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狩猟採集

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1: 2018/10/02(火) 13:52:39.68 ID:CAP_USER
インド西部マハラシュトラ州で、数万年前に岩に刻まれたとみられる絵が発見された。考古学者らは、これまで知られていなかった文明の証拠なのではと胸を躍らせている。BBCマラーティー語のマユレシュ・コンヌールが取材した。

岩に刻まれた文字や絵をペトログリフと呼ぶ。マハラシュトラ州のコンカン地域の丘の上で、数千ものペトログリフが見つかった。

ラトナギリやラジャプールなどで見つかったペトログリフの大半は、平らな岩山に刻まれている。数千年にわたり、誰にも気付かれずに残っていた。

ほとんどのペトログリフは土や泥の層の下に隠れていたが、地表面にあらわになっているものもあった。地域によっては、聖なるものとして地元住民に祭られていたと考えられている。

動物から鳥、人間、そして幾何学模様まで、刻まれた絵は実に多彩で、専門家を驚かせた。

描かれた方法や、他の地域で見つかったものとの類似性から、今回見つかったペトログリフは先史時代のもので、今までに見つかった最古ののかもしれないと専門家たちはみている。

マハラシュトラ州政府の考古学部門を統括するテジャス・ガルゲ氏はBBCに対し、「調査してまず最初に、紀元前1万年ごろのものだと推理した」と説明した。

ペトログリフの発見は、スディル・リスブード氏とマノジ・ナラセ氏率いる探険家グループによるところが大きい。2人はこの地域でいくつかのペトログリフを見つけたのを機に、本格的な調査に乗り出した。

多くのペトログリフは集落の寺院内にあり、地元の民間伝承の一部になっている。

「何千キロも歩いた。色々な人が写真を送ってくれるようになったし、ペトログリフを見つけるために学校に協力を仰いだりもした。

続きはソースで

(英語記事 Prehistoric art hints at lost Indian civilisation)
https://www.bbc.com/news/world-asia-india-45559300

https://ichef.bbci.co.uk/news/976/cpsprodpb/68C8/production/_103642862_forbbconly.jpg
https://ichef.bbci.co.uk/news/660/cpsprodpb/B6E8/production/_103642864_forbbconly.jpg
https://ichef.bbci.co.uk/news/660/cpsprodpb/8FD8/production/_103642863_forbbconly.jpg
https://ichef.bbci.co.uk/news/660/cpsprodpb/DDF8/production/_103642865_forbbconly.jpg
https://ichef.bbci.co.uk/news/660/cpsprodpb/10508/production/_103642866_forbbconly.jpg
https://ichef.bbci.co.uk/news/660/cpsprodpb/12C18/production/_103642867_forbbconly.jpg

BBCニュース
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-45703857
images (1)


引用元: 【考古学】失われた文明の痕跡? 岩に刻まれた絵、サメやクジラも インド[10/01]

失われた文明の痕跡? 岩に刻まれた絵、サメやクジラも インドの続きを読む

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1: 2018/07/18(水) 18:02:03.94 ID:CAP_USER
ヨルダンでおよそ14,400年前のパンのかけらが見つかった。人類が農耕を始める4,000年も前の話だ。
いままで発見されたパンとしては世界最古なうえに、
人類は農耕文化を築き上げる前からすでにパンを食べていたことを裏付ける貴重な手がかりとなりそうだ。

ヨルダンの首都アンマンから北東の方角に130キロメートルほど離れたShubayqa 1遺跡。
そのかまどの底で発見された24片のパンはいずれも数ミリにしか満たないかけらばかりで、焦げて炭のようになっていた。
それらを強力な電子顕微鏡で調べた結果、
今でも中東やインドなどで食べられている平たい円形のパンの一部だったことが判明したそうだ。

Shubayqa 1遺跡にはナトゥフ文化と総称される狩猟採集民が暮らしていたことがわかっており、
パンが作られた時代にまだ農耕は始まっていなかった。このことから、
Shubayqa 1に住んでいた中石器時代人はおそらく野生の穀物類を採取し、脱穀してから粉を挽き、
それに水分をくわえてこねてからかまどで焼いていたと考えられる。

品種改良が重ねられた現代のパンコムギに比べたら、その祖先であるヒトツブコムギ、
カラスムギやオオムギの作物近縁野生種(crop wild relative)は穂が短く、粒も小さくて実りが少なかった。
それを野山で摘み取ってふるいにかけ、粉にしてからパンを作る一連の作業は、
おそらく現代の常識で考えたら恐ろしく手間がかかったに違いない。

これだけの手間をかけてでもパンを作りたかった背景には、おいしさや食べやすさはもちろんのこと、
なにか特別な食べ物として重宝されていた可能性が高いという。

続きはソースで

https://dps68n6fg4q1p.cloudfront.net/wp-content/uploads/2018/07/17155122/1800x1505_oldestbread_microscopy.jpg
■パンが見つかったかまどの跡
https://dps68n6fg4q1p.cloudfront.net/wp-content/uploads/2018/07/17155016/1500x998_oldestbread_hearth.jpg
https://dps68n6fg4q1p.cloudfront.net/wp-content/uploads/2018/07/17165627/1280x851_oldestbread_bread.jpg

https://www.discoverychannel.jp/0000028391/
ダウンロード


引用元: 【考古学】〈画像〉ヨルダンの遺跡から世界最古のパン発見、農耕が始まる4千年も前から人類はパン好きだった[07/18]

〈画像〉ヨルダンの遺跡から世界最古のパン発見、農耕が始まる4千年も前から人類はパン好きだったの続きを読む

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1: 2018/04/14(土) 09:02:44.51 ID:CAP_USER
スウェーデン南部エーランド島のSandby borgで1500歳の玉ねぎが見つかった。The Localが報じた。

発見したチームによると、これは島とローマ帝国に貿易関係があったことを示している。

1000年ほど前にエーランド島には狩猟採集民が住んでいた。これは、2014年には島に関心を抱いた考古学チームが発見したものが示している。それからこの島では◯戮によって亡くなった14人の化石が発見されている。

続きはソースで

https://pbs.twimg.com/media/DahISLIX4AAOYf5.jpg
https://twitter.com/archaeologymag/status/984128965571788800/photo/1
https://jp.sputniknews.com/science/201804144779379/
images


引用元: 【野菜】スウェーデンで1500年前のタマネギが見つかる

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1: 2018/02/18(日) 02:42:43.59 ID:CAP_USER
【2月15日 AFP】
マレーシアで、これまで存在が知られていなかった先住民言語が見つかった。
「ジェデク(Jedek)」と呼ばれるこの言語は、男女が平等に扱われ、暴力もほとんどない生活様式を反映しているという。
これを受け活動家らからは、先住民保護の強化を求める声が上がっている。

 スウェーデン・ルンド大学(Lund University)の言語学者チームは、既知の言語であるジャハイ(Jahai)語の調査のためにマレーシア東部クランタン(Kelantan)州遠隔地の森林地帯にある村々を訪れ、さまざまな集団のデータを収集していた際、多くの人々が違う言葉を話していることに気づいた。

 この地域では人々が杭上に建てられた木製家屋に住み、狩猟採集生活を営んでいる。

続きはソースで

(c)AFP

関連ソース画像
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/6/0/1000x/img_605410eb780d27f9c157cb7da94a4848201969.jpg
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/c/a/320x280/img_cab2cecfee8619f5eb49257847825df3255628.jpg

AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3162470

images


引用元: 【言語学】マレーシアで未知の言語発見 男女平等・平和な社会を反映[02/15]

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1: 2016/03/31(木) 07:37:08.07 ID:CAP_USER.net
日本先史時代における暴力と戦争 - 国立大学法人 岡山大学
http://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id383.html
http://www.okayama-u.ac.jp/up_load_files/press27/press-1603330.pdf


 山口大学国際総合科学部の中尾央助教、岡山大学大学院社会文化科学研究科の松本直子教授らの共同研究グループは、縄文時代の受傷人骨データから暴力による死亡率を算出し、世界各国の先史・民族文化と比較しました。その結果、縄文時代には、暴力による死亡率は極めて低かったことが明らかになりました。これは、人間の本能がそのまま戦争につながるという長年の国際的主張に再考を迫るものです。なお、本研究成果は3月30日、英国の科学雑誌「Biology Letters」に掲載されました。

今回の成果の骨子は次の通りです。
(1)約1万年におよぶ縄文時代の受傷人骨データを網羅的・体系的に収集し、暴力による死亡率を初めて数量的に算出した。

続きはソースで

images (1)


引用元: 【考古学】日本先史時代における暴力と戦争 縄文時代には、暴力による死亡率は極めて低かった

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1: 2015/03/06(金) 22:17:00.40 ID:???.net
掲載日:2015年3月6日
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20150305/438058/

画像
4500年以上前にドイツ中部で埋葬された男性の人骨。この後、東欧から移住した考えられる集団とは、共通の祖先を持たないことがわかった。(PHOTOGRAPH BY JURAJ LIPTAK, LDA SACHSEN-ANHALT)
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20150305/438058/ph_thumb.jpg

 ヨーロッパ大陸全域で話されている言語のルーツはどこにあるのか。このほど行われたDNA分析で、約4500年前、現在のロシアとウクライナにまたがる草原地帯から移動してきた牧畜民が使った言語がルーツとする説が発表された。

 長く狩猟採集が続いた先史時代のヨーロッパで、農耕が始まったことは画期的な出来事と位置付けられている。
ヨーロッパでの農耕は、東方の農耕する集団がヨーロッパへ移動したことから始まったとされる。

 ところが2015年3月2日、科学誌「ネイチャー」に、ヨーロッパへの集団の大移動は1度だけではなく、2度あったとする研究論文が発表された。この説では、最初の集団の移動は新石器時代に現在のトルコにあたるアナトリアからのもの、そして第2波は4000年後、現在のロシアに当たるステップ地帯から中央ヨーロッパへの大移動だったという。そして英語を含むヨーロッパ言語の基礎になったのは、ステップ地帯から移動した集団がもたらした言語だというのだ。

 論文の共著者で、ハーバード大学医学大学院の遺伝学者ヨシフ・ラザリディス氏は、「ヨーロッパに最初にやってきた人々は狩猟採集民でした。そこへ農耕民がやってきて狩猟採集民と混ざり合いました。その後、東から新たな集団がたくさん移動してきたのです」と語る。

 今回、第2の大移動があったことが明らかになったのは、ラザリディス氏らの研究チームが現代ヨーロッパ人の起源を解明しようと、ヨーロッパの古代人69人の骨から採取したDNAを調べたことがきっかけだった。標本となった古代人の人骨は3000~8000年前までと幅広いもの。標本同士だけでなく、現代ヨーロッパ人との間でもDNAが比較された。

 調査の過程で、古代の狩猟採集民と新石器時代に流入した農耕民の痕跡が見つかった。これは、これまでの説を裏付けるもので、予想通りだった。ところが彼らを驚かせたのは、約4500年前、ロシアとウクライナにまたがる平地や草原からの大集団が移住したことを示す痕跡が見つかったからだ。予想だにしない結果だった。

|ヨーロッパへの
|集団移動は2段階

 数千年間、狩猟採集民の小集団が暮らしていたヨーロッパ大陸に、初めて変化が起こったのは、約8000年前のこと。
アナトリアから北上した農耕民が、新しい技術と生活様式をヨーロッパにもたらし、現在の定住生活の基礎を築く。
考古学者の間では、この出来事を「新石器革命」と呼んでいる。

 その数千年後に、再び外からヨーロッパ大陸に人類の大移動があったことを決定づけたのは、ある2つの集団のDNAに多くの共通性が見られたため。1つは黒海の北岸で見つかった5000年前の人骨で、考古学で「ヤムナ」と呼ばれる集団に属するものだった。もう1つは、約4500年前に現在のドイツ中部ライプチヒ近郊で葬られた4人の人骨だ。
こちらは「コーデッドウェア文化」に属する人々だった(「コーデッドウェア」とは、ヨーロッパ北部で広範囲にみられる当時の土器の特徴的な文様のことで、それにちなんでこう呼ばれる)。

 ヤムナ文化に属する集団と、コーデッドウェア文化に属する集団の間には、500年の開きがある。さらに地理的にも1600キロは離れている。それにもかかわらず、両者は判明できた部分で75%(おそらくは100%)共通の祖先をもつと考えられたのだ。論文の著者の1人で米ハートウィック大学の考古学者デビッド・アンソニー氏は、「両集団の間には、直接の遺伝的関連がみられる」と話す。「控えめに言っても、近い親類だということです」

 そして、着目すべきは、コーデッドウェア文化に属する人のDNAが、それより数千年前の現在のドイツにあたる地域に暮らしていた農耕民のDNAと共通性が認められなかったことのほうだろう。つまり、これは過去に「侵略」と言ってもいいほど劇的なヨーロッパへの流入があったことを示す証拠だ。「集団が丸ごと入れ替わったと言っても過言ではない出来事だったのではないでしょうか」とラザリディス氏は考えている。

続きはソースで 

01

<参照> 
Welcome 
http://genetics.med.harvard.edu/reich/Reich_Lab/Welcome.html 

Massive migration from the steppe was a source for Indo-European languages in Europe : Nature : Nature Publishing Group 

引用元: 【遺伝学/比較言語学】ヨーロッパ諸語のルーツは東欧。DNA分析で判明 論争に終止符を打つ新発見となるか

ヨーロッパ諸語のルーツは東欧。DNA分析で判明 論争に終止符を打つ新発見となるかの続きを読む
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