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鎌倉時代

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1: 2015/07/10(金) 12:27:14.78 ID:???.net
九州出土の瓦、寧波で生産 文様、成分一致 [福岡県] - 西日本新聞
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_toshiken/article/181078
福岡出土の瓦、中国で生産 日宋貿易、千キロ越え - サッと見ニュース - 産経フォト
http://www.sankei.com/photo/daily/news/150709/dly1507090041-n1.html

画像
http://www.sankei.com/photo/images/news/150709/dly1507090041-p1.jpg
中国南部・寧波の瓦と同じ型で作られたことが分かった瓦のレプリカ3種=9日午後、鹿児島県庁


 福岡市の博多遺跡群や鹿児島県南さつま市の渡畑遺跡など九州の6カ所で出土した12世紀の平安末期から鎌倉初期の瓦が、中国・寧波で製造されたことを、鹿児島国際大(鹿児島市)の中園聡教授(考古学)の研究チームが突き止め、9日に発表した。素材の成分をX線で分析し、寧波の土が使われたことを証明した。

 また、博多遺跡群と箱崎遺跡(福岡市)で出土した瓦に、寧波の瓦と完全に同一の文様のものがあることも3Dスキャナーによる形状計測で判明した。同じ木型で寧波で製造されたとみられる。
福岡市と寧波の距離は約千キロで、同一文様の瓦がこれほど離れて見つかるのは珍しいという。

 土が一致した6カ所の遺跡は、他に大宰府(福岡県太宰府市など)▽芝原(鹿児島県南さつま市)▽黒島大里(同県三島村)▽硫黄島(同)。

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引用元: 【考古学】九州出土の12世紀の瓦、中国・寧波で生産 文様、成分一致

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1: 断崖式ニードロップ(家) 2013/10/22(火) 19:19:43.10 ID:w1UpWFUWP BE:863086234-PLT(22223) ポイント特典

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2036526.html
2年前、鎌倉時代の元寇の船が見つかった九州の伊万里湾で、新たな発見がありました。
今年の調査では船の碇(いかり)が見つかったほか、2隻目の船発見への期待も高まっています。

長崎県松浦市鷹島沖の伊万里湾。水深およそ20メートル、泥が漂い視界が悪い中、海底に見えてきたのは長さ2メートルを超える木材と、これにはめ込まれていたと見られる巨大な石です。元寇の船の「碇」と見られています。

「下の歯の部分が2メートルくらいあるので、かなり大型の碇」(琉球大学・池田栄史教授)

琉球大学の池田教授のグループは8年前から現地で調査を続けていて、おととし「元寇の船」を初めて発見しました。
「北側なんですけど、北側の方、少し反応あり」(潜水士)

今年の調査では、碇だけでなく、さらに期待を抱かせるものも見つかりました。
潜水士が引き上げてきた石。
近くの海岸にある石とは明らかに違って見えます。2年前に発見された元寇の船の周りでも、おもりとみられる大量のレンガが見つかっています。
同じ場所からは、さらに別のものも見つかりました。

「これは木材の破片で、我々がいつも見ている沈船の虫食いとよく似た感じ」(池田教授)

730年前の元寇で数千隻の船が沈んだとされる伊万里湾。調査は、来年以降も続けられます。

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http://news.tbs.co.jp/jpg/news2036526_6.jpg



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1: ◆CHURa/Os2M @ちゅら猫ρ ★ 2013/10/04(金) 17:09:42.06 ID:???0

★キトラ古墳の石室を封鎖 壁画発見から30年、再び眠りに
2013/10/3 19:22

 奈良県明日香村の国特別史跡、キトラ古墳(7世紀末~8世紀初め)で3日、鎌倉時代に石室に開けられた盗掘穴を閉鎖する作業が終了した。四神像などの極彩色壁画が発見されて30年。保存のため、壁画ははぎ取られて同村内の施設で修復中。
石室は再び長い眠りに就いた。

 高松塚古墳(同)の石室解体を指揮した石工、左野勝司さんが作業を担当。
石室と同じ二上山産の凝灰岩で蓋を作って盗掘穴にはめ込み、隙間をしっくいで塗り固めて、作業年月日などを刻んだ銅板を取り付けた。

 古墳は石室を埋め戻した上で墳丘を一部復元し、歴史公園として整備されて2016年度に公開される。

 壁画はぎ取り作業を指揮した東京文化財研究所の川野辺渉センター長は「石室には作業のため何百回も入ったが、もう二度と入ることはないという実感がわかない」と話していた。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0304D_T01C13A0CR8000/
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1: ◆CHURa/Os2M @ちゅら猫ρ ★ 2013/10/04(金) 18:27:00.12 ID:???0

★新古今和歌集に幻の一首 800年以上埋もれたまま

 鶴見大学(横浜市鶴見区)が所蔵する奈良~室町期の写本の切れ端を集めた江戸期の「古筆手鑑(こひつてかがみ)」から、新古今和歌集に一度収録されたが、のちに除かれたとみられる未知の歌1首が見つかった。800年以上埋もれていたとみられ、新古今集の編集過程がうかがえる貴重な発見という。

 見つかったのは、「さのみやはつれなかるべき春風に山田の氷うちとけねかし」という和歌。
早春にこと寄せて打ち解けてほしいと恋人に呼びかける内容だ。作者の藤原隆方(1014~78)は紫式部の夫の孫にあたる。

 鶴見大の久保木秀夫准教授(国文学)が古筆手鑑を調べて、この歌を見つけた。
歌が書かれた切れ端は、すでに発見されている新古今集「巻十一」の鎌倉初期の写本の切れ端と、字体や体裁などが一致し、同じ写本から切り取られたものと分かった。
しかし、新古今集の全部の歌がそろった完本の写本にはない。

http://www.asahi.com/culture/update/1003/TKY201310030037.html
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