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土器

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1: 2019/02/21(木) 16:07:23.17 ID:CAP_USER
弥生時代中期中ごろから後半(紀元前2世紀末~前1世紀)に石製の硯(すずり)を製作していたことを示す遺物が、北部九州の複数の遺跡にあったことが、柳田康雄・国学院大客員教授(考古学)の調査で明らかになった。国内初の事例。硯は文字を書くために使用したとみられ、文字が書かれた土器から従来は3世紀ごろとされてきた国内での文字使用開始が300~400年さかのぼる可能性を示す貴重な資料となる。

硯の遺物が見つかったのは、潤地頭給(うるうじとうきゅう)遺跡(福岡県糸島市)=前2世紀末▽中原遺跡(佐賀県唐津市=同▽東小田峯遺跡(福岡県筑前町)=前1世紀=の3遺跡。既に出土していた石製品を柳田客員教授が再調査したところ、末広がりになる形状の薄い板で、表が磨かれ裏が粗いままという硯の特徴を示しながら、仕上げがされずに破損したものがあり、未完成品だった。墨をつぶす研ぎ石の未完成品や、石材を擦って切断する道具・石鋸(いしのこ)も確認され、現地で硯が製作されたと判断した。

続きはソースで

■福岡県糸島市の潤地頭給遺跡で出土した工作用の石鋸(上2点)と石製硯の未完成品(下
https://cdn.mainichi.jp/vol1/2019/02/19/20190219k0000m040232000p/6.jpg
https://cdn.mainichi.jp/vol1/2019/02/19/20190219k0000m040231000p/6.jpg

毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20190219/k00/00m/040/236000c
images


引用元: 【考古学】北部九州に紀元前の硯製作跡 国内の文字使用開始、300年以上さかのぼる可能性[02/19]

北部九州に紀元前の硯製作跡 国内の文字使用開始、300年以上さかのぼる可能性の続きを読む

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1: 2018/08/27(月) 11:09:57.17 ID:CAP_USER
奈良県桜井市の箸墓(はしはか)古墳(全長約280メートル)は、3世紀中ごろ、最初に築かれた大型の前方後円墳だとみられています。このころの倭(わ、日本列島)について記した中国の歴史書「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」に登場する女王・卑弥呼(ひみこ)の墓の有力な候補地としても知られています。

 この古墳でみつかった特殊な土器が、吉備(きび、現在の岡山県)の複数の地域の工人によってつくられたと考える新説を、最近、春成秀爾(はるなりひでじ)・国立歴史民俗博物館名誉教授(考古学)が発表しました。箸墓古墳に葬られた人物(被葬者〈ひそうしゃ〉)が、吉備と強い結びつきをもっていた可能性をうかがわせる研究成果です。

続きはソースで

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180824003934_comm.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180824003932_commL.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180824003936_commL.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180824003943_commL.jpg

朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASL8S574CL8SPTFC00R.html
ダウンロード (6)


引用元: 【考古学】奈良の箸墓古墳 被葬者は岡山出身?カギ握る埴輪の祖先[08/27]

奈良の箸墓古墳 被葬者は岡山出身?カギ握る埴輪の祖先の続きを読む

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1: 2018/12/15(土) 14:02:39.77 ID:CAP_USER
■「完全に予想外の発見でした」と研究者、2000年前のパラカス文化

 紀元前900年~紀元前100年にかけて、ペルー南部の海岸付近の砂漠ではパラカス文化が栄えていた。当時の土器には、◯風景な砂漠に活気を添える、さまざまな抽象図形や人間、動物の姿などが色彩豊かに描かれていた。これらの彩色土器を研究者らが分析したところ、ユニークな顔料が使用されていたことに加え、パラカス文化と周囲の古代アンデス文化との結びつきについて、重要な情報が明らかになった。

 保存修復家のドーン・クリス氏らは、考古学の学術誌「Antiquity」オンライン版に12月11日付けで発表された論文で、アメリカ自然史博物館とメトロポリタン美術館に収蔵されているパラカス文化の彩色土器14点の分析結果を発表した。それらが制作された時代や場所、そして色はバラバラだったが、1つだけ変わらない共通点があった。植物由来の固着剤、すなわち、顔料を結合させるための物質だ。

「一貫して同じ固着剤が使われていたという事実は、この地域で長年にわたり技術が共有されていたことを意味します」とクリス氏は言う。

 固着剤の原料になった植物はまだ特定できていないが、顔料については、予想外の非常に珍しい成分が見つかった。爬虫類の尿だ。

 パラカス文化に続いて栄えたナスカのカワチ遺跡から出土した水色と白に塗られた2点の土器の破片を調べたところ、その顔料には、今回分析されたほかのどの遺物よりも高濃度の尿酸が含まれていた。

■カメレオンなどの尿は半固体

 そう。パラカス文化の顔料には尿が使われていたようなのだ。研究チームがカワチの土器の破片から見つかった物質と似たものを探したところ、アフリカの岩絵に使われるヘビの尿をベースにした顔料にたどりついた。研究チームはカメレオンの尿を乾燥させたサンプルを使って実験を行い、カワチの土器に爬虫類の排泄物がおそらく意図的に混ぜられていたことを証明した。「完全に予想外の発見でした」とクリス氏は言う。

 パラカスの人々が、カラフルな土器を制作するために爬虫類をどのように利用したのかはまだわからない。尿の量は爬虫類の種類によって異なる上、さまざまな要因に左右される。米サウスダコタ大学生物学部の助教で国際自然保護連合(IUCN)のカメレオン専門家グループのメンバーであるクリストファー・V・アンダーソン氏は、カメレオンなどの尿はごく少量で、ふつうは半固体だという。

 爬虫類の尿を用いることがパラカスの人々にとって重要な意味があったのかどうかも不明だ。クリス氏によると、パラカス文化の土器には、ヘビのほかに、サンショウウオやカメレオンを描いたと思われるものもあるという。「爬虫類の尿を使うことに重大な意味があった可能性は大いにあると思います」と彼女は言う。

続きはソースで

https://cdn-natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/b/121400252/ph_thumb.jpg
https://cdn-natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/b/121400252/02.jpg

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/b/121400252/
ダウンロード (3)


引用元: 【考古学】古代アンデスの土器、顔料に爬虫類のおしっこ[12/14]

古代アンデスの土器、顔料に爬虫類のおしっこの続きを読む

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1: 2018/11/23(金) 17:49:33.27 ID:CAP_USER
 北海道福島町にある縄文時代の館崎遺跡から出土した土器に、「米食い虫」の異名を持つコクゾウムシが推定で約500匹練り込まれていたことが分かった。熊本大の小畑弘己教授らが発見し、23日までに英考古学誌ジャーナル・オブ・アーキオロジカル・サイエンス電子版に発表した。

 多量のコクゾウムシは意図的に交ぜられたとみられ、小畑教授は「世界的にもまれな発見。縄文人の精神性を表すもので、栗の豊作の願いを込めたのではないか」と話している。
 貯蔵米の害虫として知られるコクゾウムシは、体長約4ミリのオサゾウムシ科の甲虫。

続きはソースで

(2018/11/23-15:08)

■X線コンピューター断層撮影(CT)で解析した縄文土器。点で示された位置にコクゾウムシが練り込まれたとみられる
https://www.jiji.com/news/kiji_photos/0181123at14_p.jpg

■縄文土器に大量の「米食い虫」=北海道・館崎遺跡から出土-熊本大
https://www.jiji.com/news/kiji_photos/0181123at15_p.jpg

https://www.jiji.com/jc/article?k=2018112300343&g=soc
ダウンロード (1)


引用元: 【考古学】縄文土器に大量の「米食い虫」=北海道・館崎遺跡から出土-熊本大[11/23]

縄文土器に大量の「米食い虫」=北海道・館崎遺跡から出土-熊本大の続きを読む

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1: 2018/10/26(金) 13:45:51.15 ID:CAP_USER
京都府長岡京市の病院建設予定地で、長岡京期(784~94年)に建てたとみられる大型掘立柱建物跡が見つかったと25日、市埋蔵文化財センターが発表した。南北約21メートル、東西約6メートルの区画で、西側に庇がある構造だった。専門家は皇族が使用した離宮の可能性が大きいとしている。

「右京六条三坊三町」に当たる位置で、建物跡は南北に細長く、柱穴の大きさは一辺1~0.9メートル、間隔は10尺(約3メートル)だった。

 周辺からの出土品の大半は瓦で長岡京期の後半の製作。既に長岡京の離宮跡の東院や猪熊院の推定地でも確認された「※」の文字を刻印した瓦が多い▽生活に使用する土器の出土が少ない▽建物のある区域は築地状の溝で隔てられている--などから、建物は公的な重要施設とみている。

続きはソースで

https://amd.c.yimg.jp/im_sigg7twe_S1STJlmNTSvYQY4SQ---x400-y266-q90-exp3h-pril/amd/20181026-00000010-mai-000-1-view.jpg
https://cdn.mainichi.jp/vol1/2018/10/26/20181026k0000m040266000p/7.jpg

毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20181026/k00/00m/040/259000c
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引用元: 【考古学】京都 大型掘立柱建物跡が出土、皇族の離宮か 長岡京市[10/26]

京都 大型掘立柱建物跡が出土、皇族の離宮か 長岡京市の続きを読む

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1: 2018/08/04(土) 14:33:56.88 ID:CAP_USER
邪馬台国の有力候補地とされる奈良県桜井市の纒(まき)向(むく)遺跡で見つかった桃の種について、放射性炭素(C14)年代測定法で調査したところ、おおむね西暦135~230年に収まることが分かり、市纒向学研究センターが最新の研究紀要で報告した。女王・卑弥呼(生年不明~248年ごろ)が邪馬台国をおさめたとされる年代と重なり、「畿内説」を補強する研究成果といえそうだ。

 同遺跡では平成22年、中心部にある大型建物跡の南側にあった穴から、2千個以上の桃の種が土器とともに出土。名古屋大の中村俊夫名誉教授がこのうち15個を放射性炭素年代測定法で調査したところ、測定できなかった3個をのぞき、西暦135~230年のものであることが分かった。徳島県埋蔵文化財センターの近藤玲研究員による測定でも、ほぼ同様の結果が出たという。

纒向遺跡は初期ヤマト政権の首都で、魏(ぎ)志(し)倭人伝に登場する邪馬台国の有力候補地。桜井市北部にあり、広さは東西約2キロ、南北約1・5キロに及ぶ。昭和40年代からの発掘調査で、卑弥呼の宮殿跡とも考えられる3世紀前半の大型建物跡や最古級の古墳、運河跡のほか、東海地方や吉(き)備(び)(岡山県)、出雲(島根県)など全国各地の土器が確認され、当時の中心地だったことが明らかになっている。

続きはソースで

https://www.sankei.com/images/news/180514/wst1805140063-p1.jpg
■動画
https://youtu.be/ZTYsOcOxnDg



産経ニュース
https://www.sankei.com/west/news/180514/wst1805140063-n3.html
ダウンロード (2)


引用元: 【邪馬台国畿内説が最有力に】〈動画あり〉卑弥呼の時代?纒向遺跡出土の桃の種 西暦135~230年のものと判明 奈良・桜井市

【邪馬台国畿内説が最有力に】〈動画あり〉卑弥呼の時代?纒向遺跡出土の桃の種 西暦135~230年のものと判明 奈良・桜井市の続きを読む
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