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土器

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1: 2018/01/01(月) 17:48:33.11 ID:CAP_USER
2017年12月14日、琵琶湖北部の湖底における水中ロボットを用いた探査で、飛鳥時代から奈良時代にかけてのものと分析される、完全な形の土師器(はじき)の甕(かめ)が発見され、画像が撮影された。立命館大学、認定NPO法人びわ湖トラスト、いであ社、TBSテレビの共同調査研究によるものである。

プロジェクトの名前は葛篭尾崎(つづらおざき)湖底遺跡探査という。
葛篭尾崎というのは琵琶湖北、滋賀県長浜市の地名である。土器が発見されたのは水深71.5メートルほどの場所。
ちなみに調査は2010年から2017年までに16回行われており、7の地点で、湖底に沈む土器がいくつか発見されている。

 琵琶湖の湖底から土器が見つかるはっきりとした理由を言い当てた者は無く、現状では謎に包まれている。

 琵琶湖葛篭尾崎湖底遺跡は、水深が約70メートルと深い上、水流が激しいことから、ダイバーによる潜水調査が極めて困難である。
そこで、研究グループは独自に製作した水中ロボットを探索に投入している。

続きはソースで

画像:発見された土器。(画像:立命館大学発表資料より)
http://www.zaikei.co.jp/files/general/201712291445259z30a.jpg

財経新聞
http://www.zaikei.co.jp/article/20171231/418936.html
ダウンロード (5)


引用元: 【考古学】水中ロボットが琵琶湖底から古代の土器を発見、立命館大学の研究

水中ロボットが琵琶湖底から古代の土器を発見、立命館大学の研究の続きを読む

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1: 2018/01/10(水) 17:34:24.14 ID:CAP_USER
 長崎県壱岐市教育委員会は9日、同市のカラカミ遺跡で、「周」という漢字の左半分が刻まれた土器片(弥生時代後期、2世紀頃)が出土したと発表した。

 同遺跡は、中国の歴史書「魏志倭人伝」に記された「一支いき国」の交易拠点跡とされ、当時の九州北部で広範囲に文字が伝わっていた可能性も出てきた。

 漢字が記された資料は福岡市・志賀島で見つかった「漢委奴国王」の刻印を持つ金印や銘文のある鏡などがいち早く国内に入っているが、土器としては国内最古級となる。

 土器片は縦7・5センチ、横8・8センチ。鉢(口径23センチ、高さ7・7センチ)の一部とみられ、文字は縁部分に刻まれていた。

続きはソースで

画像:「周」の左半分が刻まれた土器
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20180110/20180110-OYT1I50005-N.jpg

図:刻まれた文字のイメージ
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20180110/20180110-OYT1I50004-N.jpg

http://www.yomiuri.co.jp/photo/20180110/20180110-OYT1I50008-N.jpg

読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20180110-OYT1T50027.html

ダウンロード (2)


引用元: 【考古学】(2世紀頃)弥生期土器に漢字、権力者以外にも文字伝わる?

(2世紀頃)弥生期土器に漢字、権力者以外にも文字伝わる?の続きを読む

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1: 2017/11/20(月) 12:02:12.74 ID:CAP_USER
福岡県筑前町の薬師ノ上遺跡で14年前に出土した石製品が、墨が付着した弥生時代のすずりである可能性が高いことがわかった。
当時、北部九州の広い範囲で文字文化が普及していたことを示す傍証になる。

 石製品は長さ約15センチ、幅6~5センチ、厚さ数ミリ~1センチ足らず。
材質は砂質頁(けつ)岩で二つに割れているが、ほぼ完全な形。表面には炭化物がうっすらと付着し、当時使用された墨とみられる。

 2003年、紀元前から紀元後にかけての弥生時代中~後期の土器だまりで発見された。
田和山遺跡(松江市)や三雲・井原(いわら)遺跡(福岡県糸島市)に続く弥生すずりの発見で、墨が残る完全な形での出土は初めて。

続きはソースで

画像:ほぼ完全な形で確認された弥生時代のすずり=福岡県筑前町
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20171113003479_commL.jpg

朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASKC953V3KC9TLZU001.html
ダウンロード


引用元: 【考古学】墨が付着した弥生時代のすずりか 福岡の薬師ノ上遺跡

墨が付着した弥生時代のすずりか 福岡の薬師ノ上遺跡の続きを読む

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1: 2017/01/25(水) 23:24:44.08 ID:CAP_USER
沖縄に東北地方の縄文土器 2千年以上前、広域交流か

縄文時代晩期(3千~二千数百年前)の東北地方を代表する「亀ケ岡式土器」とみられる土器片が、沖縄県北谷町の米軍返還地にある平安山原B遺跡で出土したと24日、同町教育委員会が明らかにした。
 
沖縄での発見は初めてで、西日本でも出土は限られている。製作地や沖縄に運ばれた背景を巡り、大きな議論を呼びそうだ。

続きはソースで

▽引用元:共同通信 2017/1/24 20:051/24 20:06updated
https://this.kiji.is/196578565554914808
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引用元: 【考古】沖縄に東北地方の縄文土器 2千年以上前、広域交流か©2ch.net

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1: 2016/10/05(水) 12:29:56.87 ID:CAP_USER
南太平洋バヌアツとトンガ、島民の祖先はアジア人 研究で明らかに (AFP=時事) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161004-00000046-jij_afp-sctch
http://amd.c.yimg.jp/im_siggSN0roXTJVWCdHNOmJ4ZnRg---x900-y675-q90/amd/20161004-00000046-jij_afp-000-3-view.jpg


【AFP=時事】南太平洋の島国バヌアツとトンガの最初の住民は、長年考えられていた他の太平洋諸島からではなく、アジアからやって来たことがDNA研究によって明らかになったとする研究が、英科学誌ネイチャー(Nature)に掲載された。

 この研究は、約3000年前に「ラピタ人(Lapita)」と呼ばれる人々が南太平洋に広がっていくという、人類にとって最後となる無人の島々への大規模な拡散を解明した。ラピタ人については、特徴的なドット模様が刻まれた土器と、残された人骨以外、ほとんど知られていない。

 ラピタ人についてこれまで科学者らは、オーストラリアやニューギニア、ソロモン諸島などに4万~5万年前に到達したオーストラリア・パプア系先住民の子孫だと推測してきた。しかし、バヌアツ最古の墓地に埋葬されていた3体の人骨のDNA分析を行ったところ、アジアからやって来たことが判明した。一方、太平洋の近隣諸島に由来するDNAの痕跡はみられなかった。

 研究に参加したオーストラリア国立大学(Australian National University)のマシュー・スプリッグス(Matthew Spriggs)教授は「彼らの起源はアジア人だ。台湾やおそらくフィリピン北部からそのままたどり着いた。彼らが通って来た場所にはすでに人類が住んでいたが、バヌアツに到着した時、そこに人類はいなかった。彼らが最初の人類だったのだ」と述べた。トンガで出土したラピタ人の人骨のDNA解析でも結果は同様だったという。

 同氏はこの結果を踏まえ、アジア系のラピタ人は人類として初めて南太平洋に定着した後、第2波としてやって来たオーストラリア・パプア系の人々と混血し、現代のこの地域の遺伝子混合が生じたと考えうると述べた。【翻訳編集】 AFPBB News

 
ダウンロード (5)

引用元: 【考古学】南太平洋バヌアツとトンガ、島民の祖先はアジア人 研究で明らかに [無断転載禁止]©2ch.net

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1: 2016/08/11(木) 01:29:13.94 ID:CAP_USER9
(上)本年度の発掘調査が行われた尻労安部洞窟。洞奥部分から鳥獣骨や土器、石器などが出土した=9日、東通村 (下)今回の発掘で出土した縄文時代後期のものとみられるオオヤマネコの骨(スケールは5センチ)=尻労安部洞窟遺跡調査団提供
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/area/aomori/images/2016/08/10/M16081000085/dc7c5f4301d38251b7eab73cee6e79f2.jpg

 東通村尻労地区にある旧石器から弥生時代にかけての遺跡「尻労安部洞窟(しつかりあべどうくつ)」の本年度の発掘調査で、9日までに縄文後期のものとみられるオオヤマネコの骨十数点などが出土した。国内ではオオヤマネコは縄文時代には生息していたが、後にいなくなったとされている。調査団は今回の出土品を「研究を進める上で極めて重要な資料」とみており、今後、骨の年代測定やDNA鑑定を行う方針だ。

 同遺跡は、桑畑山の南東麓の石灰岩地帯にあり標高約30メートル。慶応大や新潟医療福祉大、東北大などで構成する調査団が2001年度から毎年発掘調査している。本年度は各大学の教員や学生ら約40人が、今月1日から10日までの日程で調査に当たっており、縄文後期の層と旧石器時代の層の2地点で合わせて約8平方メートルを発掘している。

 調査団によると、縄文後期の層から、オオヤマネコの下顎(かがく)部の骨や四肢骨などが十数点見つかった。

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続きはソースで

http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/area/aomori/1-0302932.html

引用元: 【青森】「研究を進める上で極めて重要な資料」 東通・尻労安部洞窟で縄文後期のオオヤマネコの骨出土©2ch.net

【青森】「研究を進める上で極めて重要な資料」 東通・尻労安部洞窟で縄文後期のオオヤマネコの骨出土の続きを読む
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