sailors
http://news.sciencemag.org/archaeology/2014/06/first-farmers-were-also-sailors

原論文1:PLoS Genetics
Eva Fernandez, et al. Ancient DNA Analysis of 8000 B.C. Near Eastern Farmers Supports an Early
Neolithic Pioneer Maritime Colonization of Mainland Europe through Cyprus and the Aegean Islands.
http://www.plosgenetics.org/article/info:doi/10.1371/journal.pgen.1004401

原論文2:PNAS
Peristera Paschou, et al. Maritime route of colonization of Europe.
http://www.pnas.org/content/early/2014/06/04/1320811111

プレスリリース:Universitat de Barcelona(06/06/2014)
Mitochondrial DNA of first Near Eastern farmers is sequenced for the first time
http://www.ub.edu/web/ub/en/menu_eines/noticies/2014/06/007.html


引用元: 【遺伝学】最初の農耕民は船乗りでもあった シリアの遺跡から古代DNA


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~~引用ここから~~

1: TwilightSparkle ★@\(^o^)/ 2014/05/22(木) 18:41:07.27 ID:???.net

 私には以前からずーっと不思議に思っていることがある。それは「1日はなぜ24時間とカウントするのか?」だ。

 古来、時間の概念の根源は「1日」である。日の出から次の日の出まで…それを日没までの昼間と、暗い夜に2分割。昔は日光とともに生活していたため、昼間をどのように細分割するかが問題だった。古代バビロニアやエジプトや中国では、少なくとも二千数百年前には、昼間を日時計で「12等分」した時間を使っていたという。

 人間は手の指が10本なので数をカウントするとき、10を単位とする10進法を使うことが誕生以来の常識・宿命だ。なぜ10等分ではなく12等分なのか。これが不思議。

 10進法については「人類の数学的・論理的思考を1000年単位で遅らせた」という話を本で読んだことがある。数学的にみると10の約数は(1とそれ自身を除くと)2と5。12は2、3、4、6。さらに4と6にも約数があるため計6個。

※記事の一部を引用しました。全文及び参考画像等は下記リンク先で御覧ください。
ZAKZAK 平成26年5月21日 http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140521/ecn1405210830003-n1.htm


引用元: 【数学】 1日はなぜ24時間なの? 並外れて優れた「12進法」 [ZAKZAK]


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~~引用ここから~~

1: 百谷王 ★@\(^o^)/ 2014/05/06(火) 21:45:46.46 ID:???0.net

6日、新聞「China Daily」が報じたところでは、中国の考古学者らは、有名な「兵馬俑」作りに取り組んだ労働者が葬られていると見られる数十もの古代の墓を発見した。

学者らは、埋葬場所50のうち45が、秦(紀元前221年中国統一、206年滅亡)の時代特有の特徴を持っていることに注目している。そうした場所からは、歴史的価値のある合計300点以上の陶器類も掘り出された。
加えてそのうちのいくつかには、ここにかつてあった村の名前「リ」を意味する漢字の印がつけられていた。

続きはソースで

http://japanese.ruvr.ru/news/2014_05_06/272044885/


引用元: 【歴史/秦】中国「兵馬俑」を作った労働者達の埋葬場所見つかる!?


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