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平安時代

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1: 2017/03/22(水) 17:28:42.46 ID:CAP_USER
毎日新聞 3/22(水) 13:40配信
南極の昭和基地で観測された赤いオーロラ。藤原定家の明月記に「赤気」として記録されている=国立極地研究所提供拡大写真
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170322-00000042-mai-sctch‬

 平安・鎌倉時代の歌人、藤原定家(1162~1241年)が日記「明月記」に書き残した「赤気(せっき)」という現象は、太陽の異常な活発化によって京都の夜空に連続して現れたオーロラだった可能性が高いと、国立極地研究所や国文学研究資料館などのチームが米地球物理学連合の学術誌に発表した。連続したオーロラの観測記録としては国内最古という。

 明月記には、1204年2~3月にかけて、京都の北から北東の夜空に赤気が連続して現れ、定家は「山の向こうに起きた火事のようで、重ね重ね恐ろしい」と書き残している。

 オーロラは太陽から噴き出した高エネルギー粒子が、地球の大気を光らせる現象。北極や南極などで観測され、京都で連続して発生することは考えにくい。赤気の現象が何を指しているかは長年の謎で、彗星(すいせい)説もあった。

 片岡龍峰(りゅうほう)・極地研准教授らのチームが過去2000年の地磁気の軸の傾きを計算した結果、北米大陸方向に傾いている現在の軸が1200年ごろには日本列島側へ傾きオーロラが出現しやすい時期だったことが分かった。また、中国の歴史書「宋史」の同2月の記録に
「太陽の中に黒点があり、ナツメのように大きい」と書かれているのに着目。太陽活動が活発化していた可能性が高いと分析した。

 太陽の活動が活発化するとオーロラが発生しやすくなるといい、宋史にも900~1200年代に赤いオーロラの観測例が十数件記述されているという。
屋久杉などの年輪に残る太陽活動の痕跡と照合した結果、オーロラが観測された年と太陽活動が活発だった年がほぼ一致したという。【阿部周一】

最終更新: 3/22(水) 16:24
毎日新聞
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引用元: <藤原定家>日記の「赤気」はオーロラ 極地研などが解析 [無断転載禁止]©2ch.net

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1: 2015/07/10(金) 12:27:14.78 ID:???.net
九州出土の瓦、寧波で生産 文様、成分一致 [福岡県] - 西日本新聞
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_toshiken/article/181078
福岡出土の瓦、中国で生産 日宋貿易、千キロ越え - サッと見ニュース - 産経フォト
http://www.sankei.com/photo/daily/news/150709/dly1507090041-n1.html

画像
http://www.sankei.com/photo/images/news/150709/dly1507090041-p1.jpg
中国南部・寧波の瓦と同じ型で作られたことが分かった瓦のレプリカ3種=9日午後、鹿児島県庁


 福岡市の博多遺跡群や鹿児島県南さつま市の渡畑遺跡など九州の6カ所で出土した12世紀の平安末期から鎌倉初期の瓦が、中国・寧波で製造されたことを、鹿児島国際大(鹿児島市)の中園聡教授(考古学)の研究チームが突き止め、9日に発表した。素材の成分をX線で分析し、寧波の土が使われたことを証明した。

 また、博多遺跡群と箱崎遺跡(福岡市)で出土した瓦に、寧波の瓦と完全に同一の文様のものがあることも3Dスキャナーによる形状計測で判明した。同じ木型で寧波で製造されたとみられる。
福岡市と寧波の距離は約千キロで、同一文様の瓦がこれほど離れて見つかるのは珍しいという。

 土が一致した6カ所の遺跡は、他に大宰府(福岡県太宰府市など)▽芝原(鹿児島県南さつま市)▽黒島大里(同県三島村)▽硫黄島(同)。

続きはソースで

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引用元: 【考古学】九州出土の12世紀の瓦、中国・寧波で生産 文様、成分一致

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1: ◆CHURa/Os2M @ちゅら猫ρ ★ 2013/12/14(土) 14:44:48.06 ID:???0

★「富士山噴火しない」はあり得ない 前兆なしに噴火するケースも
2013.12.13

富士山の最後の噴火は1707(宝永4)年のことだった。以後、300年以上も噴火していない。

噴火を繰り返してきた富士山でこれほど長い休止を経過したことはない。例えば平安時代は約300年間だったが、その間に10回も噴火している。

地球物理学から見れば、富士山がこのまま将来も噴火しないことはあり得ない。富士山の下には太平洋プレートがフィリピン海プレートと衝突して潜り込んだときにできるマグマが次々に生まれていて、これがやがて噴火して出てくることは明らかだからである。

この2つのプレートの衝突は富士山の直下だけではない。そこから南へ1000キロ以上も続いていて、マグマも富士山の下から帯状に南へ続いている。11月から噴火を続けている小笠原・西之島の新島も、このマグマが上がってきたものなのである。

マグマが地下で南北に伸びる帯状につながっているから、そこから上がってきて噴火する火山も南北の列になる。
富士火山帯だ。1989年に伊豆半島の伊東の沖で海底噴火した手石海丘も、伊豆大島も八丈島も、この火山帯に属する火山なのである。三宅島で4月に火山性の群発地震が起きたのも、この火山帯の活動の一環である。

ところで、富士山がいずれ噴火することを予想して、もちろん、それなりの観測網が敷かれている。残念ながら地下のマグマの量や動きを見ることは現在の科学ではできない。それゆえ他の活動的な火山と同様、付近で起きる小さな地震の観測や、山体膨張の観測である。
>>2へ続く

images

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20131213/dms1312130727005-n1.htm



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