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遺跡

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1: 2018/04/02(月) 17:10:06.99 ID:CAP_USER
グルジア南東部クヴェモ・カルトリ州で、今まで知られていなかった修道院の遺跡が見つかった。
グルジア文化・遺跡保護省がフェイスブックで発表した。

修道院の遺跡は17世紀のピタレティ修道院近くの山頂で見つかった。

興味深いことに、8~9世紀のものとみられるこの修道院に関する情報は・・・

続きはソースで

関連ソース画像
https://jp.sputniknews.com/images/473/59/4735953.jpg

スプートニク日本
https://jp.sputniknews.com/culture/201804024735971/
images (1)


引用元: 【考古学】グルジアで未知の古代修道院の遺跡が見つかる[04/02]

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1: 2018/03/28(水) 08:43:28.22 ID:CAP_USER
【3月28日 CNS】
中国・山東省(Shandong)の済南市(Jinan)考古研究所は22日、章丘区(Zhangqiu)にある牛推官(Niutuiguan)南東周時代の遺跡の祭祀(さいし)土坑から新たに人骨の一部が発掘されたと発表した。
東周時代の「斉」の国一帯に「人身御供」の風習が残っていたことを裏付けるものだとしている。

続きはソースで

(c)CNS/JCM/AFPBB News

画像:発見された人骨(2018年3月21日撮影)
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/f/2/700x460/img_f2eef5e4001204924f9135582fb51c2f255319.jpg

AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3168876
ダウンロード


引用元: 【考古学】人身御供の痕跡か、東周時代の祭祀(さいし)跡から発掘 中国・山東[03/28]

人身御供の痕跡か、東周時代の祭祀(さいし)跡から発掘 中国・山東の続きを読む

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1: 2018/03/29(木) 09:21:51.52 ID:CAP_USER
1900年前に亡くなった三国志の英雄「曹操」の遺体が確認された、世界中のメディアが報じた。
しかし、発表元とされた中国の考古学研究所が3月25日、「曹操の遺体は2009年の発掘で見つかりましたが、これがなんで新発見なんですか?」と当惑した様子で声明を出していたことが分かった。

■中国メディアの「スクープ」が世界中に拡散

きっかけは中国・成都に拠点を置くメディアグループ「紅星新聞」の3月25日の報道だった。

河南省・安陽市で2009年に発見された「曹操の墓」とされる遺跡で見つかった男性の遺体について、河南省文物考古研究院が「曹操であることを基本的に確認した」と報じた。

これを引用する形で、台湾や香港のメディアが「曹操の遺体確認」と積極的に報道した。
さらにマレーシアの大手紙「The Star」や、イギリスのタブロイド紙「EXPRESS」など世界各国のメディアが「曹操の遺体確認」と報じて話題になり、世界中に拡散した。

ところが、いろいろ調べてみると、意外なことが分かった。
紅星新聞が発表元として報じていた河南省文物考古研究院の公式サイトをいくら調べても、それらしい発表がないのだ。2月24日の調査報告書にも「曹操の遺体を確認した」とは書かれていない。

それどころか、同研究院は公式ウェイボー(中国版のTwitter)で25日、以下のように訴えていた。

続きはソースで

ハフポスト
https://www.huffingtonpost.jp/2018/03/28/cao-cao_a_23397290/
ダウンロード


引用元: 【考古学】「曹操の遺体確認」世界中で拡散 ⇒ 発表元とされた研究所が当惑「新発見なんですか?」[03/28]

「曹操の遺体確認」世界中で拡散 ⇒ 発表元とされた研究所が当惑「新発見なんですか?」の続きを読む

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1: 2018/03/15(木) 12:47:33.37 ID:CAP_USER
「考古学者が遺跡からの出土品を偽造した」と聞くと、日本で起きた旧石器捏造事件を連想する人は多いはずですが、「トルコにある9000年前の遺跡から発見された出土品の一部が、有名考古学者によって偽造されたものである可能性が高い」と判明し、話題になっています。

Famed Archaeologist 'Discovered' His Own Fakes at 9,000-Year-Old Settlement
https://www.livescience.com/61989-famed-archaeologist-created-fakes.html
https://i.gzn.jp/img/2018/03/14/famed-archaeologist-fakes-discovered/00_m.jpg
https://i.gzn.jp/img/2018/03/14/famed-archaeologist-fakes-discovered/01_m.jpg

イギリスの著名な考古学者であるジェームス・メラート氏は、トルコのアナトリア半島南部にある「チャタル・ヒュユク」という遺跡の発掘調査に携わった人物です。
チャタル・ヒュユクは新石器時代から銅器時代にかけての遺跡であり、古い時代から新しい時代の遺跡が層状に積み重なっています。
最下層が形成された時期は紀元前7500年前にさかのぼり、遺跡の規模や複雑な構造から「世界最古の都市遺跡」と呼ばれることもあるとのこと。

1925年にロンドンで生まれたメラート氏は、イスタンブール大学で講義を行い、イギリスのアンカラ研究所(BIAA)で助教授を務めました。
1954年にはアナトリア半島西部のベイジェスルタン遺跡の発掘調査を指揮し、後期青銅時代に作られた陶器製の「シャンパングラス」を発見する功績を挙げたとのこと。
チャタル・ヒュユクが発見された1958年から3年後の1961年、メラート氏はチャタル・ヒュユクの発掘調査を指揮し、150以上の部屋と建物、壁画や彫像など多くの出土品を発見しました。

メラート氏は1964年、出土した品を販売する密輸業者を手助けしているとして、トルコで遺跡を発掘することを禁止されてしまいます。
トルコで遺跡が発掘できなくなった後も遺跡から持ち帰った出土品の研究を続け、新たな壁画を研究結果と共に公表するなどしており、初期アナトリア研究をリードする著名な考古学者として知られていました。
しかし、2012年にメラート氏が死去してから、メラート氏の遺品整理を続けてきたルウィ研究所のエバーハルト・ツァンガー氏は、「メラート氏の遺品からチャタル・ヒュユクの壁画を偽造した証拠が見つかった」と述べています。

「メラート氏は50年以上にわたってチャタル・ヒュユク遺跡に関する調査を続けてきた。
アナトリアに関する非常に幅広い知識を身につけ、知識を総動員して過去のパノラマを想像していた」とツァンガー氏は語っていますが、このプロセス自体はおかしなものではありません。

ある考古学者が過去の時代についての仮説を表明し、他の考古学者がそれを支持するか、あるいは遺跡の発掘調査から支持する証拠が見つかるというのが一般的。

続きはソースで

https://i.gzn.jp/img/2018/03/14/famed-archaeologist-fakes-discovered/02_m.jpg

GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20180314-famed-archaeologist-fakes-discovered/
images


引用元: 【考古学】有名考古学者が遺跡からの出土品を偽造した証拠が死後に発見される 英国考古学者ジェームス・メラート氏[03/14]

有名考古学者が遺跡からの出土品を偽造した証拠が死後に発見される 英国考古学者ジェームス・メラート氏の続きを読む

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1: 2018/02/06(火) 05:31:39.57 ID:CAP_USER
(CNN) メキシコ南東部ユカタン半島のチチェンイツァ遺跡で今月から、古代マヤ人が年百年も前に封鎖した秘密のトンネルの発掘作業が開始される。
マヤ人が残した巨大ピラミッドの地下に通じている可能性もあり、マヤ文明の信仰について解明を深める手がかりになると期待される。

考古学チームはトンネルの発掘によって、「セノーテ」と呼ばれる隠された水中洞窟に到達したい考え。
水中洞窟のセノーテは、ユカタン州では唯一の淡水の水源として使われているが、マヤ文明にとっては生活を支える存在だっただけでなく、独特の宇宙観の中心でもあった。

マヤ人がこうした場所で、雨の神「チャク」のために人をいけにえとしてささげる儀式を行っていたことも、その重要性を物語る。

「マヤ人にとって、セノーテは地下世界への入り口だった」。
発掘プロジェクトを率いる考古学者のギエルモ・デアンダ氏はそう解説する。
「マヤの宇宙観は、天と地と地底の3つの層で構成されていた」「地底は非常に重要だった。
そこは生命の起源と考えられており、この宇宙を構成する層の間の均衡が乱れると、干ばつや飢饉や疫病をもたらすと考えていた」「そこで地底の神々との平和を保たなければならないと考え、
供物を捧げていた」

マヤはスペインがメキシコに到達する16世紀以前に栄えた世界でも有数の古代文明で、特に考古学的な価値が大きいチチェンイツァは5世紀から6世紀にかけて建設されたが、スペインに征服されるまでには大部分が放棄されていた。

構造物の中で群を抜く大きさの4面構造ピラミッド「エルカスティーヨ」は、羽毛の生えた蛇の神ククルカンの神殿で、高さは24メートル。

続きはソースで

画像:チチェンイツァ遺跡にある地下水をたたえた洞窟(セノーテ)。上部から陽光が降り注ぐ
https://www.cnn.co.jp/storage/2018/02/05/b4585c3e8ce87d7230567b9c50598211/maya-aquifer-sunlight-sinkhole-exlarge-169.jpg

画像:チチェンイツァ遺跡の構造物で群を抜く高さを誇るピラミッド「エルカスティーヨ」
https://www.cnn.co.jp/storage/2018/02/05/65dd8a64f8c4caab48e3bd3fa97619f2/maya-aquifer-mexixan-man-exlarge-169.jpg

CNNニュース
https://www.cnn.co.jp/fringe/35114250.html
ダウンロード


引用元: 【考古学】古代マヤ人が封印した秘密トンネル、「地下世界への入り口」か[02/05]

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1: 2018/02/25(日) 22:23:36.85 ID:CAP_USER
■ゾンビがマヤ文明を滅亡に追いやった!?

「ゾンビ・アポカリプス」という言葉をご存じだろうか?

映画なら『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』、テレビドラマなら『ウォーキング・デッド』といった作品で描かれたテーマで、地球を覆おおいつくすほどのゾンビによって現代文明が滅ぼされてしまうというシナリオだ。

こういう話は、映画やテレビ番組の中だけのはずだった。しかし今は、軍事や医療、科学といった各分野の専門家を巻きこみながら急速に高まりつつ、ひとつの認識を端的に示すキーワードになっている。

つまり、ゾンビは実在するというのである。

実際、有史以前から人間は、死せる者の復活と復ふく讐しゅうを恐れていた。石器時代のシリア、ルネッサンス期のイタリア、ギリシア文明の遺跡からも、ゾンビ・アポカリプスを示し唆さするさまざまな遺物が見つかっている。

中でも特筆すべきは、マヤ文明だろう。

西暦250年から900年ころに最盛期を迎えたマヤ文明は、世界史上稀まれに見る人口密集型文明で、社会的動力に満ちていた。現在のメキシコからホンジュラス、グアテマラ全土に都市が点在し、ホンジュラス西部の都市コパンだけでも、約43平方キロの敷地に6000棟以上の建造物がひしめきあっていた。

しかしこのメソアメリカ最大規模の文明は、突如として人口激減に見舞われる。そのペースは急激で、結果的にマヤそのものが姿を消すことになってしまった。このマヤ文明崩壊の謎は、考古学最大のミステリーのひとつとされている。

大規模な人口減少も大きな謎だが、不思議なことはもうひとつある。マヤの都市から発掘される遺骸や遺骨に、共通する奇妙な特徴が見られるのだ。

それは、数多く残された咬かみ傷と思われる痕跡である。あるいは関節部分に、無理やり引きちぎられたような痕跡も目立つ。こうした特徴のある遺骸が、あちこちの遺跡から掘りだされるのだ。しかも、墓所ではないところに多くの人骨が集められ、埋められていることが多い。

一般的には、マヤ文明崩壊の原因は大干ばつだったといわれている。しかし、本当にそれだけなのだろうか。マヤほどの文明が、死者をその場でまとめて埋葬したとは考えにくい。おそらく、そうせざるを得ない「理由」があったはずなのだ。

また、大規模な村がまるごとひとつ、数日で全滅してしまった証拠も見つかっている。干ばつで食糧の備蓄が徐々に減っていったのではない。しかもそこには、「共喰い」を連想させる凄せい惨さんな場面の証拠や、子供が親を食べたことを思わせる痕跡さえ見つけられるのだ。

■恐怖のゾンビ病が村中に蔓延?

オルターナティブ・アーケオロジーという研究分野がある。主流派科学の枠組みから離れたところで大胆な仮説を展開していく「代替考古学論」だ。この論でよくいわれるのが、マヤ文明崩壊の理由は「ゾンビ病」の蔓まん延だったという仮説である。

続きはソースで

http://gakkenmu.jp/column/14775/
images

引用元: 【考古学】マヤ文明はゾンビによって滅んだ!! 

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