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墳墓

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1: 2018/07/13(金) 12:24:17.20 ID:CAP_USER
エジプト北部のアレクサンドリアで発掘調査中の考古学者らがこのほど、黒色花崗(かこう)岩でできた巨大な石棺を発見した。これまで現地で見つかったものの中では最も大きく、ふたが開けられた形跡もないという。

考古省がフェイスブックの公式アカウントで発表したところによると、この石棺は今月1日、当局者が建設現場で定例の考古学調査を行っている際に見つかった。

石棺は縦265センチ、幅165センチ、高さ185センチ。地下5メートルほどのところに埋められていたという。
近くからは雪花石膏(せっこう)でできた男性の頭部の像も見つかったが・・・

続きはソースで

https://www.cnn.co.jp/storage/2018/07/13/6f64d61df3207bd84fa8b03d1974db27/alexandria-excavation-sarcophagus-super-169.jpg
https://www.cnn.co.jp/storage/2018/07/13/73e17217e5f9b2be26bb10938d0893d5/alexandria-excavation-alabaster-head.jpg

CNN
https://www.cnn.co.jp/style/arts/35122436.html
images


引用元: 【考古学】紀元前305~30年の謎の巨大石棺を発見、開けられた形跡なし エジプト[07/13]

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1: 2016/07/27(水) 09:50:08.64 ID:CAP_USER
マヤ文明のピラミッドの下に水路発見、死者の国への通路か

【7月26日 AFP】メキシコの考古学者らはこのたび、古代マヤ文明の国王の墳墓があるピラミッドの下に水路があることを発見した。
この水路は死者の国へと続く象徴的な通路を表していた可能性があるという。

国立人類学歴史学研究所(INAH)の25日の発表によると、水路が発見されたのは、
同国南部チアパス(Chiapas)州の古代マヤ都市、パレンケ(Palenque)にある碑銘の神殿(Temple of the Inscriptions)の下。
この神殿には7世紀のパカル大王(Pakal the Great)の墳墓がある。

墓碑銘には、死者の国に受け入れられるには、死者はチャク(Chaac)神の水に身を沈めなければならないと書かれている。

続きはソースで

(c)AFP

▽引用元:AFPBBNews 2016年07月26日 11:07 発信地:メキシコ市/メキシコ
http://www.afpbb.com/articles/-/3095241
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引用元: 【考古】マヤ文明のピラミッドの下に水路発見、死者の国への通路か©2ch.net

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1: 2015/07/24(金) 17:58:55.49 ID:???.net
アレクサンドロス大王の父の墳墓を特定か | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/072300194/

画像
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/072300194/map.jpg

http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/072300194/ph_thumb.jpg
1970年代の終わりにギリシャのヴェルギナでこの墳墓を発掘した考古学者らは、被葬者は古代マケドニア王フィリッポス2世だと結論付けた。しかし、フィリッポス2世は近くにある別の墳墓に埋葬されていることを示唆する新しい証拠が見つかった。(Photograph by Petros Giannakouris, AP )
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/072300194/01.jpg
遺骨を元に復元を試みた フィリッポス2世の肖像。フィリッポス2世は敵の矢に打たれ片目を失明したが、名だたる息子、アレクサンドロス大王を除いては右に出る者のない、洞察力のある指導者だった。
(Photograph by James L. Stanfield, National Geographic Creative)


 新たな法医学的研究により、アレクサンドロス大王の父、古代マケドニア王フィリッポス2世の埋葬地を巡る長年の論争に終止符が打たれるかもしれない。

 1977年および1978年にギリシャのヴェルギナで王家の墳墓3基が発掘されて以来、フィリッポス2世はこのうち第2墳墓(「フィリッポスの墓」と呼ばれる)に埋葬されたものと多くの考古学者が考えていた。
ところが、このほど第1墳墓から発掘された成人男性の脚の骨を分析した結果、大きな槍傷の跡が見つかり、古代の文献にフィリッポス2世が339年の戦いで負ったと書かれている傷と一致することがわかった。(参考記事:「ギリシャの墳墓、眠るのは大王の親族?」)

 今月20日、「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌に発表された研究論文によると、今回の発見はフィリッポス2世の埋葬場所を特定する初の証拠であるだけでなく、第2墳墓の副葬品のいくつかがアレクサンドロス大王のものであった可能性を示すものだという。

 第1墳墓に埋葬された3体の遺骨を分析したのは、今回の研究チームが初めて。遺骨は中年男性と、死亡時に18才くらいだったと推定される若い女性、そして性別の不明な新生児のものであることがわかった。この法医学的証拠も、古代の文献に記されたフィリッポス2世と7人の妻のうちの最後の妻、そして子どもの死亡時の年齢と一致する。

 紀元前336年に暗◯される3年前、フィリッポス2世はスキタイ人との戦いで得た戦利品の分配話がこじれた結果、トラキアのトリバリ人と争いになり、瀕死の重傷を負った。セネカ、プルタルコス、デモステネスなどが古代ギリシャの文献で記述した傷の厳密な位置は異なっているものの、どの文献もフィリッポス2世がその傷が原因で脚が不自由になったとしている。

 第1墳墓から発掘された成人男性の脚の骨には左膝の部分に大きな穴が開き、骨が癒着して関節が動かなくなる重傷の関節強直がみられる。

 脛骨と大腿骨の長さから、負傷前のフィリッポス2世は身長1メートル80センチ近くあり、当時にしてはかなり背が高かったとみられる。おそらく負傷してからは、フィリッポス2世の足はおぼつかなくなり、体のバランスを取るために頭を右側に傾けて歩いたと推測される。(参考記事:「アレクサンドロス大王時代の墳墓の謎深まる」)

続きはソースで

 
ダウンロード

(参考記事:「古代シナゴーグで発見された“場違いな”もの」)

文=Nick Romeo/訳=キーツマン智香

引用元: 【考古学】アレクサンドロス大王の父(フィリッポス2世)の墳墓を特定か 古代文献に記された脚の傷跡を分析、従来説覆すか

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1: 2014/10/20(月) 22:59:45.57 ID:???.net
ギリシャ北部、古代ギリシャ都市アンフィポリス(現在のアンフィポリ)の遺跡の近くにある2300年前の墳墓で、若い赤毛の女神が冥界に連れ去られる場面を描いたモザイク床が発見された。この女神はゼウスの娘ペルセフォネと判明し、大理石でできた巨大な墳墓に埋葬されている人物を特定する手掛かりになることが期待されている。

アンフィポリスにある巨大なマケドニア様式の墳墓は、アレクサンドロス大王が艦隊を置いたエーゲ海の港のそばに位置する。
考古学者らによる調査の結果、アレクサンドロス大王が死亡した紀元前323年以降の混乱期にあたる紀元前325~300年頃に造られたものとみられ、大王と関係の深い人物のために建てられたのではないかとの憶測を呼んでいた。

続きはソースで


http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20141020004

引用元: 【考古学】ギリシャの墳墓に描かれた冥界の女王

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