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縄文時代

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1: 2016/09/14(水) 03:40:18.22 ID:CAP_USER9
局部磨製石斧などが見つかった発掘現場=高畠町竹森で
http://cdn.mainichi.jp/vol1/2016/09/13/20160913dd0phj000044000p/9.jpg
発掘調査で、貴重な石器が出土している日向洞窟遺跡周辺の休耕地
http://storage.kahoku.co.jp/images/2016/09/11/20160911kho000000022000c/001_size6.jpg

 国史跡の「日向(ひなた)洞窟遺跡」(高畠町竹森)を調査した東北芸術工科大東北文化研究センターは10日、縄文時代草創期(約1万6000~約1万1000年前)の局部磨製石斧(せきふ)と矢柄(やがら)研磨器が1点ずつ見つかったと発表した。東北地方で見つかるのは珍しいという。

 同遺跡から西側約150メートルにある休耕地の地表を2メートル掘り下げた地点で出土した。

 先端部のみが磨かれた局部磨製石斧は縦10センチ、横5センチ。長方形に近い矢柄研磨器は縦2センチ、横1・5センチで、矢の中央部分を磨く道具と考えられるという。

【松尾知典】

続きはソースで

http://mainichi.jp/articles/20160913/ddl/k06/040/065000c
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201609/20160911_53004.html
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引用元: 【考古】「東北では珍しい」 縄文時代草創期(約1万6000~約1万1000年前)の「局部磨製石斧」発掘、山形・高畠の日向洞窟遺跡©2ch.net

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1: 2016/06/20(月) 18:26:31.41 ID:CAP_USER
出土品、群抜く「質と量」

 「奇跡の遺跡」の価値が認められた-。文化審議会が東名(ひがしみょう)遺跡(佐賀市金立町)を国史跡に指定すべきと答申した17日、遺跡の希少性や考古学的価値を熱心に訴えてきた地元NPOや意見具申した市教育委員会からは、喜びの声が上がった。湿地性貝塚という特性により、他の遺跡と比べ出土品の「質と量」で群を抜く遺跡。出土品は30万~40万点に上り、保存・活用に向けた本格的な検討の必要性も出てきた。

8000年前の縄文の遺物

 「これらは全部本物ですよ。8000年前の縄文時代の遺物です」。遺跡に隣接する東名縄文館を管理するNPO法人「徐福・湿原の森づくり会」理事長の江島徳太郎さん(76)は、誇らしげに展示品を紹介する。「佐賀の歴史の原点。多量の出土品は、国の宝にふさわしい」。国史跡指定が決定的となり、言葉にも力がこもる。

厚い粘土層に覆われた湿地性貝塚

 貝塚は、調整池の建設工事によって偶然見つかった。厚い粘土層に覆われた湿地性貝塚という特性があり、約8000年前の動植物性遺物が良好な保存状態で多量に見つかっている。偶然の発見や保存に適した条件がそろっていたことから、江島さんたちは「奇跡の遺跡」と呼ぶ。

アクセサリーなど数百点の遺物

 国史跡指定を期待し、縄文館は4月から開館時間も午後4時まで3時間延長した。貝塚のはぎ取り標本や編み籠、動物の骨を使ったアクセサリーなど数百点の遺物が見られる。

 ただ、展示されているのは出土品全体のほんの一部でしかない。

続きはソースで
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※画像はイメージで本文と関係ありません


佐賀市文化財資料館の倉庫に眠っている縄文時代の貝塚のはぎ取り標本=佐賀市本庄町
http://amd.c.yimg.jp/im_siggwyjglaLoQeHURWEUviv4Rw---x900-y560-q90/amd/20160620-00010006-saga-000-1-view.jpg
東名遺跡の地図
http://amd.c.yimg.jp/amd/20160620-00010006-saga-001-1-view.jpg

引用元: 【考古】「奇跡の遺跡」認められた 佐賀市・東名遺跡©2ch.net

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1: 2016/06/07(火) 23:22:26.78 ID:CAP_USER
 縄文時代の国指定史跡「真脇遺跡」(能登町真脇)がある同町真脇遺跡公園で六日、野生種の豆を中心とした植物を植え、狩猟と採取が生活の中心だったとされる縄文期に植物の栽培が行われた可能性を調べる取り組みが始まった。専門家たちは「縄文期に近い自然環境を生かし、縄文人と植物の関わりに迫りたい」と意気込む。(志村拓)

 植物考古学を研究する総合研究大学院大(神奈川県葉山町)の那須浩郎助教(40)が企画した。那須助教によると、全国の縄文時代の遺跡では近年、大豆の野生種「ツルマメ」など食用植物の種が、土器に付着していた痕跡などの出土例が増加。通常よりも大きい種子が見つかったケースもあり、育ち具合から品種改良の可能性も探るという。

 初日は、那須助教と実験場所として真脇遺跡を紹介した首都大東京の山田昌久教授(62)が、公園を訪問。

続きはソースで

ダウンロード (6)

http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20160607/CK2016060702000045.html

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(上)野生種の植物の種を植える那須浩郎助教(右)と山田昌久教授(下)実験で植えたツルマメ(右)とヤブツルアズキ=いずれも能登町真脇で
http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20160607/images/PK2016060602100219_size0.jpg

引用元: 【考古】縄文人農業してた? 真脇遺跡で研究者 マメ栽培など可能性調査©2ch.net

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1: 2016/06/03(金) 12:35:24.09 ID:CAP_USER
長野産矢尻、北海道で出土 620キロ離れた縄文遺跡で - サッと見ニュース - 産経フォト
http://www.sankei.com/photo/daily/news/160530/dly1605300010-n1.html


 北海道福島町の館崎遺跡で、縄文前期-中期(5千~4500年前)の地層から出土した矢尻が、長野県・霧ケ峰周辺の黒曜石で作られたものであることが、北海道埋蔵文化財センター(江別市)の調査で30日までに分かった。道内で本州産の黒曜石の矢尻が見つかったのは初めてという。.

 同センターの長沼孝常務理事は「縄文人が海を越えて交流していたことが改めて確認された。霧ケ峰周辺から福島町まで直線距離でおよそ620キロあり、縄文人のダイナミックな動きを物語っている」と話している。.

続きはソースで

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※画像はイメージで本文と関係ありません


引用元: 【考古学】長野産矢尻、北海道で出土 620キロ離れた縄文遺跡で [無断転載禁止]©2ch.net

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1: 2016/03/31(木) 07:37:08.07 ID:CAP_USER.net
日本先史時代における暴力と戦争 - 国立大学法人 岡山大学
http://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id383.html
http://www.okayama-u.ac.jp/up_load_files/press27/press-1603330.pdf


 山口大学国際総合科学部の中尾央助教、岡山大学大学院社会文化科学研究科の松本直子教授らの共同研究グループは、縄文時代の受傷人骨データから暴力による死亡率を算出し、世界各国の先史・民族文化と比較しました。その結果、縄文時代には、暴力による死亡率は極めて低かったことが明らかになりました。これは、人間の本能がそのまま戦争につながるという長年の国際的主張に再考を迫るものです。なお、本研究成果は3月30日、英国の科学雑誌「Biology Letters」に掲載されました。

今回の成果の骨子は次の通りです。
(1)約1万年におよぶ縄文時代の受傷人骨データを網羅的・体系的に収集し、暴力による死亡率を初めて数量的に算出した。

続きはソースで

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引用元: 【考古学】日本先史時代における暴力と戦争 縄文時代には、暴力による死亡率は極めて低かった

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1: 2016/03/26(土) 08:13:23.27 ID:CAP_USER*.net
2016/3/26 07:41

 福井県若狭町の鳥浜貝塚から見つかった縄文時代の土器(若狭歴史博物館提供)

 福井県若狭町の鳥浜貝塚で出土した縄文土器片を調べていた英ヨーク大の研究チームは26日までに、土器が少なくとも9千年にわたり、ほとんど魚介類を煮るために使われていたと米アカデミー紀要で発表した。
土器片は1万4千年前から5千年前のもので、分析した約8割から魚介類の脂を検出した。

 共同研究者で若狭歴史博物館(福井県小浜市)の鰺本真友美調査員は
「魚を煮たものがおいしかったのか、祝宴に必要だったのかは不明だが、北海道でも約1万4千年前の土器で魚を煮ていたことが分かっている。全国で同じような傾向があれば土器拡大の背景を知る手掛かりになる」と話した。

(続きや関連情報はリンク先でご覧ください)

ダウンロード


引用元:共同通信 http://this.kiji.is/86227025530291705?c=39546741839462401

引用元: 【食べ物】縄文人は煮魚好き? 土器片ほとんどに脂、魚介類を煮るために使われていた 福井 (共同通信)

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