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稲作

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1: 2018/07/27(金) 08:26:43.92 ID:CAP_USER
京都市埋蔵文化財研究所は、下京区醒ケ井通松原下ルの元醒泉小で、弥生時代中期初頭(紀元前4~3世紀)の大規模な集落跡が見つかったと発表した。水田や建物の跡、石器や管玉などの出土品もまとまって発見され、近畿北部の弥生社会の変遷や実態を解明する手掛かりになるという。

 小学校整備に伴い弥生~飛鳥時代の「烏丸綾小路遺跡」の南西部約2900平方メートルを調べた。

 水田は、調査地東側にかつて流れた鴨川支流の汚泥がたまったところに東西5メートル、南北12メートルで見つかり、人の足跡のほか、土壌中に稲のもみ殻約200粒があった。京都大吉田南キャンパス(左京区)で見つかった弥生前期の水田に次いで市内で2番目に古い時期になる。近くに約10棟の竪穴建物跡もあった。

続きはソースで



 稲作に使った石包丁や、武器に用いる石のやじりといった石器、千点以上の壷(つぼ)や甕(かめ)などの土器、管玉も出土した。

続きはソースで

https://www.kyoto-np.co.jp/picture/2018/07/20180726203756isekiasiato.jpg
出土した石庖丁(左上)や石戈(右上)、石鏃(下中央)
https://www.kyoto-np.co.jp/picture/2018/07/20180726203815isekihoutyou.jpg

https://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20180726000170
images


引用元: 【考古学】弥生期の大規模集落跡 京都、社会変遷たどる手掛かりに[07/27]

弥生期の大規模集落跡 京都、社会変遷たどる手掛かりにの続きを読む

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1: 2015/06/20(土) 12:34:47.27 ID:???.net
弥生時代前期のものか 水田と墓の跡 発見 NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150619/k10010120631000.html
【安満遺跡】視点 「近畿でのコメ作り」生々しく伝え(1/2ページ) - 産経WEST
http://www.sankei.com/west/news/150619/wst1506190085-n1.html

画像
http://www.sankei.com/images/news/150619/wst1506190085-p3.jpg
安満遺跡で見つかった弥生時代前期の水田跡=大阪府高槻市
http://www.sankei.com/images/news/150619/wst1506190085-p1.jpg
安満遺跡で見つかった人の足跡=大阪府高槻市
http://www.sankei.com/images/news/150619/wst1506190085-p2.jpg


大阪・高槻市の遺跡から弥生時代前期のものとみられる水田と墓の跡が見つかりました。この遺跡では、これまでに住居の跡も発掘されていて、専門家は稲作とともに定住生活が始まったころの暮らしを物語る貴重な資料として注目しています。

大阪・高槻市の「安満遺跡」で、市の教育委員会が去年9月から発掘調査をしたところ、およそ35メートル四方の範囲から水田の跡が見つかりました。
市の教育委員会によりますと、1つの水田は広さが10平方メートルから60平方メートル余りの長方形で、57枚が確認されました。

幅20センチほどのあぜにより整然と区分され、出土した植物から、およそ2500年前の弥生時代前期のものとみられるということです。
また、近くでは木や土器で作られたひつぎも見つかり、墓だったとみられています。
この遺跡では、これまで、ほりで囲まれた住居の跡、環ごう集落も見つかっていて、高槻市教育委員会によりますと、弥生時代前期とみられる水田と墓、それに住居の跡がそろって見つかるのは全国でも珍しいということです。

弥生時代に詳しい大阪大学の福永伸哉教授は「新しい稲作の文化を持つ人たちがどのように定住し、どんな生活を営んでいたかを知ることができる貴重な資料だ」と話しています。
この調査結果は、今月27日と28日に現地説明会が行われます。

水田・墓・住居の意義 

国内には弥生時代の遺跡が数多くありますが、稲作の技術を手にした人たちが定住生活を始めた弥生時代前期の遺跡で、水田と墓、それに住居の跡がそろって見つかるのは全国でも珍しいということです。
例えば、奈良県田原本町の「唐古・鍵遺跡」は、弥生時代の大規模な集落があったことで知られ、住居や墓の跡が見つかっていますが、弥生時代前期の水田は確認されていません。

また、奈良県御所市の「中西・秋津遺跡」は、弥生時代前期としては国内で最大規模の水田の跡がありますが、そこで暮らした人の住居や墓は見つかっていません。
弥生時代前期の水田と墓、それに住居の3つがそろって見つかったのは、これまで、福岡市博多区の「板付遺跡」など数か所に限られています。

続きはソースで

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引用元: 【考古学】弥生時代前期のものか 水田・墓・住居の跡を発見 大阪・高槻市の安満遺跡

弥生時代前期のものか 水田・墓・住居の跡を発見 大阪・高槻市の安満遺跡の続きを読む

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1: 2014/09/24(水) 20:04:30.44 ID:???.net
環境省は22日までに、稲作に使われる農薬が、トンボの生態に与える影響について初の実態調査に乗り出した。
アカトンボの代表種「アキアカネ」が激減するなか、国が生態系を測る指標ともいえるトンボの生息数の変化を重視した形だ。
「田園を舞う秋の風景を取り戻したい」。住民たちによる保護活動も各地で活発になっている。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG22H0U_S4A920C1CC1000/

引用元: 【生物】赤トンボが育つ田んぼに 環境省、初の農薬影響調査

赤トンボが育つ田んぼに 環境省、初の農薬影響調査の続きを読む
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