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埋葬

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1: 2015/07/24(金) 17:58:55.49 ID:???.net
アレクサンドロス大王の父の墳墓を特定か | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/072300194/

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http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/072300194/map.jpg

http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/072300194/ph_thumb.jpg
1970年代の終わりにギリシャのヴェルギナでこの墳墓を発掘した考古学者らは、被葬者は古代マケドニア王フィリッポス2世だと結論付けた。しかし、フィリッポス2世は近くにある別の墳墓に埋葬されていることを示唆する新しい証拠が見つかった。(Photograph by Petros Giannakouris, AP )
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/072300194/01.jpg
遺骨を元に復元を試みた フィリッポス2世の肖像。フィリッポス2世は敵の矢に打たれ片目を失明したが、名だたる息子、アレクサンドロス大王を除いては右に出る者のない、洞察力のある指導者だった。
(Photograph by James L. Stanfield, National Geographic Creative)


 新たな法医学的研究により、アレクサンドロス大王の父、古代マケドニア王フィリッポス2世の埋葬地を巡る長年の論争に終止符が打たれるかもしれない。

 1977年および1978年にギリシャのヴェルギナで王家の墳墓3基が発掘されて以来、フィリッポス2世はこのうち第2墳墓(「フィリッポスの墓」と呼ばれる)に埋葬されたものと多くの考古学者が考えていた。
ところが、このほど第1墳墓から発掘された成人男性の脚の骨を分析した結果、大きな槍傷の跡が見つかり、古代の文献にフィリッポス2世が339年の戦いで負ったと書かれている傷と一致することがわかった。(参考記事:「ギリシャの墳墓、眠るのは大王の親族?」)

 今月20日、「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌に発表された研究論文によると、今回の発見はフィリッポス2世の埋葬場所を特定する初の証拠であるだけでなく、第2墳墓の副葬品のいくつかがアレクサンドロス大王のものであった可能性を示すものだという。

 第1墳墓に埋葬された3体の遺骨を分析したのは、今回の研究チームが初めて。遺骨は中年男性と、死亡時に18才くらいだったと推定される若い女性、そして性別の不明な新生児のものであることがわかった。この法医学的証拠も、古代の文献に記されたフィリッポス2世と7人の妻のうちの最後の妻、そして子どもの死亡時の年齢と一致する。

 紀元前336年に暗◯される3年前、フィリッポス2世はスキタイ人との戦いで得た戦利品の分配話がこじれた結果、トラキアのトリバリ人と争いになり、瀕死の重傷を負った。セネカ、プルタルコス、デモステネスなどが古代ギリシャの文献で記述した傷の厳密な位置は異なっているものの、どの文献もフィリッポス2世がその傷が原因で脚が不自由になったとしている。

 第1墳墓から発掘された成人男性の脚の骨には左膝の部分に大きな穴が開き、骨が癒着して関節が動かなくなる重傷の関節強直がみられる。

 脛骨と大腿骨の長さから、負傷前のフィリッポス2世は身長1メートル80センチ近くあり、当時にしてはかなり背が高かったとみられる。おそらく負傷してからは、フィリッポス2世の足はおぼつかなくなり、体のバランスを取るために頭を右側に傾けて歩いたと推測される。(参考記事:「アレクサンドロス大王時代の墳墓の謎深まる」)

続きはソースで

 
ダウンロード

(参考記事:「古代シナゴーグで発見された“場違いな”もの」)

文=Nick Romeo/訳=キーツマン智香

引用元: 【考古学】アレクサンドロス大王の父(フィリッポス2世)の墳墓を特定か 古代文献に記された脚の傷跡を分析、従来説覆すか

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1: 2015/06/20(土) 12:19:35.26 ID:???.net
謎の人骨、先住民の祖先 米で発見、アイヌ説は否定 - 47NEWS(よんななニュース)
http://www.47news.jp/CN/201506/CN2015061801001338.html

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http://img.47news.jp/PN/201506/PN2015061801001368.-.-.CI0003.jpg
ケネウィック人の頭蓋骨と顔の復元模型(米スミソニアン協会提供・共同)


 【ワシントン共同】1996年に米西部で発見されて以来、起源をめぐる論争や裁判が起きていた「ケネウィック人」と呼ばれる約8500年前の人骨が、現在の先住民インディアンの祖先だとする遺伝子解析結果を、デンマークの研究チームが英科学誌ネイチャー電子版に18日発表した。

 頭蓋骨の形状からアイヌ民族やポリネシアの人々と近縁だとの説もあったが否定された。縄文人が船で海を渡ったとの俗説まで出ていた。

 アジアから米大陸に広まった人類の歴史を知るための貴重な資料だが、先住民は神聖な祖先の骨を元の土地に埋葬することを求めている。結果的に先住民の主張を裏付けることになった。

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引用元: 【遺伝学】米西部で発見された「ケネウィック人」と呼ばれる謎の人骨、先住民インディアンの祖先とする遺伝子解析結果 アイヌ説は否定

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1: 2015/05/19(火) 22:11:35.35 ID:???.net
神戸新聞NEXT|社会|「数十年に一度の発見」 砂山から弥生時代の銅鐸
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201505/0008040402.shtml

動画
https://www.youtube.com/embed/Zg0ro3hzoIU

画像
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201505/img/b_08040403.jpg
南あわじ市松帆地区に埋納されていたとみられる銅鐸19日、南あわじ市湊
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201505/img/b_08040404.jpg
南あわじ市松帆地区に埋納されていたとみられる銅鐸7口19日、南あわじ市湊


 兵庫県南あわじ市の松帆地区で採掘された砂の中から、弥生時代前期末~中期初頭(紀元前3~同2世紀)の銅鐸7個が見つかった。県と同市の両教育委員会が19日発表した。島根県の加茂岩倉銅鐸(39個、国宝)や神戸市灘区の桜ケ丘銅鐸(14個、国宝)などに次ぐ多数の出土。少なくとも1個は全国でも11例しかない最古形で、状態は良好だった。初期の銅鐸を解明する一級史料となる可能性が高く、研究者は「数十年に一度の大発見」と注目する。

 見つかった銅鐸は、つり手(鈕)断面がひし形の「菱環鈕2式」と、本体部分の両脇に飾り板が付いた「外縁付鈕1式」の2種類。いずれも古式で、高さは約20~30センチ。うち3組6個は、中に小型が入れてある「入れ子」状態で、残り1個は単独で破損した状態で見つかった。

 銅鐸内部につるされて音を鳴らす青銅の「舌」(振り子)3本も発見された。銅鐸とセットの出土は全国で2例しかなく、極めて貴重。入れ子状態の3組のうち、1組は発見時に分離されており、今後、他の2組をCT(コンピューター断層撮影)スキャンで調べるが、全てに舌が残っている可能性がある。

 兵庫県の銅鐸出土数は全国最多で、今回の発見で計68個(伝承記録分を含む)になる。うち21個が淡路島分。

続きはソースで

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引用元: 【考古学】兵庫県南あわじ市の砂山から弥生時代の銅鐸 音を鳴らす「舌」(振り子)も発見 「数十年に一度の発見」

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1: 2015/05/15(金) 07:39:42.32 ID:???.net
1600年前の鈴が鳴った 国内最古級10点出土、鹿児島・鹿屋の立小野堀遺跡【動画付き】 [鹿児島県] - 西日本新聞
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/kagoshima/article/168694

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http://www.nishinippon.co.jp/import/kagoshima/20150513/201505130004_000.jpg
立小野堀遺跡から見つかった日本最古級の鈴。担当者がその一つを振ると、軽やかな音が鳴った=13日、鹿児島県庁
http://www.nishinippon.co.jp/import/kagoshima/20150513/201505130004_001.jpg
地下式横穴墓から出土した朱塗りの人骨の頭部の脇に5点の青銅鈴が副葬されていた=鹿児島県鹿屋市串良町(鹿児島県教育委員会提供)
https://www.youtube.com/embed/Aq-U6SO3MOU


 鹿児島県教育委員会は13日、古墳時代中期(5~6世紀前半)の立小野堀(たちおのぼり)遺跡(鹿児島県鹿屋市串良町)から、5世紀前半の国内最古級の青銅鈴が10点出土したと発表した。同様の鈴の出土は全国で7例あるが、1遺跡からの出土数は国内で最も多い。保存状態が良く、音が鳴らせる鈴も1点あり、約1600年を経て「カラン、カラン」と軽やかな音が響いた。
識者は「畿内を中心とした交易網が、本土最南端まで及んでいたことを裏付ける重要な発見」としている。

 鈴は2基の地下式横穴墓から5点ずつ見つかった。うち2点は、馬具の装飾品「三環鈴(さんかんれい)」の一部で、直径はともに約3センチ、重さは約30グラムと約10グラム。他の8点は直径1・5~1・8センチで重さ約1・7グラム。国立歴史民俗博物館(千葉県)の鉛同位体比分析により、原料は中国産と判明した。

続きはソースで

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=2015/05/13 西日本新聞=

引用元: 【考古学】1600年前(5世紀前半)の青銅鈴が鳴った 国内最古級10点出土、鹿児島・鹿屋の立小野堀遺跡

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1: 2015/04/16(木) 17:54:03.42 ID:???.net
5000年前の完全な人骨4体発見、インダス文明と関係か (AFP=時事) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150416-00000007-jij_afp-sctch

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http://amd.c.yimg.jp/im_sigg5NwIdY0_c2HKnP0aJsTqcw---x392-y600-q90/amd/20150416-00000007-jij_afp-000-3-view.jpg
印北部を流れるインダス川。同河川の流域でインダス文明が栄えたと考えられている(2009年5月14日撮影、資料写真)。【翻訳編集】 AFPBB News


【AFP=時事】インドと韓国の考古学者チームは15日、インド北部にある古代村落の遺跡で、約5000年前のものとみられる完全な人骨4体を発見したと発表した。

 同チームは、古代インダス(Indus Valley)文明があったと考えられている印ハリヤナ(Haryana)州の一部地域で、2012年から発掘作業を続けてきた。

 発掘プロジェクトの共同責任者、ニレッシュ・ジャダブ(Nilesh Jhadav)氏が印紙ヒンドゥスタン・タイムズ(Hindustan Times)に語ったところによると、遺跡の埋葬地跡から最近見つかった人骨は、男性2人、女性1人、子ども1人のものとみられるという。また同時に出土した副葬品については、村落内で生まれ変わりが信じられていたことを示唆するものとした。

「食用の穀類が入った陶器や貝でできた装飾品などが人骨の周辺に置かれているのを発見した。このことから、人々が輪廻(りんね)転生を信じていたとの結論を導くに至った」と同氏は語っている。

 また、発掘チームの別のメンバー、マラビカ・チャタルジー(Malavika Chatterjee)氏によると、副葬品には玩具とみられる小さなフィギュアのようなものも含まれていたとされ、その多くは実在する動物や神話上の生物の形態をしていたという。

 同氏は、「動物の飼育が行われていたことを示す首ひもにつながれた犬や一角獣(ユニコーン)のものがみつかった。後者からは、彼らが神話的な精神構造を持っていたとの所感を得た」と説明している。

 インダス文明またはハラッパ文明(Harappan Civilisation)は、亜大陸最古の都市文化として知られ、約5000年前に始まったとされている。

 同国PTI通信(Press Trust of India)によると、首都ニューデリー(New Delhi)北西のハリヤナ州ヒサール(Hisar)にある、面積約20ヘクタールの地域に広がる遺跡での発掘作業は現在も
継続中という。【翻訳編集】 AFPBB News

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引用元: 【考古学】5000年前の完全な人骨4体発見、インダス文明と関係か インド・韓国の考古学者チーム

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1: 2015/02/22(日) 18:14:36.76 ID:???.net
千年にわたる“良好な遺骨”がトスカーナで発掘 | ナショナル ジオグラフィック(NATIONAL GEOGRAPHIC) 日本版サイト
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20150219/436131/

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イタリア、ルッカ近郊のバディア・ポッツェヴェリ墓地には、ルネッサンス時代を生きたこの遺骨の人物の他、修道士や村人たちが数世紀にわたり眠っている。(Photograph by Field School Pozzeveri/The Ohio State University/University of Pisa)

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バディア・ポッツェヴェリ教会墓地には1300年代の疫病による死者、1800年代のコレラ犠牲者、そしてルネッサンス時代の人々が埋葬されている。
(Photograph by Field School Pozzeveri/The Ohio State University/University of Pisa)


 ワイン、緩やかにうねる丘陵、美しい料理。イタリアのトスカーナ地方といえば魅力的な生活の代名詞だ。しかし、かつてはこの地の生活も過酷だった。

 トスカーナ州ルッカ近郊のバディア・ポッツェヴェリ教会墓地で、1000年にわたる病と悲劇の歴史が刻まれた遺骨を考古学者が発掘した。
遺骨は、1850年代にこの地方で猛威をふるい、多くの命を奪ったコレラの大流行についても知る手がかりとなりそうだ。

 今回発掘された遺骨からは、骨感染症や虫歯、炭水化物中心の偏った食事など、11世紀から数百年間にわたる、人々の過酷な生活と厳しい健康状態の跡がうかがえる。中でも最も古い区画の1つには1300年代に流行した黒死病の犠牲者が埋葬されている一方、最後に埋葬されたのはコレラの犠牲者だ。

「今回発掘した遺骨は、これまでに見つかった同じ時代のコレラによる死者の遺骨の中で、最も保存状態が良好なものです」オハイオ州立大学の考古学者クラーク・スペンサー・ラーセン氏は15日、カリフォルニア州サンノゼで開催された アメリカ科学振興協会(AAAS) の会議で語った。
ラーセン氏は今回の発掘を行った中心メンバーの1人で、同会議で調査結果を報告した。


遺骨からわかること

 これだけの長い時代にわたる遺骨の発掘は、考古学者にとって、埋葬された修道士や村人の生活と死について知る貴重な手がかりとなる。

 ラーセン氏によると、今回発見されたコレラ犠牲者の遺骨は、1855年だけでトスカーナ地方の2万7000人以上が命を落とした世界的な3度目の大流行の際に亡くなったものだという。

 犠牲者は急いで埋葬され、疫病のさらなる蔓延を防ぐためか、遺体には石灰が被せられていた。石灰には遺骨を保護する効果があり、遺骨は驚くほどよく保存されている。

続きはソースで

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文=Erika Engelhaupt / 訳=キーツマン智香

引用元: 【考古学/疫学】千年にわたる“良好な遺骨”がトスカーナで発掘 コレラ大流行時を含む病と悲劇の記録は医学的にも貴重な手がかり

千年にわたる“良好な遺骨”がトスカーナで発掘 コレラ大流行時を含む病と悲劇の記録は医学的にも貴重な手がかりの続きを読む
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