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文献

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1: 2016/04/23(土) 10:00:25.44 ID:CAP_USER.net
<東大寺東塔跡>「七」文字入り瓦…「七重を補足する資料」 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160423-00000010-mai-soci
【動画】東大寺の東塔跡で「七重塔示す」瓦が大量出土 - 産経WEST
http://www.sankei.com/west/news/160422/wst1604220091-n1.html


 東大寺(奈良市)の東塔跡を発掘している同寺などの調査団は22日、中央に「七」の文字がある鎌倉時代の軒丸瓦が20枚以上出土したと発表した。文献では、東塔は高さ70~100メートルの巨大な七重塔とされ、調査団は「七重を示すデザインだろう。文献を補足する貴重な資料」としている。

 東塔跡では、境内整備に伴う昨年7~12月の発掘で創建時の奈良時代の基壇、再建された鎌倉時代の基壇の跡を確認。屋根に載せられていた軒丸瓦はその際に出土し、直径約15センチで蓮華(れんげ)文の中央に「七」とあった。いずれも同じ鋳型で、再建時の13世紀初頭の製作とみられる。

 東塔は平安時代末の平氏による焼き打ちで焼失。大勧進職の僧、重源(ちょうげん)が再建に着手し、臨済宗開祖である栄西の手を経てその弟子、行勇が1238(嘉禎4)年ごろ完成させた。

 八角九重塔があったとされる京都市の法勝寺跡で2010年に「九」を記した瓦片が出土し、この塔も栄西が再建に携わっている。

 調査団は東大寺の「七」の瓦は栄西が作らせたとみており、団長の鈴木嘉吉・元奈良文化財研究所長(建築史)は「重源は梵字(ぼんじ)入りの瓦を作らせており、数字瓦は栄西の個性だろう。東塔再建に栄西が深く関わっていたことも示す興味深い発見だ」としている。

ダウンロード (3)
 

引用元: 【考古学】東大寺の東塔跡で「七重塔示す」瓦が大量出土

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1: 2016/02/09(火) 18:06:25.31 ID:CAP_USER.net
【プレスリリース】宮崎市本野原遺跡出土のゴキブリ卵鞘圧痕とその種同定 - 日本の研究.com
https://research-er.jp/articles/view/43229


1.発見の経緯と目的

 コクゾウムシ圧痕が検出されたとの情報を得て、3,000 点あまりの土器が報告されている遺跡であることから、報告土器とバックグラウンドの土器での圧痕検出率にどのような差がでるのかを検証する目的で調査を開始した。
調査の結果得られた圧痕レプリカの整理中にゴキブリ卵鞘と思われるレプリカ 2 点を検出した。


(中略)


6.結 果

 検出した圧痕はいずれも長さ 10mm~11mm ほどの細長いがまぐち形の形状をもち、縫合線は側面上部で観察できるが、刻みをもつ部分(側辺の縫合線)は土器壁より外部に露出していたためか、レプリカでは欠落している。
MNB0488 圧痕では縫合線の下部にあたる部分に緩やかな突起が 8 個並列しているのが観察できる(図 3・8)。その他の部分はほぼ平滑な面をなしている。

 上記の 9 種の卵鞘のうち、がまぐち形で縫合線下部に並列する膨らみをもつものは、ヤマトゴキブリ、ワモンゴキブリ、クロゴキブリ、トビイロゴキブリの 4 種のみである。
チャバネゴキブリは小判のように多数の細い縦縞があり、野外型のモリチャバネゴキブリの卵鞘も同様の表面組織をもつ。
キョウトゴキブリはやや湾曲した平面形をもち、フリル状の突起が表面を覆うことから、これらは除外される。ルリゴキブリは全体的な形が圧痕とはまったく異なる(図 6)。

 先の候補 4 種のうち、全体形が類似するのはクロゴキブリとトビイロゴキブリであり、平面形(実際は側面かもしれない)はシンメトリーではなく、片側側辺は上下均等であるが、もう一方はやや下方が膨れる点などもよく似ている。
突起の形もヤマトゴキブリとワモンゴキブリが円形に近いのに対し、上記 2 種は長楕円であり、圧痕例と類似する。
断面写真(図 7)をみると、この膨らみの数はほぼ片側の莢に収まっている卵の数に符合する。MNB0488 の場合、現状では 8 個しか観察できないが、復元すると 11 個になる。
上記 2 種の卵の数と全体の長さを比較してみると、クロゴキブリの場合、突起の数は 12 個、卵数は 22~26(22~28)個である。
トビイロゴキブリの突起の数は 14 個で、卵数は(24~27)個である(表 1)。
圧痕例の推定される卵の数は 22 個前後であり、12mm に近い卵鞘のサイズの点からもクロゴキブリの卵鞘が圧痕卵鞘にもっとも近い(図 8)。

 よって、今回検出した圧痕卵鞘はクロゴキブリ Periplaneta fuliginosa (Serville)の卵鞘であると判断した。

7.考 察 

 クロゴキブリ Periplaneta fuliginosa (Serville)は、現在は日本全国に分布するが、おもに本州中部以南、四国、九州に多い。
北米や中国中部にも分布する。幼虫で休眠して、越冬する温帯性の種であり、ヤマトゴキブリよりは暖地性である。卵(鞘)の越冬も観察されている。
5~10 月に産卵を続ける。成長が遅く、1 世代が足掛け 2 年ないし 3 年で成虫となる(辻 2003)。

 クロゴキブリは中国南部を原産地にもつ外来種と理解されている(安富・梅谷 2000,鈴木 2013)。
江戸時代(18 世紀)の大阪周辺や九州では文献や絵画上に表現されており,このころ堺の港を通じて日本へ入ってきて定着していたと推定されている(小西 1983)。
それ以前の平安時代の文献に現れるゴキブリは在来種のヤマトゴキブリと推定されている(小西 1983)。
それ以外の現在日本の屋内に普遍的なゴキブリの原産地はアフリカと考えられている(安富・梅谷 2000)。

詳細・続きはソースで

ダウンロード


引用元: 【考古学】縄文時代の家屋にゴキブリが存在したことを初めて立証 宮崎市本野原遺跡出土のゴキブリ卵鞘圧痕とその種同定

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1: 2015/04/19(日) 22:16:09.71 ID:???*.net
http://mainichi.jp/graph/2015/04/19/20150419k0000e040133000c/001.html

米文献情報会社トムソン・ロイターは、過去11年間に数多く引用された科学論文の数について、日本国内の研究機関のランキングを発表した。総合1位は2年連続で東京大だった。STAP細胞論文不正が問題となった理化学研究所は総合で4位、分野別ではSTAP細胞研究も含まれる分子生物学でトップになった。

 ランキングは、2004年1月~14年12月に、引用数が世界の上位1%に入る論文(高被引用論文)を分析したもの。東大は計1311本に上った。総合トップ10のうち7機関が国立大で、他は独立行政法人(現・国立研究開発法人)の理研、産業技術総合研究所、物質・材料研究機構の3機関だった。

続きはソースで

00

【藤野基文】

http://mainichi.jp/select/news/20150419k0000e040133000c.html

引用元: 【科学】論文引用:分子生物学1位、理研 東大が総合トップ

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1: 36-202@一般人φ ★ 2013/08/17(土) 16:34:15.19 ID:???

 「世界最高気温は1921年7月8日、イラクのバスラで観測された58.8度」。長らく日本国内で知られたこの記録は、1922年の英気象学会誌に報告された「カ氏128.9度(セ氏53.8度)」が、34年に日本で出版された「気象学」(改稿版)に「58.8度」と間違って記載され、その後広まった可能性が高いことが分かった。

 気象庁気象研究所の藤部文昭環境・応用気象研究部長が文献をたどって調査し、日本気象学会の機関誌「天気」に発表した。
 「気象学」の著者は、中央気象台(現気象庁)の台長を務めた岡田武松氏(故人)。藤部さんは「状況証拠から誤記が疑われる。記録の出典を書いておいてほしかった」と話している。
 調査のきっかけは、世界気象機関(WMO)が昨年9月、世界最高気温について「1922年9月13日に
リビアのアジジアで58.0度を記録したのは観測ミスで、13年7月10日に米カリフォルニア州デスバレーで観測した56.7度が公式記録」と発表したことだった。

 しかし、日本では「気象年鑑」(気象業務支援センター発行、気象庁監修)で2007年版まで「バスラ58.8度」と記載されていた。インターネットの無料百科事典「ウィキペディア」も「気象庁の記録だとイラクのバスラ」として58.8度としている。

 お天気キャスターの森田正光さんがブログでバスラの記録は「なんだったのだろう」と疑問を呈し、藤部さんも出典が気になった。

 調査の結果、海外では1922年の英気象学会誌にウォルター・クレメンス氏がカ氏128.9度と報告したのが、25年にドイツの科学誌でフォン・G・ヘルマン氏によってセ氏53.8度と引用されたことが判明。

 国内では、34年に出版された「気象学」改稿版で「バスラでは、1921年7月8日に最高温度の58.8度が観測された。此地(このち)は高温多湿であって、炎暑が堪へ難い」と記されていたのが、最も古かった。

 欧米の文献では「バスラ58.8度」との記録は見当たらず、他の国内文献の記述の変遷からも、藤部さんは53.8度が58.8度と間違って記され、その後独り歩きした疑いがあると結論付けた。
 日付にも問題があり、英気象学会誌のグラフでは最高気温を記録したのは7月の15日と17日だった。
8日は一日の最低気温が最も高かった日だった。
 藤部さんは「海外の極端な観測値は信頼性がはっきりしないことがある。1位の数値にこだわるより、
高温の目安を知ることが大事との意見もあるが、気温の世界記録は子どもも興味を持つ身近な話題であり、信頼性を確かめておくことは意味があるだろう」と語っている。

▽画像 気象年鑑」(2007年版)の「世界最高58.8度バスラ、イラク」のページを示す気象庁気象研究所の藤部文昭さん
=15日、茨城県つくば市の気象研究所
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http://www.jiji.com/news/kiji_photos/0130817at39_p.jpg

▽記事引用元 時事通信(2013/08/17-14:54)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2013081700142

依頼がありました
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1371639636/202



【気象】日本で有名な世界最高気温「バスラ58.8度」は誤記か?/気象研の続きを読む
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