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帝国

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1: 2019/02/09(土) 16:02:28.53 ID:CAP_USER
紀元前4世紀、ギリシャ北部のマケドニアから東方遠征を行い、たった10年でペルシャ帝国を滅ぼして、インダス河を超えたアレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)の死について、ニュージーランドの研究者がついに原因を突き止めた!

■ペルシア制圧も32歳で死去

 アレキサンダー大王は、マケドニア国王のもとに生まれ、十代で哲学者アリストテレスに学び、20歳で父王の跡を継いでマケドニア王を継承。紀元前334年の東方遠征に先立って、北方のトラキアと南方のギリシャ本土を制圧したのち、同332年にはエジプトを占領し、ナイル河口にアレクサンドリア市を建設。



 翌年、ダレイオス3世が率いるペルシア軍10万を打ち破り、帝国を滅亡させたあとは、各地にアレクサンドリア市を建設しながら進軍を続け、同323年、ついにバビロンに帰還し、ペルシア、マケドニア、ギリシャの3地域を帝国に再編。その矢先に高熱に倒れ、10日後に32歳の若さで死去した。

■真説登場…なるか?


 大王の死をめぐっては、毒を盛られて暗◯されたとか、マラリアや西ナイル熱などの病死説のほか、ハチに刺されたなど、さまざまな説があるが、比較的最近の2014年に発表された論文では、強心剤や下剤などとして使われていた植物「ヘレボルス(クリスマスローズ)」の処方量を誤って、中毒を起こした可能性があると指摘されている。

続きはソースで

オタゴ大学のキャサリーン・ホール医学博士(Univ.of OTAGO/Department of General Practice and Rural Health)
https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/1/28130/otago703211.jpg
https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/1/28130/Aleksanteri_Suuri_331-323.png
https://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/8/1/28130/alex001.jpg

ハザードラボ
https://www.hazardlab.jp/know/topics/detail/2/8/28130.html
ダウンロード (8)


引用元: 【話題】アレキサンダー大王 ギランバレー症だった!「死亡時刻」には生きていた?[02/09]

アレキサンダー大王 ギランバレー症だった!「死亡時刻」には生きていた?の続きを読む

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1: 2019/01/08(火) 15:00:34.06 ID:rVGpJO0l
1818年に発見された、「ベレニケ」と呼ばれるプトレマイオス朝の遺跡。ここは2012年に発掘が再開されるまで、詳しいことが明らかとされていなかった。

しかし、巨大な要塞が建設されていたことがこのたび判明し、当時戦争で利用されていた像に関する貿易の情報も明らかになりつつある。

■エジプト紅海沿岸で巨大要塞発見

先日、エジプト紅海沿岸の遺跡ベレニケで、アメリカの考古学研究チームによって巨大な要塞跡が発見された。

これは、2300年ほど前、エジプトがプトレマイオスによって統治されていた時代に建設されたもので、紅海から守るためのものと見られる。

要塞は大規模で、大きな部分は160m×80mにもなり、要塞の西側は2重に造られている。要塞の中には巨大な中庭が設けられ、地下水と雨水17,000L分を貯蓄できる合計2つの巨大プールも見つけられた。

続きはソースで

https://dps68n6fg4q1p.cloudfront.net/wp-content/uploads/2019/01/04113046/urn_cambridge_org_id_binary_20181210141411590-0690_S0003598X18002521_S0003598X18002521_fig2g.jpg
https://dps68n6fg4q1p.cloudfront.net/wp-content/uploads/2019/01/04113043/urn_cambridge_org_id_binary_20181210141411590-0690_S0003598X18002521_S0003598X18002521_fig1g.jpg
https://dps68n6fg4q1p.cloudfront.net/wp-content/uploads/2019/01/04113047/urn_cambridge_org_id_binary_20181210141411590-0690_S0003598X18002521_S0003598X18002521_fig3g.jpg

https://www.discoverychannel.jp/0000045386/
ダウンロード


引用元: 【考古学】戦争でゾウを利用していた2300年前の巨大要塞跡、エジプトで発見[01/08]

戦争でゾウを利用していた2300年前の巨大要塞跡、エジプトで発見の続きを読む

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1: 2018/04/14(土) 09:02:44.51 ID:CAP_USER
スウェーデン南部エーランド島のSandby borgで1500歳の玉ねぎが見つかった。The Localが報じた。

発見したチームによると、これは島とローマ帝国に貿易関係があったことを示している。

1000年ほど前にエーランド島には狩猟採集民が住んでいた。これは、2014年には島に関心を抱いた考古学チームが発見したものが示している。それからこの島では◯戮によって亡くなった14人の化石が発見されている。

続きはソースで

https://pbs.twimg.com/media/DahISLIX4AAOYf5.jpg
https://twitter.com/archaeologymag/status/984128965571788800/photo/1
https://jp.sputniknews.com/science/201804144779379/
images


引用元: 【野菜】スウェーデンで1500年前のタマネギが見つかる

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1: 2018/03/15(木) 09:42:50.90 ID:CAP_USER
■半世紀以上も専門家たちを悩ませてきたその正体がついに明らかに

4世紀から7世紀の欧州では、ゲルマン系のゴート族やバンダル族がさかんに西へ移動していた。
いわゆる「ゲルマン民族の大移動」だ。彼らは衰退するローマ帝国の領地に次々に侵入し、定住した。なかでもバイエルン人は、6世紀前後に現在のドイツ南部に移住した民族だが、その墓地から、この地方には珍しい細長く変形した女性の頭骨が見つかり、専門家らは半世紀以上も頭を悩ませてきた。

 頭蓋を人為的に変形させるこうした風習は、当時の欧州ではいまのハンガリー周辺など、東方の一部でしか見られなかった。
その先はフン族と呼ばれる屈強な民族連合体が支配していた。そして、彼らの埋葬地からは、女性の変形頭蓋が数多く見つかっている。
その風習が、どのような経緯でドイツまで入り込んだのだろうか。

フン族か、あるいは別の民族が頭蓋変形の技術を持ち込み、それを見たバイエルンの女性たちが真似たのではないかという説もある。
だが、最新の研究により、この変形した頭骨がよその土地から移住してきた女性のものであることが明らかになり、3月12日付けの学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に論文が掲載された。

■似ても似つかない顔の男と女

 論文を発表した研究チームは、5~6世紀のバイエルン人の墓地6カ所に埋葬されていた36人分の人骨のゲノムを解析した。
そのうち26人が女性、10人が男性で、14人の女性の頭骨に頭蓋変形が施されていた。
そのほか、ローマ兵士のものと思われる人骨や、より東のいまのクリミアとセルビアに埋葬され、やはり頭蓋変形が施された女性2人の人骨など、5人が分析対象に加えられた。

 頭蓋変形は、自然に起こったものではない。生まれてすぐから骨の形が決まる時期まで、赤ちゃんの頭部を注意深く締め付けて、形を固定させる。
すると、その形を保ったまま成長するため、大人の頭も細長く伸びた形になる。
見た目の美しさなのか、健康のためなのか、他の理由があるのか、目的は定かでない。

 研究者らは、人骨のDNAの一部を解析し、11人分に関しては全ゲノム配列を決定した。
これらのデータから、外見、祖先の出身地、健康状態がわかる。

 その結果、男性たちは恐らく小さな集団に属する農民で、金髪に青い目を持ち、一様に似たような顔立ちをしていた。
頭骨が変形していないか、わずかに変形しただけの女性の目と髪の色も同じだった。
だが、頭骨が大きく変形した女性たちの多くは茶色い目に金髪か茶髪で、似ても似つかない顔だったことが明らかになった。

外見の違いは氷山の一角に過ぎない。さらに中世初期バイエルン人の遺伝子を現代人のそれと比較してみると、大きな違いがあることが判明した。

 男性の遺伝子はいまの北欧や欧州中央部の人々に近いのに対し、とりわけ、変形頭蓋を持つ女性たちの結果は驚くべきものだった。
ルーマニアやブルガリアなど、いま欧州南東部にいる人々の遺伝子に近いものの、欧州南部の各地に由来する遺伝子がまちまちに交じり、なかには東アジア由来の遺伝子を2割以上もつ者が1人いた。
いま欧州にいる人で東アジア由来の遺伝子をこれほどもつ人は知られていない。

「考古学的には、彼女たちは属していた集団の人々とそれほど変わったところはありませんが、
遺伝学的には全く異なっています」と、ドイツにあるマインツ大学の集団遺伝学者で、論文の著者であるヨアキム・ブルガー氏は語った。

続きはソースで

画像:ドイツ南部にある1400年前の墓地で見つかった頭骨には、人為的に変形された跡があった。
左側の頭骨は大きく変形され、中央はわずかに変形されたもの。
専門家は、頭蓋変形がドイツよりも東方に住む民族の風習だったと考えている。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/031400116/ph_thumb.jpg

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/031400116/
images


引用元: 【考古学/DNA】中世ドイツの謎の変形頭蓋骨、異民族の花嫁だった まるでドラマの題材になりそうな話[03/15]

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1: 2018/01/24(水) 17:17:45.41 ID:CAP_USER
チンギス・カンが開いたモンゴル帝国よりも先の紀元前7〜3世紀ごろ、ユーラシア大陸に最初に登場した遊牧騎馬民族スキタイ人は、古代ギリシャの歴史家も著書で記し、ヨーロッパで勇名を馳せたが、突然、歴史から姿を消した謎多き存在だ。
スイスの考古学者は衛星画像の分析で、シベリア南部の沼地で氷漬けになった手付かずの墳墓を発見した。

 紀元前7世紀から前3世紀ごろにかけて、アフガニスタンのパミール高原から黒海にかけて活動したスキタイ民族は、ヘロドトスが著書『歴史』のなかで、「討ち取った敵の首を取り、血を飲む」などの風習を記した勇猛果敢な騎馬民族だ。

 19世紀末から20世紀初頭、コーカサス地方から黒海沿岸で発掘された古墳からは、馬や動物をかたどった見事な金製品が見つかっており、高度な技術をもつ文化だったと考えられているが、都市や住居などの遺跡が存在しないため、実態は謎に満ちている。

 スイス・ベルン大学の考古学者ジーノ・カスパリ氏は、ロシアとモンゴルに挟まれたトゥヴァ共和国を流れるウユク川流域の沼地の永久凍土の下に、スキタイ王国の王家の墓とみられる「クルガン」と呼ばれる墳丘墓が眠っているのを発見した。

続きはソースで

画像:高度な文明と技術を持っていた古代の騎馬民族スキタイ人。
ウクライナにある王家の古墳から見つかった紀元前4世紀に作られた金製品
http://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/3/4/23466/sukitai.jpg
画像:シベリアの永久凍土の下に2900年前のスキタイ人の墳墓がある。円形をしている部分
http://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/3/4/23466/Skythengrab.jpg
画像:紀元前5世紀ごろのスキタイ民族の勢力地図(Wikimedia Commons)
http://www.hazardlab.jp/contents/post_info/2/3/4/23466/sukitaimap.png

ハザードラボ
http://www.hazardlab.jp/know/topics/detail/2/3/23466.html
images (4)


引用元: 【考古学】紀元前7〜3世紀頃 突然、歴史から姿を消した謎だらけの騎馬民族スキタイ人 手付かずの「凍結墓」発見 シベリア

紀元前7〜3世紀頃 突然、歴史から姿を消した謎だらけの騎馬民族スキタイ人 手付かずの「凍結墓」発見 シベリアの続きを読む

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1: 2018/01/16(火) 21:35:36.12 ID:CAP_USER
【1月16日 AFP】
1545年、メキシコのアステカ帝国で伝染病が大流行し、目や口、鼻からの出血を伴う高熱と頭痛で人々が次々と倒れ、3~4日のうちに多くが命を落とした──。

 現地語で「ココリツトリ(cocoliztli)」と呼ばれるこの疫病により、1550年までの5年間で全人口の約80%に当たる1500万人が死亡したと考えられているが、その原因をめぐっては500年近く謎のままだった。
ココリツトリは古代アステカのナワトル語で「悪性の伝染病」を意味する。

 しかし、15日に発表された研究結果によると、このアステカ帝国の大惨事を引き起こした疫病は、天然痘、麻疹(はしか)、おたふく風邪、インフルエンザなどではなく、腸チフスに似た「腸熱」だった可能性が高いという。研究チームは当時の犠牲者の歯から見つけたDNAの証拠を調べた。

 独テュービンゲン大学(University of Tuebingen)のアシルド・ベイジーン(Ashild Vagene)氏は
「1545年~1550年に発生したココリツトリは、欧州人の到達後にメキシコを襲った多くの疫病の一つで、最も破壊的で最大規模の人命損失を引き起こした3回の大規模流行の2番目に発生したものだった」と話す。

 ベイジーン氏は、AFPの取材に「この疫病の原因をめぐっては歴史学者らが100年以上にわたり論争を繰り広げてきたが、当時のDNAを用いた今回の研究によって初めて歴史学上の長年の疑問の解決に寄与する直接的な証拠を提供できることとなった」と述べた。
同氏が共同執筆した論文は、米学術誌「ネイチャー・エコロジー・アンド・エボリューション(Nature Ecology and Evolution)」に掲載された。

 病原菌は、欧州の入植者らがアメリカ新大陸に足を踏み入れるのに伴い持ち込まれたものだが、先住民の人々は当時、これに対抗する免疫を持っていなかった。

続きはソースで

AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3158747
ダウンロード


引用元: 【医学】16世紀メキシコ、アステカ帝国の全人口の約80%が死亡した「悪性伝染病」、原因菌を特定か 研究

16世紀メキシコ、アステカ帝国の全人口の約80%が死亡した「悪性伝染病」、原因菌を特定か 研究の続きを読む
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