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戦艦

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1: 2019/04/20(土) 20:39:17.98 ID:CAP_USER
小型艇などはともあれ、3000トンクラスの艦船で40ノット(約74km/h)を出すとなると、21世紀のいまでも相当速いといえるでしょう。旧日本海軍が駆逐艦「島風(2代目)」で目指したものは、そうしたハイレベルの速さでした。

■艦船の速力はどれくらい?

 艦船の速力は「ノット」という単位で表され、1ノットは1.852km/hに相当しますが、実際のところどれくらいの速さで航行しているのでしょうか。

 一般的なコンテナ船での最高速力は24ノット程度で、現代の軍艦でも30ノット前後が普通です。40ノットが出せるのはジェットフォイルなど一部の高速船に限られ、海上自衛隊のはやぶさ型ミサイル艇でも最高速力は44ノット(81.5km/h)です。船舶にとって40ノットという速力は、ハードルが非常に高いのです。

 40ノットは約74km/hで、クルマではやや速いといったところでしょうか。しかし何もさえぎるもののない海の上を、車の数百倍から数千倍の重さの船がこの速力を出すと、ずっと速く感じます。

 この40ノットに挑戦していたのが、かつての日本海軍です。しかもミサイル「艇」のような排水量200tクラスの小型艇ではなく、1000t以上もあるような駆逐艦の話です。


なぜそんなに速い船が必要だったのでしょうか。

 日本海軍は太平洋戦争のはるか前から仮想敵にアメリカを想定し、太平洋でアメリカ戦艦群との決戦に勝利する方法を研究していました。戦艦同士の決戦を行う前に、アメリカ戦艦戦力を少しでも削っておこうというのが「漸減(ざんげん)作戦」で、軽巡洋艦、駆逐艦で編制された「水雷戦隊」による、戦艦に対する魚雷攻撃は日本海軍の大きな柱でした。駆逐艦の性能を高め、魚雷の威力を高めることが一大目標になります。

 魚雷攻撃を成功させるには、敵艦に先回りして有利な位置に付くことが大切で、日本海軍は俊足駆逐艦の建造に力を注ぎます。1917(大正6)年度に計画された八四、八六艦隊計画で生まれた公試排水量(弾薬定数、燃料・水など消耗品は3分の2状態)1300トンクラスの峯風型では、ついに最高速力39ノット(72.2km/h)を実現し、なかでも峯風型「島風(初代)」は最高速力40.7ノット(75.4km/h)をたたき出します。いまから約100年前の話です。

 ところが、この成果を根底から覆す事故が立て続けに起こります。
https://contents.trafficnews.jp/image/000/027/799/large_190415_shimakaze_04.jpg
https://contents.trafficnews.jp/image/000/027/796/large_190415_shimakaze_01.jpg

https://trafficnews.jp/post/85396

続きはソースで

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引用元: 【速力40ノット強】速い速い駆逐艦「島風」! 旧海軍がスピードを追及した理由と、一点モノで終了のワケ[04/19]

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1: 2019/05/08(水) 04:32:24.27 ID:CAP_USER
■海軍艦艇向け誘導砲弾「エクスカリバーN5」実射試験を完了

2019年5月6日(現地時間)、アメリカ海軍とレイセオンはアリゾナ州の試験場で実施していた誘導砲弾「エクスカリバーN5」の実射試験を終え、満足いく結果が得られたと発表しました。エクスカリバーN5は、野砲(155mm榴弾砲)用として使用されている誘導砲弾「エクスカリバー」の海軍版で、艦艇の主砲として用いられている5インチ(127mm)砲に作られたもの。「N5」は「for Naval 5-inch Gun(海軍5インチ砲用)」を意味しています。
https://otakei.otakuma.net/wp/wp-content/uploads/2019/05/Excalibur_N5.jpg

エクスカリバーは、風の影響などで弾道がそれ、なかなか初弾から命中させるのは難しい火砲に対し、ミサイル並みの精度をもたらす誘導砲弾です。弾体には安定翼がついており、ロックオンされた目標へ向け、GPS誘導で飛翔します。155mm榴弾砲用では、39口径長で40km、52口径長で50km以上の射程距離で、誤差は半径2m以内。従来の無誘導の弾体では、これだけの精度を初弾から出すのはほぼ不可能です。現在まで1400発以上が実戦で使用されています。

 このエクスカリバーを海軍艦艇の主砲である5インチ砲(Mk.45)用に設計し直したものが、エクスカリバーN5です。155mm榴弾砲用と約7割が共通化されていますが、口径が127mmと小さくなるため、誘導装置をコンパクトにまとめると同時に、動かない地面で使う野砲と違い、波で動揺する艦砲という違いも開発の課題でした。
https://otakei.otakuma.net/wp/wp-content/uploads/2019/05/Mk45_Mod4_QuickFact.jpg

続きはソースで

https://otakei.otakuma.net/wp/wp-content/uploads/2019/05/5in_Gun_Fire.jpg

https://otakei.otakuma.net/wp/wp-content/uploads/2019/05/5inch_Gun_Fire.jpg

Excalibur N5 Fired from 5-Inch Naval Gun During Testing
https://youtu.be/70q4ZXkSgJE



https://otakei.otakuma.net/archives/2019050706.html
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※画像はイメージで本文と関係ありません


引用元: 【米海軍】海軍版誘導砲弾「エクスカリバーN5」、野砲用と同じだけの命中精度を実現[05/07]

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1: 2019/03/31(日) 17:00:05.46 ID:CAP_USER
旧日本海軍の軍艦「北上」は、魚雷を片側20本一斉発射可能で、一般的な艦艇の2、3隻ぶんに匹敵する、まさに「重雷装艦」でした。しかも発射するのは秘密兵器「酸素魚雷」。強力な印象がありますが、実際どうだったのでしょうか。

■当たらないならたくさん発射すればいいじゃない

「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」という言葉がありますが、これを魚雷で実際にやろうとしたのが、旧日本海軍の「北上」をはじめとする通称「重雷装艦」です。
https://contents.trafficnews.jp/image/000/027/368/large_190329_kitakami_01.jpg

 太平洋戦争前、日本海軍はアメリカ艦隊に「戦艦同士の艦隊決戦」を挑んで、一気に勝利する戦略を立てていました。しかし、主力となる戦艦戦力はアメリカに劣ります。そこで、決戦前に少しでもアメリカの戦艦を減らしておく方法が研究されます。そのひとつが秘密兵器「九三式魚雷」、すなわち「酸素魚雷」です。砲撃戦が始まる前に遠距離から“雷跡の出ない(後述)”魚雷を打ち込めば、奇襲効果もあり敵を混乱させられます。

 とはいうものの遠距離からの雷撃(魚雷での攻撃のこと)では、命中率は良くありません。それでも雷撃を当てるためには、なるべく多くの魚雷を同時に発射する必要があり、多数の魚雷を扇形に発射する「公算雷撃」という方法が採られます。要は冒頭で触れた「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」です。そこで多数の魚雷発射管を搭載した「重雷装艦」が発想されます。

■ばら撒く魚雷は秘密兵器「酸素魚雷」!

 ところで魚雷といえば、海面に白い航跡(雷跡)を引いて迫る様が映画などで描かれますが、あの白い雷跡の正体は魚雷の排気ガスです。熱走式と呼ばれる魚雷は、燃料と圧縮空気を積んでエンジンを回すので、排気ガスの泡が海面に白い航跡を残します。雷跡を発見されると回避されるかもしれませんし、発射した方向が敵にわかってしまいます。

「酸素魚雷」とは文字通り、圧縮空気の替わりに純酸素を詰め込んだ魚雷です。燃焼効率が良くなって、速力や射程が大きく向上します。また純酸素はエンジンで燃焼すると、排気されるのは二酸化炭素と水分ですので、水に溶けてしまいほとんど排気ガスの泡が出ません。酸素魚雷は高速で長射程、おまけに雷跡を引かないので、発見されにくいという良いことずくめでした。

 しかし、造るのは大変でした。純酸素はとても危険な気体で、不用意に燃料と混ぜればすぐに爆発しました。世界各国で研究されたものの、相次ぐ事故で断念されます。しかし日本は諦めません。いきなり純酸素を燃料と混ぜると爆発しやすいので、苦心の末、普通の空気に純酸素を少しずつ混ぜて純酸素濃度の割合を上げていくという燃焼制御方式を開発し、実用化に成功します。こうして完成したのが「九三式魚雷」です。純酸素の燃焼制御方式は当時、日本海軍の最高軍事機密のひとつで、酸素という言葉すら使わず「特用空気」とか「第二空気」とかよくわからない表現が使われました。

 ともあれ、ばら撒く「魚雷」は用意できています。あとは「重雷装艦」の準備です。
https://contents.trafficnews.jp/image/000/027/369/large_190329_kitakami_02.jpg

https://trafficnews.jp/post/84879 
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引用元: 秘密兵器「酸素魚雷」一斉発射「20発」!? 旧日本海軍の重雷装艦「北上」の一部始終[03/31]

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1: 2018/10/03(水) 15:25:34.59 ID:CAP_USER
■砲塔ひとつ砲身1本のナゼ

 戦車といえば、角ばった車体に履帯(いわゆるキャタピラー)を付けて、砲塔を1個載せているという形でどの国の戦車でも同じです。一方、マンガやアニメでは砲塔を多数載せた、もしくは砲身を複数装備する戦車も存在します。それが現実ではなぜ各国とも単一砲塔に単一砲身という同じ構造に落ち着いてしまったのでしょうか。

そのあいだには、現在では見たことも無いような形の戦車がいろいろと造られています。そのなかのひとつとして、過去「多砲塔戦車」も存在しました。

 多砲塔戦車は文字通り、砲塔を2個以上載せているのが特徴です。砲塔が1個しかなければ、敵が反対から現れた場合、すぐに撃つことができません。しかし2個以上あればあるほど、あらゆる方向をより早く撃つことができます。いうなれば戦艦のように。それならば、砲をたくさん載せた戦艦を小さくしてキャタピラをつけた「陸上戦艦」は最強の戦車になりそうです。

 戦車が発明された第一次世界大戦当時は、地面に掘った塹壕に立てこもって戦うことが多く、攻め手はこの塹壕をどうやって突破するかで苦労しました。解決方法のひとつが戦車で、撃ってくる敵の弾を跳ね返しながら、突撃する味方を援護して敵の塹壕に乗り込んでいくことが戦車の役割でした。

 第一次世界大戦が終わると、各国は戦車が強力な新兵器であることを理解しました。多くの砲や機銃を備えた戦車で敵の塹壕に乗り込んで行ってあらゆる方向に撃てれば、さぞ有利だろうと研究が始まりました。こうして多砲塔戦車は生まれたのです。

■「陸上戦艦」の威力やいかに

 1925(大正14)年、イギリスが世界最初の多砲塔戦車「インディペンデント」を試作します。47mm砲を装備する大型砲塔1個と、機銃装備の小型砲塔を4個、合計5個の砲塔を載せており、その姿は本当に「陸上戦艦」のようでした。

https://contents.trafficnews.jp/image/000/022/470/large_180921_tank_02.jpg
https://contents.trafficnews.jp/image/000/022/469/large_180921_tank_01.jpg


戦艦に見立て、機銃のみを装備した豆戦車(言うなれば「陸上駆逐艦」か)と「陸上艦隊」を編成して演習を行ったりもしました。いかにも海軍国らしい発想です。

 これに影響を受けてドイツ、ソ連、フランス、イギリス、日本と戦車を開発できる工業力のある国はこぞって多砲塔戦車を造りました。ところが実際に造ろうとすると色々問題がありました。回転する砲塔をたくさん載せると構造は複雑になり、手間が掛かって大量生産できない上に高価になってしまいます。また、当時の非力なエンジンでは大きく重い車体はのろのろと動くことしかできません。少しでも軽くしようとすると装甲が薄くなって防御力が弱くなります。車体は大きいのですが個々の砲塔は小さく大きな砲が搭載できません。そして全ての砲塔を動かすために多くの乗員が必要で、車内は窮屈です。

 苦労してできあがった多砲塔戦車は使ってみるとこれまた難物で、多くの乗員がそれぞれの砲塔で別々の目標を狙って射撃するので、ひとりの車長では指揮しにくいことも分かりました。たとえば、ある砲塔の射手は敵を狙うのにもう少し前に前進したいと思っているのに、ほかの目標を狙う別の砲塔ではバックして欲しいと車長に要請するといった具合です。いくら砲や機銃がたくさんあっても車長はひとつの目標にしか注意が向きません。しかも構造が複雑なため、故障もしやすく整備も面倒でした。

イギリス陸軍の「陸上艦隊」は見かけこそ派手でしたが、研究の結果「実戦向きではない」と判定されてしまいます。結局イギリスはこの面倒くさい多砲塔戦車を「インディペンデント」の試作車1台のみで放棄してしまいました。

■多砲塔戦車大国・ソ連の場合

 一方、ソビエト連邦(ソ連)は多砲塔戦車をあきらめず、T-28という多砲塔戦車を503両造って実戦配備します。
https://contents.trafficnews.jp/image/000/022/474/large_180921_tank_06.jpg
https://contents.trafficnews.jp/post_image/000/030/245/large_180921_tank_07.jpg

続きはソースで

乗りものニュース
https://trafficnews.jp/post/81585
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引用元: 【軍事技術】戦車の砲はなぜひとつ? 多砲塔戦車が廃れ単砲塔単砲身に落ち着くまでの紆余曲折とは[10/03]

戦車の砲はなぜひとつ? 多砲塔戦車が廃れ単砲塔単砲身に落ち着くまでの紆余曲折とはの続きを読む

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1: 2018/04/17(火) 13:06:20.90 ID:CAP_USER
【4月13日 AFP】
第2次世界大戦(World War II)の大半を通して、連合軍の爆撃機は旧ドイツ軍最大の戦艦ティルピッツ(Tirpitz)を撃沈しようと何度も攻撃を試みた。
ティルピッツを「野獣」と呼び習わしていた当時のウィンストン・チャーチル(Winston Churchill)英首相はその存在を大きな脅威とみなしていた。

 ティルピッツは1944年の後半についに撃沈されたが、連合軍がなぜそこまでこの戦艦を攻めあぐねていたかについて、その理由を明らかにしたとする樹木の専門家チームが11日、欧州地球科学連合(EGU)総会で研究結果を発表した。

「物語は年輪に刻まれていた」と、独ヨハネス・グーテンベルク大学(Johannes Gutenberg University)の研究者クラウディア・ハートル(Claudia Hartl)氏は述べる。

 第2次大戦の戦いの思いも寄らない痕跡が発見されたのは2016年夏、ハートル氏が学生らを引率し、ノルウェー北部沿岸にある数十のフィヨルドの一つ、コーフィヨルド(Kafjord)周囲の森林で所定の調査を行っていた時だった。

 ハートル氏は、AFPの取材に「研究室に戻り、年輪を計測したところ、幅が非常に狭く、中には幅がほとんどないものもあることが分かった。それが1945年の年輪だった」と話す。

 これは、森林が環境の大異変に見舞われたことを意味している。
「原因は何か、という疑問が湧き上がったのは言うまでもない」と同氏。

 当初は昆虫の侵入を疑ったという。
しかし、20世紀半ばにこの種の環境的な打撃をもたらした可能性のある昆虫がスカンジナビア(Scandinavia)北部に存在したことは知られていない。

 今回の研究に参加した米ミネソタ大学(University of Minnesota)環境研究所(Institute on the Environment)の地理学者、スコット・セント・ジョージ(Scott St. George)氏はAFPの取材に「ノルウェー北部トロムソ(Tromso)を拠点とする地元の科学者と話をして初めてティルピッツとの関係に気が付いた」と話した。

続きはソースで

(c)AFP

画像:旧ドイツ軍の戦艦ティルピッツ
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/e/f/700x460/img_efac274f0e1e40ac310cf151a0d7069e142376.jpg
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http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/9/9/1000x/img_9975a97158747dd3b8dcc02665a91d6e331932.jpg
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/8/e/700x460/img_8ebc4b81344643f70c31f251bc126e89375034.jpg
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/8/b/120x/img_8be61a83b7ff22d15416affea17be64f86808.jpg

AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3171127
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引用元: 【環境】木の年輪に第2次世界大戦の旧ドイツ軍最大の戦艦ティルピッツの人工霧の「爪痕」、北欧の森林で発見[04/13]

木の年輪に第2次世界大戦の旧ドイツ軍最大の戦艦ティルピッツの人工霧の「爪痕」、北欧の森林で発見の続きを読む

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1: 2018/03/10(土) 12:01:12.80 ID:CAP_USER
■先の大戦当時、史上最大の超弩級戦艦として世界を驚愕させた戦艦武蔵が、46センチ主砲を発射した瞬間をとらえた貴重な写真が見つかった。
武蔵の初代砲術長、永橋爲茂大佐のご遺族よりiRONNA編集部に提供していただいた1枚の写真からは
、当時の日本人の技術力の高さがうかがい知れる。

史上最強の超弩級戦艦として世界が驚愕した戦艦武蔵の46センチ主砲はどれほどの威力があったのか。
歴史ファンであれば、誰もが一度は気になっていたであろう、その主砲が火を噴く瞬間をとらえた貴重な写真が見つかった。
これまで、姉妹艦の「大和」も含めて、大和型戦艦といわれる武蔵と大和の主砲が発射された記録写真は確認されたことがない。

今回見つかった写真は、世界最大の46センチ主砲の威力と当時の日本の技術力をうかがい知ることができる貴重な史料であり、まさに歴史に残る新発見といえよう。

 この写真を保管していたのは、昭和17年8月に完成した武蔵の初代砲術長を務めた永橋爲茂(ためしげ)大佐の次男、爲親(ためちか)さん(85)。横須賀海軍砲術学校の教官を務めていた永橋大佐は昭和16年11月、建造前の武蔵名称「第二号艦」の艤装員を命ぜられ、建造中の艦乗組員として従事した。

当時、武蔵の建造は帝国海軍の最重要機密とされ、海軍内部でも徹底的に情報統制が敷かれた。
このため、永橋大佐はいったん軍籍が離脱扱いとなり、三菱重工長崎造船所内の「有馬事務所」で勤務している民間人として、造船所で働いていた。

 翌年8月に武蔵が完成すると、正式に砲術長に就任。これまで戦艦「陸奥」や「金剛」の砲術長も歴任していたが、武蔵は想像を絶する巨大戦艦だったこともあり、他の乗員とともに訓練に明け暮れる日々だったという。
 「武蔵が完成する直前のことだったと思いますが、父が何の前触れもなく突然、逗子(神奈川県)の自宅に帰ってきたんです。
それから兄と私を連れて伊勢(三重県)の皇大神宮を参拝しましたが、そのときの父は持参した風呂敷包みをとても大事そうに神棚に上げていたのを覚えています。

武蔵の艦内にあった艦内神社のお札をもらって武運を祈るのが目的だったんでしょうね」。爲親さんはそう振り返る。
 爲親さんによると、46センチ主砲を発射した際の爆風の威力を調べる実験では、甲板に置いたモルモットやウサギの内臓が飛び出すほどの威力があったとされ、「まるで大地震に遭ったぐらい艦船が揺れたと、父も46センチ主砲のケタ違いの威力に大変なショックを受けているようだった」という。

 爲親さんが保管していた写真は、横10・5センチ、縦7・5センチのモノクロ。
武蔵が左舷に向けて発砲する様子を艦尾側から撮影したとみられるが、撮影場所や日時は不明。
海軍の記録によれば、武蔵は最大幅が約40メートルあったが、主砲から出た砲煙はその倍近くに達しており、さらに爆風による衝撃波で150メートルほど先まで海面が波打っていることが分かる。

続きはソースで

画像:主砲を発射する戦艦武蔵
http://ironna.jp/file/47b33c39b850459d78db0790748ae75a.jpg

オピニオンサイトiRONNA
http://ironna.jp/theme/390 
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引用元: 【歴史】史上最大の超弩級戦艦として世界を驚愕させた戦艦武蔵の46センチ砲と日本人の技術力[03/10]

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