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定住

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1: 2016/11/05(土) 01:32:28.03 ID:CAP_USER
豪州内陸部の人類定住、通説より1万年早い 研究

【11月3日 AFP】人類がオーストラリア内陸部で定住を始めた時期は、これまで考えられていたより1万年早いとする研究論文が2日、発表された。
豪州大陸の人里離れた奥地にある岩窟住居内で見つかった数千個の人工遺物と骨に基づく結果だという。
 
人類が豪州に到達したのは、今から約5万年前と考えられている。
だが、内陸部の乾燥地帯に定住した時期や、道具の使用、古代動物との接触などについては、これまで議論が分かれていた。
 
豪ラトローブ大学(La Trobe University)などの研究チームによると、豪サウスオーストラリア(South Australia)州の州都アデレード(Adelaide)から450キロ離れたフリンダース山脈(Flinders Ranges)での今回の発見は、4万9000年前~4万6000年前の時期に、人類がその地に居住していたことを示しているという。
 
英科学誌ネイチャー(Nature)に発表された研究論文は、「南部内陸部にあるワラティ(Warratyi)岩窟住居で収集されたのは、(およそ4万9000年前という)これまで伝えられていたよりも(1万年)早い時期までに、人類が豪州の乾燥地帯に居住していたことを示す証拠だ」と述べている。
 
また、堆積物の地層から採取された遺物は、骨角器(4万年~3万8000年前)や、赭土(しゃど)のような顔料(4万9000年~4万6000年前)などの技術が当時、使用されていたことを示していた。
これは、豪州で知られている最古の使用例だ。
 
今回の研究を率いたラトローブ大の考古学者、ジャイルズ・ハム(Giles Hamm)氏は、記者団に「これは、豪州沿岸部におけるこれまでの研究を補完するもので、4万5000~5万年前という年代の境界に適合している」と語った。

続きはソースで

(c)AFP

▽引用元:AFPBBNews 2016年11月03日 10:14 発信地:シドニー/オーストラリア
http://www.afpbb.com/articles/-/3106712
ダウンロード (2)


引用元: 【人類】人類がオーストラリア内陸部で定住を始めた時期 通説より1万年早い/豪ラトローブ大学など©2ch.net

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1: 2016/02/18(木) 12:27:06.76 ID:CAP_USER.net
7000年前の定住集落跡、エルサレムで初めて発見 (AFP=時事) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160218-00000004-jij_afp-sctch

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※画像はイメージで本文と関係ありません


【AFP=時事】イスラエルの考古学庁(IAA)は17日、7000年前から人間が定住する集落がエルサレム(Jerusalem)に存在していた証拠となる初の遺跡が発見されたと発表した。

 同庁によると、イスラエルに併合された東エルサレムのシュアファト(Shuafat)地区近郊の発掘調査で、金石併用時代の特徴を示す、壁と床の一部が原型を保っている家屋2棟と「複数の陶製容器、フリント石器と、玄武岩製の鉢1個」が発見されたという。
遺跡は、同地区での道路工事中に発見された。

 考古学庁先史学部門を統括するアムノン・バルジライ(Amnon Barzilai)氏によると、金石併用時代の集落跡はエルサレムの外で発見されていたが、今回のシュアファトの遺跡が見つかるまでは、エルサレム市内では「断片的な」遺物が出土していただけだったという。

「われわれは今回の発掘調査で、村落、定着した村落の遺跡を発見した」とバルジライ氏は述べた。

 考古学庁の発掘調査チームを率いたローニット・ルプー(Ronit Lupu)氏によると、金石併用時代には、人間は「まだ石器を使用していたが、高度な陶器や、銅器を初めて製作し始め」、「経済活動が行われていた、定着した集落」を形成していたという。

 死海(Dead Sea)地域と地中海(Mediterranean)沿岸を結ぶ主要経路だったエルサレムに、金石併用時代の集落があったことを示す確たる証拠が存在しないことは、研究者らの間で長年の謎とされていた。
現在のイスラエルやヨルダンの他の場所では、金石併用時代の集落が発見されていた。

 ルプー氏にとって今回の成果は、エルサレムで長年続けられてきた金石併用時代の集落探しに終わりを告げるものとなった。

「エルサレムでは長年、それは『どこかにあるのは分かっているが、決して見つからない』と考えられてきた。だがここで、われわれはそれを発見したのだ」とルプー氏は話した。【翻訳編集】 AFPBB News

引用元: 【考古学】7000年前の定住集落跡、エルサレムで初めて発見

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1: 2015/03/26(木) 23:59:57.20 ID:???.net
掲載日:2015年3月26日
http://news.mynavi.jp/news/2015/03/26/094/

 文明の起源で新しい成果がもたらされた。中米で栄えたマヤ文明の初期は、公共祭祀などの共同作業を通じて社会的な結束が進み、徐々に人々が移動生活から定住に移行していったことを、米アリゾナ大学の猪俣健(いのまた たけし)教授と茨城大学人文学部の青山和夫(あおやま かずお)教授らがグアテマラのセイバル遺跡の詳細な再発掘で明らかにした。

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文明の起源を探る重要なモデルになりそうだ。那須浩郎(なす ひろお)総合研究大学院大学助教、米延仁志(よねのぶ ひとし)鳴門教育大学准教授らの計7カ国の研究者が参加する大規模な国際共同研究で、3月23日付の米科学アカデミー紀要オンライン版に発表した。

 セイバル遺跡はグアテマラを代表するマヤ文明の大都市遺跡。ジャングルの真っただ中の高さ約100mの丘陵にある。
米ハーバード大学の調査団が1960年代に調査して、有名になった。しかし、この発掘は主に表層に限られ、西暦250年以降の古典期マヤ文明に焦点が当たり、紀元前1000年ごろにさかのぼるマヤ文明の起源や盛衰は謎として残った。今回の研究チームは約40年ぶりに2005年から、セイバル遺跡の発掘を再開し、10m以上まで深く広く掘って、公共祭祀などの大型建物や住居跡、土器などの資料を採取し、最新年代測定や植物学も駆使してマヤ文明初期の歴史に迫った。

続きはソースで
画像
写真. セイバル遺跡のマヤ文明初期の住居跡(撮影:青山和夫茨城大学教授)
http://news.mynavi.jp/news/2015/03/26/094/images/001l.jpg

<参照>
人文学部の青山教授のマヤ文明の論文が、米国科学アカデミーの学術誌に掲載されました | お知らせ
http://www.ibaraki.ac.jp/news/2015/03/240425.html

プレスリリース 科学誌「米国アカデミー紀要(PNAS)」への研究成果の掲載について | 鳴門教育大学
http://www.naruto-u.ac.jp/docs/2015032000032/

Development of sedentary communities in the Maya lowlands: Coexisting mobile groups and public ceremonies at Ceibal, Guatemala — Early sedentary communities in the Maya lowlands — Supporting Information
http://www.pnas.org/content/early/2015/03/18/1501212112/suppl/DCSupplemental

<関連>
【考古学】マヤの水の神殿を発見 “激動の時代”の爪跡か [転載禁止]©2ch.net
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1422867008/

引用元: 【考古学】文明は共同作業で始まった、マヤ遺跡で発見 - 国際共同研究

文明は共同作業で始まった、マヤ遺跡で発見 - 国際共同研究の続きを読む
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