理系にゅーす

理系に関する情報を発信! 理系とあるものの文系理系関係なく気になったものを紹介します!

スポンサーリンク

弥生時代

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
1: 2016/03/07(月) 19:03:19.45 ID:CAP_USER*.net
国内最古級となる弥生時代後期(1~2世紀ごろ)のすずりが福岡県糸島市の三雲・井原遺跡で見つかり、市教育委員会が1日、発表した。

images


この遺跡は中国の史書「魏志倭人伝」に登場する「伊都国」の都とされ、邪馬台国時代の倭(わ)国(日本)が文字を用いて外交した裏づけとなる。

出土したすずりは石製で、長さ6・0センチ、幅4・3センチ、厚さ6ミリの破片。薄く裏面の粗い加工など中国・漢代の板石すずりと特徴が一致し、復元すると長さ10~17センチのほぼ長方形とみられる。弥生土器や朝鮮半島製の楽浪(らくろう)系土器が集積した「土器だまり」で見つかった。弥生時代のすずりは田和山遺跡(松江市)に続き国内2例目。

続きはソースで

(編集委員・中村俊介)

画像
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20160301004720_comm.jpg
http://www.asahi.com/articles/ASJ2Y5R8KJ2YTLZU001.html


引用元: 【社会】弥生時代、文字使い外交か 福岡で最古級のすずり発見

弥生時代、文字使い外交か 福岡で最古級のすずり発見の続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
1: 2016/03/01(火) 04:30:18.89 ID:CAP_USER*.net
2016年02月29日 17時54分
京都大の発掘調査で出土した遺物の特別展「文化財発掘Ⅱ-京大キャンパスの弥生時代」が、京都市左京区の京都大総合博物館で開かれている。縄文時代晩期から弥生時代中期にかけての土器など約60点を展示している。

 吉田キャンパス内で京都大文化財総合研究センターが35年以上にわたって行った発掘調査の成果を紹介するシリーズの第2弾。今回は弥生時代の遺物を中心としている。

 キャンパスでは約2400年前の水田跡が残りのよい状態で見つかっている。小単位のあぜで区切られた水田遺構の写真パネルを展示し、同時期に近くで見つかったさまざまな形の弥生前期の土器も並べた。

続きはソースで

ダウンロード
※画像はイメージで本文と関係ありません

引用元:http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20160229000133

引用元: 【遺跡】京大掘ったら土器が出た! 縄文~弥生期、60点を展示[京都新聞]

京大掘ったら土器が出た! 縄文~弥生期、60点を展示の続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
1: 2016/03/02(水) 12:32:51.36 ID:CAP_USER.net
弥生時代の国内最古級すずり出土 倭人伝の記述裏付け 糸島市 [福岡県] - 西日本新聞
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_toshiken/article/227991


 福岡県糸島市教育委員会は1日、同市の三雲・井原(いわら)遺跡で、弥生時代後期(1~2世紀)のものとみられるすずりの破片が出土したと発表した。
同遺跡は3世紀の中国の史書「魏志倭人伝」に登場する伊都国の王都があったとされ、中国の前漢時代から朝鮮半島北部に置かれた楽浪郡製と同形式の土器も多数出土している。
倭人伝には、伊都国に滞在した楽浪郡の使節が外交文書などを取り扱ったとの記述もあり、これを裏付ける発見として注目される。

 出土したすずりの破片は灰色の石製で、長さ6センチ、幅4・3センチ、厚さ0・6センチ。中国・漢代に普及し、台に固定して用いられた長方形のすずりの一部とみられる。
表側には実際に使われたようなくぼみが確認された。弥生時代のすずりの発見は松江市の田和山遺跡に次いで国内2例目。

続きはソースで

ダウンロード
※画像はイメージで本文と関係ありません


【ワードBOX】三雲・井原遺跡
 伊都国の王都とされる弥生時代から古墳時代にかけての集落・墳墓遺跡。福岡県糸島市東部の瑞梅寺川と川原川に挟まれた地域に位置する。
三雲南小路王墓や井原鑓溝(やりみぞ)王墓で約80点もの銅鏡が見つかったほか、今回のすずりが見つかった三雲番上地区ではこれまでも数十点の楽浪系土器が出土していた。
江戸時代の福岡藩の国学者、青柳種信が出土遺物の記録を残した。

引用元: 【考古学】弥生時代の国内最古級すずり出土 「魏志倭人伝」の記述裏付け 糸島市 [福岡県]

弥生時代の国内最古級すずり出土 「魏志倭人伝」の記述裏付け 糸島市 [福岡県]の続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
1: 2016/02/10(水) 21:46:36.71 ID:CAP_USER.net
【動画】弥生時代の銅剣にサメの絵が彫られていた! 全国初、山陰限定の祭祀に使用か(1/2ページ) - 産経WEST
http://www.sankei.com/west/news/160210/wst1602100084-n1.html


 鳥取県立博物館が所蔵する弥生時代の銅剣に彫られたサメの絵があることが分かり、県立公文書館などが10日、発表した。鋳造後に絵を施した青銅器が確認されたのは国内初。
銅剣は祭祀に使われたとされ、公文書館は「銅剣を使った祭祀に迫る重要な発見」としている。

 山陰地方では、青谷上寺地遺跡(鳥取市)などでサメを表現した弥生時代の土器や木製品が集中的に出土しており、公文書館は「極めて地域色の強い祭祀があったと考えられる」と指摘する。

 公文書館によると、銅剣は平成2年度に個人から博物館に寄贈された。全長42センチで県内の神社の伝来品とされるが、出土地は不明。
形や金属の成分分析から、弥生時代中期中ごろ(紀元前2世紀)の製作とみられる。

 奈良文化財研究所(奈良市)の分析で、根元近くに鋭利な道具を引いてつけた長さ2・3センチの魚の絵が見つかった。
流線形で、サメに特徴的な二つの背びれや、胸びれ、腹びれを表していた。

続きはソースで

ダウンロード

引用元: 【考古学】弥生時代の銅剣にサメの絵が彫られていた! 全国初、山陰限定の祭祀に使用か

弥生時代の銅剣にサメの絵が彫られていた! 全国初、山陰限定の祭祀に使用かの続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
1: 2015/08/12(水) 17:50:48.53 ID:???*.net
兵庫県南あわじ市で見つかった弥生時代中期の銅鐸(どうたく)7個のうち、大きい銅鐸に小さい銅鐸をはめ込んだ「入れ子」の銅鐸1組2個を取り外して調査した結果、大小の銅鐸のつり手にあたる「鈕(ちゅう)」と、内部につり下げて打ち鳴らす棒「舌(ぜつ)」にひもやその跡が残っていることが分かり、県教委などが12日、発表した。銅鐸や舌からひも自体が見つかったのは初めて。
調査を行った奈良文化財研究所埋蔵文化財センターの難波洋三センター長は「銅鐸の鳴らし方など具体的な使い方を知る上で貴重な発見」と話している。

同研究所が7月に調査を実施した。内部の砂を除去した上で入れ子状態の銅鐸を取り外して調べた結果、大きい銅鐸の鈕に、植物性繊維でよられた直径約2ミリのひもと、ひもの繊維片を確認した。
それぞれ左右逆の方向によられていることから、複数のひもが巻き付けられていたとみられる。
小さい銅鐸にもひもの跡が残っていた。

また、大きい銅鐸の舌の穴には直径約5ミリのひもが通され、銅鐸と結ばれて固定されていた。
小さい銅鐸の舌からも直径約4ミリのひもが穴に通った状態で見つかった。

続きはソースで

images

ソース/産経新聞社
http://www.sankei.com/west/news/150812/wst1508120073-n1.html

引用元: 【社会】植物繊維ひも初発見 本体と音を鳴らす舌を結んだか 具体的使い方わかる

植物繊維ひも初発見 本体と音を鳴らす舌を結んだか 具体的使い方わかるの続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
1: 2015/06/20(土) 12:34:47.27 ID:???.net
弥生時代前期のものか 水田と墓の跡 発見 NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150619/k10010120631000.html
【安満遺跡】視点 「近畿でのコメ作り」生々しく伝え(1/2ページ) - 産経WEST
http://www.sankei.com/west/news/150619/wst1506190085-n1.html

画像
http://www.sankei.com/images/news/150619/wst1506190085-p3.jpg
安満遺跡で見つかった弥生時代前期の水田跡=大阪府高槻市
http://www.sankei.com/images/news/150619/wst1506190085-p1.jpg
安満遺跡で見つかった人の足跡=大阪府高槻市
http://www.sankei.com/images/news/150619/wst1506190085-p2.jpg


大阪・高槻市の遺跡から弥生時代前期のものとみられる水田と墓の跡が見つかりました。この遺跡では、これまでに住居の跡も発掘されていて、専門家は稲作とともに定住生活が始まったころの暮らしを物語る貴重な資料として注目しています。

大阪・高槻市の「安満遺跡」で、市の教育委員会が去年9月から発掘調査をしたところ、およそ35メートル四方の範囲から水田の跡が見つかりました。
市の教育委員会によりますと、1つの水田は広さが10平方メートルから60平方メートル余りの長方形で、57枚が確認されました。

幅20センチほどのあぜにより整然と区分され、出土した植物から、およそ2500年前の弥生時代前期のものとみられるということです。
また、近くでは木や土器で作られたひつぎも見つかり、墓だったとみられています。
この遺跡では、これまで、ほりで囲まれた住居の跡、環ごう集落も見つかっていて、高槻市教育委員会によりますと、弥生時代前期とみられる水田と墓、それに住居の跡がそろって見つかるのは全国でも珍しいということです。

弥生時代に詳しい大阪大学の福永伸哉教授は「新しい稲作の文化を持つ人たちがどのように定住し、どんな生活を営んでいたかを知ることができる貴重な資料だ」と話しています。
この調査結果は、今月27日と28日に現地説明会が行われます。

水田・墓・住居の意義 

国内には弥生時代の遺跡が数多くありますが、稲作の技術を手にした人たちが定住生活を始めた弥生時代前期の遺跡で、水田と墓、それに住居の跡がそろって見つかるのは全国でも珍しいということです。
例えば、奈良県田原本町の「唐古・鍵遺跡」は、弥生時代の大規模な集落があったことで知られ、住居や墓の跡が見つかっていますが、弥生時代前期の水田は確認されていません。

また、奈良県御所市の「中西・秋津遺跡」は、弥生時代前期としては国内で最大規模の水田の跡がありますが、そこで暮らした人の住居や墓は見つかっていません。
弥生時代前期の水田と墓、それに住居の3つがそろって見つかったのは、これまで、福岡市博多区の「板付遺跡」など数か所に限られています。

続きはソースで

no title


引用元: 【考古学】弥生時代前期のものか 水田・墓・住居の跡を発見 大阪・高槻市の安満遺跡

弥生時代前期のものか 水田・墓・住居の跡を発見 大阪・高槻市の安満遺跡の続きを読む
スポンサーリンク

このページのトップヘ