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大河

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1: 2019/04/01(月) 14:48:40.08 ID:CAP_USER
火星の表面には、失われた水の記憶が残っている。今でも火星には、季節によって染み出してくる塩水や、かろうじて地下に残った湖や、氷の層などの形で水が存在するが、その量はわずかしかない。

 だが火星の岩がちな赤い表面には、深い谷があり、その近くには干上がった湖底や、扇状地や、滑らかな小石が見られる。これらは過去に大量の水が流れていた証拠だ。

 科学者たちは長年、火星の気候が暖かく湿っていた時期は比較的短かったと考えてきた。しかし、3月27日付けで学術誌「Science Advances」に発表された研究によると、火星に大きな川があった期間が、これまで考えられていたよりずっと長かった可能性があるという。

 新たな分析の結果、太古の火星の川幅は、現在の地球で見られる川幅よりも広かったことがわかった。そのうえ、34億年前から20億年前には火星のあちこちに大河があり、大量の水が流れていたという。従来、この時期の火星は湿潤だった時代の末期で、すでに乾燥化が始まっていたと考えられてきた。

「火星は暖かく湿った気候から冷たく乾燥した気候へと変化した、というのが従来の考え方でした。ですが今回見つかった証拠は、火星の気候の変遷がもっと複雑だった可能性を示しています」。NASA火星気候モデリングセンターのキャスリン・スティークリー氏はそう語る。なお、同氏は今回の研究に参加していない。


火星の水の話になると、どうしても期待が高まる。水があった場所には、私たちがよく知るような生命がいた可能性があるからだ。しかし、火星人の化石にどんな名前を付けようかと夢を膨らませるのはまだ早い。この時期の火星に何が起きていたのか。大きな川があったのはなぜなのか。まだ多くの疑問が残されている。

「初期の火星を暖かく湿った気候にしていた要因は何だったのかというのは、ただでさえ難しい問題でしたが、今回の発見はそれをいっそう難しくしてしまいました」。論文の著者で、米シカゴ大学の惑星科学者エドウィン・カイト氏はそう話す。

■大きな川が流れるためには

 現在の火星の大気は薄すぎて、太陽からの熱を十分に蓄えられないが、昔は火星にも湿った気候を保てるだけの濃い大気があったと考えられている。とはいえ、熱帯のリゾートとは程遠い場所だった。当時の太陽の光は今日より25~30%も弱かったからだ。

「火星の表面を液体の水が流れるかどうか、ギリギリの環境でした」と米アリゾナ州にある惑星科学研究所のアラン・ハワード氏は言う。なお、彼は今回の研究に参加していない。

 それでも水が流れることを可能にした要因は、いくつか考えられる。私たちの地球では、内部の「外核」で液体の鉄が流動しているため、地磁気が発生する。その地磁気が大気を守り、太陽風に剥ぎ取られるのを防いでいる。これと同じ現象が、初期の火星でも起きていた可能性が高い。そして、当時の火星の大気組成も、現在とは違っていた可能性がある。例えば一部の専門家は、火山の噴火により大気中に大量の温室効果ガスが放出されていたのではないかと提案している。

続きはソースで

https://cdn-natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/032900192/ph_thumb.jpg

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/032900192/
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引用元: 【宇宙】20億年前の火星に大河?雨が降っていた可能性も、大河の証拠を複数箇所で確認 火星史の見直し迫る発見[04/01]

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1: 2017/04/11(火) 09:25:39.39 ID:CAP_USER
NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の主人公、
井伊直虎は、今川方から井伊家に入った井伊次郎だったと幕末に記した史料が新たに見つかり、井伊美術館(京都市)が10日、発表した。
ドラマ上では、井伊直盛の娘「次郎法師」が直虎を名乗っているが、同美術館は直虎・男説を補強する史料としている。


 昨年も、別史料から直虎は今川家重臣の息子・井伊次郎だったと発表していた。
同美術館によると、直虎の名前が書かれた文書は「次郎直虎」と書かれた永禄11(1568)年の書状だけで、今回が2例目という。


 新史料は、井伊家の家臣に伝来した「河手家系譜」。
文政13(1830)年ごろにまとめられ、幕末に加筆された。

続きはソースで

産経ニュース
http://www.sankei.com/life/news/170411/lif1704110008-n1.html
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引用元: 【歴史】 井伊直虎「男説」新たな史料 幕末に記述「今川方の次郎」 [無断転載禁止]©2ch.net

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