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高槻市

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1: 2015/06/20(土) 12:34:47.27 ID:???.net
弥生時代前期のものか 水田と墓の跡 発見 NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150619/k10010120631000.html
【安満遺跡】視点 「近畿でのコメ作り」生々しく伝え(1/2ページ) - 産経WEST
http://www.sankei.com/west/news/150619/wst1506190085-n1.html

画像
http://www.sankei.com/images/news/150619/wst1506190085-p3.jpg
安満遺跡で見つかった弥生時代前期の水田跡=大阪府高槻市
http://www.sankei.com/images/news/150619/wst1506190085-p1.jpg
安満遺跡で見つかった人の足跡=大阪府高槻市
http://www.sankei.com/images/news/150619/wst1506190085-p2.jpg


大阪・高槻市の遺跡から弥生時代前期のものとみられる水田と墓の跡が見つかりました。この遺跡では、これまでに住居の跡も発掘されていて、専門家は稲作とともに定住生活が始まったころの暮らしを物語る貴重な資料として注目しています。

大阪・高槻市の「安満遺跡」で、市の教育委員会が去年9月から発掘調査をしたところ、およそ35メートル四方の範囲から水田の跡が見つかりました。
市の教育委員会によりますと、1つの水田は広さが10平方メートルから60平方メートル余りの長方形で、57枚が確認されました。

幅20センチほどのあぜにより整然と区分され、出土した植物から、およそ2500年前の弥生時代前期のものとみられるということです。
また、近くでは木や土器で作られたひつぎも見つかり、墓だったとみられています。
この遺跡では、これまで、ほりで囲まれた住居の跡、環ごう集落も見つかっていて、高槻市教育委員会によりますと、弥生時代前期とみられる水田と墓、それに住居の跡がそろって見つかるのは全国でも珍しいということです。

弥生時代に詳しい大阪大学の福永伸哉教授は「新しい稲作の文化を持つ人たちがどのように定住し、どんな生活を営んでいたかを知ることができる貴重な資料だ」と話しています。
この調査結果は、今月27日と28日に現地説明会が行われます。

水田・墓・住居の意義 

国内には弥生時代の遺跡が数多くありますが、稲作の技術を手にした人たちが定住生活を始めた弥生時代前期の遺跡で、水田と墓、それに住居の跡がそろって見つかるのは全国でも珍しいということです。
例えば、奈良県田原本町の「唐古・鍵遺跡」は、弥生時代の大規模な集落があったことで知られ、住居や墓の跡が見つかっていますが、弥生時代前期の水田は確認されていません。

また、奈良県御所市の「中西・秋津遺跡」は、弥生時代前期としては国内で最大規模の水田の跡がありますが、そこで暮らした人の住居や墓は見つかっていません。
弥生時代前期の水田と墓、それに住居の3つがそろって見つかったのは、これまで、福岡市博多区の「板付遺跡」など数か所に限られています。

続きはソースで

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引用元: 【考古学】弥生時代前期のものか 水田・墓・住居の跡を発見 大阪・高槻市の安満遺跡

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1: ◆CHURa/Os2M @ちゅら猫ρ ★ 2013/12/14(土) 15:18:04.25 ID:???0

★藤原鎌足の墓説さらに強まる 阿武山古墳に最高級の冠帽
2013年12月14日06時33分

大阪府高槻、茨木両市の阿武山(あぶやま)古墳(国史跡)で戦前に発見された棺(ひつぎ)に副葬されていた冠帽が、当時最高級の技法とされた綴(つづ)れ織りで金糸を織り込んだ可能性が高いことがわかった。被葬者として大化改新で活躍した藤原氏の祖、藤原鎌足(ふじわらのかまたり、614~669)が有力視されてきたが、それをさらに補強する発見だ。

古い織物に詳しい関西学院大の河上繁樹教授(日本染織史)が、男性の遺体の入った棺が発見された1934年当時の写真やX線写真を分析。金糸の端がいずれも急角度に折れ曲がり、何度も往復していることから、綴れ織りで金糸を織り込んだ冠帽と判断した。河上教授は「中国で『織成(しょくせい)』と呼ばれ、正倉院に伝わる奈良時代の織物にも類例がある技法では」という。

「日本書紀」によると、大化改新のきっかけとなったクーデター「乙巳(いっし)の変」(645年)の立役者の鎌足は、死の直前に盟友の天智天皇から最上の冠位「大織冠(たいしょくかん)」と大臣の位を贈られた。河上教授は、阿武山古墳の冠帽がこの大織冠の可能性が高いと結論づけた。

http://www.asahi.com/articles/OSK201312120174.html
写真・図版高槻市立今城塚古代歴史館が復元した阿武山古墳の冠帽。金糸による刺繍で再現されている=同館提供
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http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20131214000670_comm.jpg



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