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石器

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1: 2014/07/04(金) 21:18:04.29 ID:???.net
現生人類は多様な種から進化?
Dan Vergano, July 4, 2014

 石器、大きな脳、歩行のための長い脚。これらの人類の特徴は、数百万年前のアフリカにおいて、複数種の先行人類のあいだで異なる時期に出現した。つまり、これまで考えられていたように同一種から一気に進化したのではないとする新説が発表された。

岩の上に置かれたアフリカの先行人類アウストラロピテクス・セディバ(セディバ猿人)の頭蓋骨。
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_images/australopithecus-sediba-genus-homo-01_81454_990x742_600x450.jpg

 200万年以上前、東アフリカで森林の後退とサバンナの拡大が進んだ。それに伴い、人類の祖先である類人猿は二足歩行を開始し、自由になった両手で道具を作り始めるなど、陸上での暮らしに適応していった。

 しかし、長らく支持されてきたこの学説を覆す新たな説が発表された。「Science」誌に掲載された報告書には、湿潤な環境から乾燥した環境に次第に移り変わっていったのではなく、気候変動が繰り返されたことによって、ヒト属が出現することになったと述べられている。

 新しい化石証拠が発見されたこと、そして200万年以上前のアフリカで約2万年にわたって湿度の乱高下が続いていた事実が明らかになったことで、ホ◯・エレクトスの誕生に関する定説が覆されることとなった。

 大きな脳、現生人類と同じ体型、石器の利用といった特徴を持つ初期人類であるホ◯・エレクトスに先行する系統は、決して安定した進化を遂げたわけではない、と論文は述べている。250万~150万年前、アフリカでモンスーン・サバナ気候の拡大のパターンが頻繁に変化するなか、少なくとも3種の初期人類が寄せ集め状態で暮らしていたというのだ。

「幸運だったと言うほかない」とニューヨークのウェンナー・グレン財団の古人類学者、レスリー・アイエ◯(Leslie Aiello)氏は述べている。「環境の変化にきちんと適応するように進化していったのだから」。

◆実力より運
 論文によれば、当時存在した先行人類のホ◯・ルドルフエンシス(ケニアにあるルドルフ湖(現在の名称はトゥルカナ湖)という湖にちなんでこの名がつけられた)とホ◯・ハビリス(ラテン語で“器用な人”)は、頭蓋骨、歯、顎の形状がホ◯・エレクトスと共通しているという。このことは、複数種の先行人類のあいだに“人類”固有の特徴が不意に出現したことを示唆している。

 また論文では、南アフリカ共和国で発見されたアウストラロピテクス・セディバ(セディバ猿人)についても触れている(ナショナル ジオグラフィック協会の探検家リー・バーガー(Lee Berger)が発見)。アウストラロピテクス・セディバは約198万年前に存在した二足歩行種で、サルのような腕と小さな脳を持つ一方で、小さな歯といった人類固有の特徴も兼ね備えている。

 このような発見は、より大きな脳と、小さな歯、完全二足歩行といった人類固有の特徴の進化が250万~150万年前に多くの初期人類種のあいだで前進と後退を繰り返しながら進んだことを示すものだ、と論文は述べている。(>>2以降につづく)

ソース:ナショナルジオグラフィック ニュース(July 4, 2014)
現生人類は多様な種から進化?
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20140704002

原論文:Science
Susan C. Anton, Richard Potts, Leslie C. Aiello. Evolution of early Homo: An integrated biological perspective.
http://www.sciencemag.org/content/345/6192/1236828

プレスリリース:Smithsonian(July 3, 2014)
Smithsonian Scientist and Collaborators Revise Timeline of Human Origins
http://newsdesk.si.edu/releases/smithsonian-scientist-and-collaborators-revise-timeline-human-origins

引用元: 【古人類学】初期ホモ属の進化と気候変動の関係が解明された

初期ホモ属の進化と気候変動の関係が解明されたの続きを読む

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1: 2014/09/05(金) 07:34:12.14 ID:???.net
ネアンデルタール人による彫刻を発見か
Dan Vergano, September 2, 2014

 イベリア半島、南東端のイギリス領ジブラルタルで、3万9000年以上前のネアンデルタール人が苦灰岩(くかいがん)に刻んだと考えられる抽象的なパターンが発見された。
その後の最新の研究から、現生人類しか持たないとされていた抽象的な思考能力を、彼ら旧人が既に備えていたのではないかという可能性が生まれている。

ネアンデルタール人が刻んだとされるパターン。現生人類以外の手による抽象的なデザインとしては初めての発見になる。
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_images/83203_990x742-cb1409345827_600x450.jpg

 ネアンデルタール人は現生人類に最も近い近縁種で、その遺伝的痕跡が引き継がれている。およそ4万年前にヨーロッパ地域から姿を消したと言われているが、これは初期の現生人類がヨーロッパに到達した時期とほぼ一致する。

 ネアンデルタール人が駆逐された要因の1つと考えられてきたのが、現生人類が備えていた抽象的な思考能力と言語だ。しかし、ジブラルタルの洞窟で発見された網目状のパターンは、彼らにも芸術性や同様の能力があった事実を示唆している。

 研究グループを率いたジブラルタル博物館のクライブ・フィンレイソン(Clive Finlay-son)館長は、当時の様子を語る。「現実を目の前にして、すぐには受け入れられないほどの衝撃だった。これがアートなのか落書きなのかはわからないが、抽象的な模様であることだけは確かだ」。

 現場は海岸近くのゴーラム洞窟(Gorham's Cave)で、入り口から100メートルほどの小さな岩棚から発掘されたという。ゴーラム洞窟はネアンデルタール人の住居として知られ、一帯にはシカなどの獲物が数多く生息していたが、ハイエナなどの捕食動物も少なくなかったと考えられている。

◆“抽象的思考能力”を示す証拠が争点

 初期の現生人類による“洞窟美術”はヨーロッパ各地で発見されており、アフリカには7万5000年前に貝製のビーズを取り引きしていた痕跡も残されている。一方、ネアンデルタール人は、弱者へのいたわりや死者の埋葬習慣はうかがわせるが、装飾が施された遺物はほとんど残していない。

 彼らの抽象的な思考能力の有無は、数々の証拠を基に大きな論争となっている。スペインのエル・カスティージョ洞窟で発見された、およそ4万800年前の手形や彫刻についても、どちらが残したのか数十年にわたって議論が続いてきた。洞窟内からは補強証拠となる骨も道具も発見されておらず、現在も決着はついていない。

 しかし、ゴーラム洞窟で見つかった長さ15センチ前後の線を網目状に刻んだ彫刻は、ネアンデルタール人の“ごみ捨て場”の地層の下に埋もれていた。前出のフィンレイソン氏は、「抽象的なパターンで、ほとんど幾何学形状といってよい」と話す。

 ネアンデルタール人が使っていた鋭利な石器の模造品で岩棚の硬い苦灰岩を削る実験を行ったところ、石器を50回以上往復すれば線を刻むことができたという。また、苦灰岩に皮を当ててそれを切った場合、鋭い溝は刻まれないこともこの実験から判明した。

続きはソースで

ソース:ナショナルジオグラフィック ニュース(September 2, 2014)
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20140902005

論文:PNAS
Joaquin Rodriguez-Vidal, et al.
A rock engraving made by Neanderthals in Gibraltar.
http://www.pnas.org/content/early/2014/08/27/1411529111

引用元: 【考古学】ネアンデルタール人による彫刻を発見か

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1: ◆CHURa/Os2M @ちゅら猫ρ ★ 2014/02/12(水) 16:34:29.72 ID:???0

★縄文人骨91体 ルーツ解明に期待
2月11日 8時54分

1e8249a2.jpg

日本人はどこから来たのか。この壮大なテーマの解明に欠かすことのできない資料が、富山市の縄文時代前期の貝塚から出てきました。
貝殻の層の中に残されていた、91体の人骨。そして、土器や石器、木製品など大量の出土品。
その分析を通じて、謎の多い縄文前期の人々のルーツや暮らしぶりが、明らかになりつつあります。
(写真はいずれも富山県文化振興財団提供)

◆6000年前の人骨が次々と
「ふだん骨を見ることなんてないのに、ここでは掘り下げるたびに次々と出てくる」。
富山県文化振興財団・埋蔵文化財調査事務所の町田賢一さんは、骨が多すぎて現場では個体数が把握できなかったと言います。

大量の人骨が見つかったのは、富山市にある「小竹(おだけ)貝塚」。
北陸新幹線の工事に伴って2年がかりで発掘調査したところ、厚さが最大2メートルの貝殻の層が見つかりました。
今からおよそ6000年前、縄文時代前期の貝塚で、日本海側では最大級の規模だということです。
同じ場所に住居や墓も作られていたことも分かりました。
その後、確認された人骨は、少なくとも91体。「貝の地面に貝で埋めていた」状態だったということです。
1万年以上にわたる縄文時代のうち、早期と前期は人骨の出土例が少なく、これまで全国で確認されているのは、合わせておよそ80体です。
今回、1つの遺跡の調査だけで、その総数を上回ってしまいました。
犬の骨も、可能性の高いものも含め、21体も見つかっています。
なぜこれだけの量の骨が残されていたのか。
日本の土壌は酸性で、土に埋まった状態では多くは溶けてしまいます。
しかしここでは、貝殻のカルシウムが、骨を良好な状態で残してくれたのです。(以下略)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140211/k10015167891000.html
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140211/K10051678911_1402110901_1402121602_01.jpg



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