理系にゅーす

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1: 2019/05/11(土) 08:41:23.31 ID:CAP_USER
【5月10日 AFP】
英イングランド南東部エセ◯クス(Essex)州の道路脇の茂みにあったわずかな隆起の下から古代の墓室が見つかったと、調査に当たっていた考古学者チームが9日、明らかにした。英国としては、エジプトのツタンカーメン王(King Tutankhamun)の墓に匹敵するくらいの発見だという。

【編集部おすすめ】色鮮やか、2300年前のミイラ8体を発見 エジプト・ダハシュール

 墓室は、ロンドン北東に位置するエセ◯クス州サウスエンド(Southend)近郊プリトルウェル(Prittlewell)のパブと安売りスーパーの近くを走る道路脇で見つかった。英国の研究チームは2003年、この場所を発見していたが、当初はさほど重要なものには見えなかったという。

「非常に不思議だったのは、何かが出てきそうには見えなかったことだ」。ロンドン考古学博物館(MOLA)のソフィー・ジャクソン(Sophie Jackson)主任研究員は、当時をそう振り返る。

 それでもMOLAの考古学者40人で構成されるチームは、調査を進めることを決断。長年かけて注意深く掘り進め、放射性炭素年代測定を行い、アングロサクソン人の王子の墓室だと結論付けるに至った。このような墓室が英国で見つかったのは初めてだという。

 この墓室は1400年前のものとみられ、キリスト教徒のアングロサクソン人の王族の埋葬地としては最古と考えられるという。

 墓室全体の広さは約4メートル四方で、深さは約1.5メートル。墓室には、複数の金貨や、現在のシリアからもたらされたとみられるガラスと木で作られた色鮮やかな杯などが丁寧に配置されている。装飾品の一部は、今も墓室の壁に掛けられている。

続きはソースで

(c)AFP/

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https://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/6/e/-/img_6eef7e9f73c077bd99832ee38c3f45bb199661.jpg

https://www.afpbb.com/articles/-/3224351
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引用元: 【考古学】英古代王子の墓室、道路脇で発見 「ツタンカーメン王の墓」になぞらえる専門家も[05/10]

英古代王子の墓室、道路脇で発見 「ツタンカーメン王の墓」になぞらえる専門家もの続きを読む

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1: 2019/04/29(月) 20:16:58.89 ID:CAP_USER
四大文明と言われるように、人類の文明はチグリス・ユーフラテス川、ナイル川、インダス川、黄河の4つの流域から発達したことが知られている。しかし、洋の東西を問わず、最も人気なのは古代エジプト文明だ。

エジプト文明は、ピラミッドやミイラをはじめ、ツタンカーメンの黄金のマスクのように、まだ見つかっていない遺物の発見など、さまざまなロマンにあふれているが、ひときわ優れているのが芸術性だ。ファラオや古代の民衆の生活をあらわした彫像や装飾品が、圧倒的なリアリティーをもって作られている。
https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/7/28782/Hatshepsut2012.jpg

■なぜ鼻が欠けるのか?

 ギリシャの哲学者プラトンが「エジプト美術は1万年を経ても変わっていない」という言葉を残したように、伝統や保守性を重視するエジプト文化は、宗教や死後の世界とのつながりが強く、「太陽のように永遠に変わらないもの」とか「永遠の生命・健康・富」を好んで、堅牢な石の彫像を数多く残した。ただひとつ残念なのは、多くの彫像の鼻がことごとく欠けている点だ。

有名なところで言えば、第19王朝で66年間にわたって絶対的権力を握ったラムセス2世や、第18王朝のハトシェプスト女王。統治期間が長いファラオは、それだけ多くの彫像が残されているが、鼻がつぶれているものが多い。
https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/7/28782/GD-EG-Louxor-116.jpg

続きはソースで

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ハザードラボ
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引用元: 【考古学】古代エジプト「鼻が欠けた像」が多い謎「事故じゃなかった」[04/29]

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1: 2019/03/05(火) 16:39:30.39 ID:CAP_USER
■大王の像や王家の住居などを発掘、ギリシャ人考古学者の挑戦

長くもどかしい発掘の最終日、カリオペ・リムネオス=パパコスタ氏はもう帰るつもりだった。エジプト、アレクサンドリアの中心部にある公園「シャララート・ガーデン」で、ギリシャ人考古学者の彼女が発掘調査を始めてから、もう14年が過ぎていた。目的は、ファラオになった古代の征服者にして、この街の名前のもとになった人物、アレクサンドロス大王の痕跡を探すことだ。しかし成果はなく、時間切れが迫っていた。

 そのとき、穴の中にいた助手たちが彼女を呼んだ。土から白い大理石のかけらがのぞいていると言う。それまでの発掘状況に落胆していたパパコスタ氏だが、白い石の輝きを目にして、希望が湧き上がるのを感じた。

「祈っていました」と彼女は振り返る。「ただの大理石のかけらではありませんようにと」

 祈りは通じた。遺物は、アレクサンドロス大王のあらゆる特徴を備えたヘレニズム期初期の像だと判明した。これが大きな励みとなり、気落ちしていた考古学者は発掘を続けることになった。

それから7年後、パパコスタ氏は現在のアレクサンドリアから10メートル余り下へ掘り進み、古代都市にあった王家の住居とみられる一画を発見した。

「古代都市アレクサンドリアの最初の土台部分が見つかったのは初めてです」と語るのは、ナショナル ジオグラフィック協会付き考古学者フレデリック・ヒーバート氏だ。「目の当たりにしたときは鳥肌が立ちました」

 しかも、ここから考古学上きわめて重要な発見が生まれるかもしれない。失われたアレクサンドロス大王の墓だ。

■上がる海面、沈む古代都市

 かつて世界最強のリーダーとなったアレクサンドロスは、父のフィリッポス2世が紀元前336年に暗◯されたため、わずか20歳でマケドニアの王位についた。その後の12年間、才気と野心にあふれた王は、ペルシャやエジプトなどライバルの帝国を倒しながら遠征し、エジプトでは自らをファラオと宣言した。紀元前323年、32歳で亡くなったものの、そのなきがらは安らかに眠ることはなかった。

 側近たちが議論した末、アレクサンドロスの遺骸はまずエジプトのメンフィスに埋葬され、次いで彼の名を冠した都市に移された。この地に作られた大王の墓を人々が訪れ、神殿のように崇敬した。

続きはソースで

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ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/030400137/
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引用元: 【考古学】アレクサンドロス大王の墓、21年がかりで探求 大王の像や王家の住居などを発掘[03/05]

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1: 2019/02/20(水) 12:41:58.79 ID:CAP_USER
「三国志」に登場する古代中国の英雄、曹操の墓とみられる3世紀の遺跡から出土したつぼが、この時代には存在しないとされてきた「白磁」の特徴を持っていることが分かり、調査に当たった東京国立博物館の研究チームは、これまでの発見例を300年以上さかのぼる最古の白磁だとしています。

つぼは2009年(平成21年)に中国中部 河南省の墓から出土しました。

この墓は出土品の特徴などから3世紀に作られたと考えられ、中国政府の研究機関は「三国志」に登場する英雄、曹操の墓だとしています。

見つかったつぼは、高さ13.4センチ、口径8.7センチの大きさで、去年12月、東京国立博物館の研究チームが現地で詳しく調べたところ、表面に透明な釉薬がかけられているうえ、それが高温で焼き上げられてガラス質に変化しているなど、白磁の特徴を備えていることが確認されました。

研究チームによりますと、白磁はこれまで中国の6世紀末の遺跡から出土したものが最も古いとされてきましたが、今回見つかったつぼは墓が作られた時の副葬品と考えられることから、それを300年以上さかのぼるとしています。

東京国立博物館の市元塁主任研究員は「白磁が歴史上、どう位置づけられるのか大変興味深い。三国志の時代は戦乱が続き、文化的、美術的には注目されてこなかった時期で、白磁が見つかったことで、より等身大の三国志像が描かれるようになると思います」と話しています。

このつぼは、ことし7月から東京国立博物館で開かれる特別展「三国志」で展示される予定です。

続きはソースで

https://pbs.twimg.com/media/Dzzh3i3V4AAedPO.jpg

NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190220/k10011820751000.html
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引用元: 【考古学】「三国志」の英雄、曹操の墓と見られる遺跡で出土のつぼ 最古の白磁か[02/20]

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1: 2018/08/27(月) 11:09:57.17 ID:CAP_USER
奈良県桜井市の箸墓(はしはか)古墳(全長約280メートル)は、3世紀中ごろ、最初に築かれた大型の前方後円墳だとみられています。このころの倭(わ、日本列島)について記した中国の歴史書「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」に登場する女王・卑弥呼(ひみこ)の墓の有力な候補地としても知られています。

 この古墳でみつかった特殊な土器が、吉備(きび、現在の岡山県)の複数の地域の工人によってつくられたと考える新説を、最近、春成秀爾(はるなりひでじ)・国立歴史民俗博物館名誉教授(考古学)が発表しました。箸墓古墳に葬られた人物(被葬者〈ひそうしゃ〉)が、吉備と強い結びつきをもっていた可能性をうかがわせる研究成果です。

続きはソースで

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180824003934_comm.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180824003932_commL.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180824003936_commL.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180824003943_commL.jpg

朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASL8S574CL8SPTFC00R.html
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引用元: 【考古学】奈良の箸墓古墳 被葬者は岡山出身?カギ握る埴輪の祖先[08/27]

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1: 2018/10/09(火) 23:33:36.75 ID:CAP_USER
『ダイバーの墓』という奇妙な名前の遺跡がある。

南イタリアのパエストゥムにおいて、1968年6月3日に発見された遺跡は今年50周年を迎えた。

文学者や芸術家にも影響を与えたのは、この遺跡から発見された「ダイバー」の絵であった。この絵にちなみ、墓自体も『ダイバーの墓』と呼ばれている。棺の蓋の裏面に描かれていたこの「ダイバー」にはどのような意味があるのか。学者たちのあいだでも論争が絶えない。
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■見る人の視線を離さない2500年前の「ダイバー」

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眺めれば眺めるほど視線が離れなくなる。

そんな見事な魅力を持つ「ダイバー」の絵は、イタリア半島南部が「マグナ・グラエキア」と呼ばれ、ギリシア人による植民都市が繁栄を謳歌していた紀元前480年ごろに制作されたといわれている。

若い全裸の男性が、しなやかに足と手を伸ばし、頭を上にあげて波打つ水面へと飛び込む瞬間である。蓋の四隅には、「パルメット」と呼ばれるヤシの葉が様式化されて描かれているため『パルメット(ヤシの葉のこと)の墓』とも呼ばれる。印象的な木、青い水面など、2500年の時の流れを忘れるような、究極のシンプリシティが生み出す美である。

■墓の蓋に描かれた「ダイバー」の意味

しかし、古代の遺跡にありがちなことに、『ダイバーの墓』にも謎が多い。

墓所を囲む東西南北の壁には、それぞれに楽器を演奏したり語り合う男性たちが描かれている。専門家の推測では、この墓所は墓の主が埋葬されて数時間で、あるいは最高でも数日で閉じられ、1968年までまさに日の目を見ることなく眠っていたのだという。

棺の蓋に、なぜ「ダイバー」が描かれたのか。あまりに突拍子もないテーマであるため、現在にいたるまで様々な説が生まれた。

2015年からパエストゥムの考古学博物館の館長を務めるドイツ人のガブリエル・ズックトリーゲルは、こう主張している。

当時、イタリア半島のギリシアの植民都市ではピタゴラスやパルメニデスの哲学が隆盛を極めていた。ピタゴラスが提唱した形而上学は、死を超えた世界を考究しようとした学問である。死後の世界をうたったオルペウス教という宗教からもインスピレーションを経て、死者のために現世の姿を転送しようとしたのでは、というのである。これが、墓の主が若い男性とされるゆえんでもあった。

続きはソースで

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https://www.discoverychannel.jp/0000036421/
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引用元: 【考古学】〈画像〉発見から50年…古代遺跡『ダイバーの墓』の深まる謎[10/09]

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