理系にゅーす

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土器

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1: 2016/03/26(土) 08:13:23.27 ID:CAP_USER*.net
2016/3/26 07:41

 福井県若狭町の鳥浜貝塚から見つかった縄文時代の土器(若狭歴史博物館提供)

 福井県若狭町の鳥浜貝塚で出土した縄文土器片を調べていた英ヨーク大の研究チームは26日までに、土器が少なくとも9千年にわたり、ほとんど魚介類を煮るために使われていたと米アカデミー紀要で発表した。
土器片は1万4千年前から5千年前のもので、分析した約8割から魚介類の脂を検出した。

 共同研究者で若狭歴史博物館(福井県小浜市)の鰺本真友美調査員は
「魚を煮たものがおいしかったのか、祝宴に必要だったのかは不明だが、北海道でも約1万4千年前の土器で魚を煮ていたことが分かっている。全国で同じような傾向があれば土器拡大の背景を知る手掛かりになる」と話した。

(続きや関連情報はリンク先でご覧ください)

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引用元:共同通信 http://this.kiji.is/86227025530291705?c=39546741839462401

引用元: 【食べ物】縄文人は煮魚好き? 土器片ほとんどに脂、魚介類を煮るために使われていた 福井 (共同通信)

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1: 2016/03/07(月) 19:03:19.45 ID:CAP_USER*.net
国内最古級となる弥生時代後期(1~2世紀ごろ)のすずりが福岡県糸島市の三雲・井原遺跡で見つかり、市教育委員会が1日、発表した。

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この遺跡は中国の史書「魏志倭人伝」に登場する「伊都国」の都とされ、邪馬台国時代の倭(わ)国(日本)が文字を用いて外交した裏づけとなる。

出土したすずりは石製で、長さ6・0センチ、幅4・3センチ、厚さ6ミリの破片。薄く裏面の粗い加工など中国・漢代の板石すずりと特徴が一致し、復元すると長さ10~17センチのほぼ長方形とみられる。弥生土器や朝鮮半島製の楽浪(らくろう)系土器が集積した「土器だまり」で見つかった。弥生時代のすずりは田和山遺跡(松江市)に続き国内2例目。

続きはソースで

(編集委員・中村俊介)

画像
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20160301004720_comm.jpg
http://www.asahi.com/articles/ASJ2Y5R8KJ2YTLZU001.html


引用元: 【社会】弥生時代、文字使い外交か 福岡で最古級のすずり発見

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1: 2016/03/01(火) 04:30:18.89 ID:CAP_USER*.net
2016年02月29日 17時54分
京都大の発掘調査で出土した遺物の特別展「文化財発掘Ⅱ-京大キャンパスの弥生時代」が、京都市左京区の京都大総合博物館で開かれている。縄文時代晩期から弥生時代中期にかけての土器など約60点を展示している。

 吉田キャンパス内で京都大文化財総合研究センターが35年以上にわたって行った発掘調査の成果を紹介するシリーズの第2弾。今回は弥生時代の遺物を中心としている。

 キャンパスでは約2400年前の水田跡が残りのよい状態で見つかっている。小単位のあぜで区切られた水田遺構の写真パネルを展示し、同時期に近くで見つかったさまざまな形の弥生前期の土器も並べた。

続きはソースで

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※画像はイメージで本文と関係ありません

引用元:http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20160229000133

引用元: 【遺跡】京大掘ったら土器が出た! 縄文~弥生期、60点を展示[京都新聞]

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1: 2016/03/02(水) 12:32:51.36 ID:CAP_USER.net
弥生時代の国内最古級すずり出土 倭人伝の記述裏付け 糸島市 [福岡県] - 西日本新聞
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_toshiken/article/227991


 福岡県糸島市教育委員会は1日、同市の三雲・井原(いわら)遺跡で、弥生時代後期(1~2世紀)のものとみられるすずりの破片が出土したと発表した。
同遺跡は3世紀の中国の史書「魏志倭人伝」に登場する伊都国の王都があったとされ、中国の前漢時代から朝鮮半島北部に置かれた楽浪郡製と同形式の土器も多数出土している。
倭人伝には、伊都国に滞在した楽浪郡の使節が外交文書などを取り扱ったとの記述もあり、これを裏付ける発見として注目される。

 出土したすずりの破片は灰色の石製で、長さ6センチ、幅4・3センチ、厚さ0・6センチ。中国・漢代に普及し、台に固定して用いられた長方形のすずりの一部とみられる。
表側には実際に使われたようなくぼみが確認された。弥生時代のすずりの発見は松江市の田和山遺跡に次いで国内2例目。

続きはソースで

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※画像はイメージで本文と関係ありません


【ワードBOX】三雲・井原遺跡
 伊都国の王都とされる弥生時代から古墳時代にかけての集落・墳墓遺跡。福岡県糸島市東部の瑞梅寺川と川原川に挟まれた地域に位置する。
三雲南小路王墓や井原鑓溝(やりみぞ)王墓で約80点もの銅鏡が見つかったほか、今回のすずりが見つかった三雲番上地区ではこれまでも数十点の楽浪系土器が出土していた。
江戸時代の福岡藩の国学者、青柳種信が出土遺物の記録を残した。

引用元: 【考古学】弥生時代の国内最古級すずり出土 「魏志倭人伝」の記述裏付け 糸島市 [福岡県]

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1: 2016/02/09(火) 18:06:25.31 ID:CAP_USER.net
【プレスリリース】宮崎市本野原遺跡出土のゴキブリ卵鞘圧痕とその種同定 - 日本の研究.com
https://research-er.jp/articles/view/43229


1.発見の経緯と目的

 コクゾウムシ圧痕が検出されたとの情報を得て、3,000 点あまりの土器が報告されている遺跡であることから、報告土器とバックグラウンドの土器での圧痕検出率にどのような差がでるのかを検証する目的で調査を開始した。
調査の結果得られた圧痕レプリカの整理中にゴキブリ卵鞘と思われるレプリカ 2 点を検出した。


(中略)


6.結 果

 検出した圧痕はいずれも長さ 10mm~11mm ほどの細長いがまぐち形の形状をもち、縫合線は側面上部で観察できるが、刻みをもつ部分(側辺の縫合線)は土器壁より外部に露出していたためか、レプリカでは欠落している。
MNB0488 圧痕では縫合線の下部にあたる部分に緩やかな突起が 8 個並列しているのが観察できる(図 3・8)。その他の部分はほぼ平滑な面をなしている。

 上記の 9 種の卵鞘のうち、がまぐち形で縫合線下部に並列する膨らみをもつものは、ヤマトゴキブリ、ワモンゴキブリ、クロゴキブリ、トビイロゴキブリの 4 種のみである。
チャバネゴキブリは小判のように多数の細い縦縞があり、野外型のモリチャバネゴキブリの卵鞘も同様の表面組織をもつ。
キョウトゴキブリはやや湾曲した平面形をもち、フリル状の突起が表面を覆うことから、これらは除外される。ルリゴキブリは全体的な形が圧痕とはまったく異なる(図 6)。

 先の候補 4 種のうち、全体形が類似するのはクロゴキブリとトビイロゴキブリであり、平面形(実際は側面かもしれない)はシンメトリーではなく、片側側辺は上下均等であるが、もう一方はやや下方が膨れる点などもよく似ている。
突起の形もヤマトゴキブリとワモンゴキブリが円形に近いのに対し、上記 2 種は長楕円であり、圧痕例と類似する。
断面写真(図 7)をみると、この膨らみの数はほぼ片側の莢に収まっている卵の数に符合する。MNB0488 の場合、現状では 8 個しか観察できないが、復元すると 11 個になる。
上記 2 種の卵の数と全体の長さを比較してみると、クロゴキブリの場合、突起の数は 12 個、卵数は 22~26(22~28)個である。
トビイロゴキブリの突起の数は 14 個で、卵数は(24~27)個である(表 1)。
圧痕例の推定される卵の数は 22 個前後であり、12mm に近い卵鞘のサイズの点からもクロゴキブリの卵鞘が圧痕卵鞘にもっとも近い(図 8)。

 よって、今回検出した圧痕卵鞘はクロゴキブリ Periplaneta fuliginosa (Serville)の卵鞘であると判断した。

7.考 察 

 クロゴキブリ Periplaneta fuliginosa (Serville)は、現在は日本全国に分布するが、おもに本州中部以南、四国、九州に多い。
北米や中国中部にも分布する。幼虫で休眠して、越冬する温帯性の種であり、ヤマトゴキブリよりは暖地性である。卵(鞘)の越冬も観察されている。
5~10 月に産卵を続ける。成長が遅く、1 世代が足掛け 2 年ないし 3 年で成虫となる(辻 2003)。

 クロゴキブリは中国南部を原産地にもつ外来種と理解されている(安富・梅谷 2000,鈴木 2013)。
江戸時代(18 世紀)の大阪周辺や九州では文献や絵画上に表現されており,このころ堺の港を通じて日本へ入ってきて定着していたと推定されている(小西 1983)。
それ以前の平安時代の文献に現れるゴキブリは在来種のヤマトゴキブリと推定されている(小西 1983)。
それ以外の現在日本の屋内に普遍的なゴキブリの原産地はアフリカと考えられている(安富・梅谷 2000)。

詳細・続きはソースで

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引用元: 【考古学】縄文時代の家屋にゴキブリが存在したことを初めて立証 宮崎市本野原遺跡出土のゴキブリ卵鞘圧痕とその種同定

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1: 2015/07/19(日) 09:10:57.99 ID:???.net
熟年示すステータス?魔除け? 縄文時代の「イヤリング」出土 奈良 - 産経WEST
http://www.sankei.com/west/news/150707/wst1507070025-n1.html

画像
http://www.sankei.com/images/news/150707/wst1507070025-p1.jpg
八条北遺跡出土の縄文時代のイヤリング「耳栓」=橿原考古学研究所


 奈良県大和郡山市の八条北遺跡で縄文人が身につけたイヤリング(耳飾り)の耳栓(じせん)が2個出土し、橿原考古学研究所が6日発表した。奈良県内ではこれまでに18個しか出土例がなく、18日から橿考研付属博物館(橿原市)で始まる発掘調査速報展「大和を掘る」で展示される。

 見つかった耳栓は土製。中央に穴があいたリング状で、全体は鼓形。大きい方が直径4センチ、高さ1・5センチ、重さ21グラム。もうひとつは直径3・7センチ、高さ1・5センチ、重さ19グラム。粘土を成形して焼き固め、表面に朱漆(しゅうるし)を塗って仕上げていた。耳たぶに穴を開けて使っていたらしい。

 一緒に出土した土器から縄文時代後期後半(紀元前1500~1000年)に使われたとみられる。集落そばを流れる当時の川の中から見つかった。

 耳栓は縄文時代中期(紀元前3000年)ごろから使われるようになり、東日本の遺跡を中心に数多く出土。近畿ではこれまでに約100個が見つかっており、大阪府藤井寺市の国府(こう)遺跡では耳栓が熟年男性の人骨とともに見つかっている。

続きはソースで

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引用元: 【考古学】熟年示すステータス?魔除け? 縄文時代の「イヤリング」出土 奈良・八条北遺跡

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